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やる気なし勇者の異世界道  作者: 国衣任谷
二章
34/57

雄哉の試練

 ◇◇◇◇



 雄哉の昇格依頼は【デイラッシュ】と呼ばれる魔物の討伐だった。

 体長3メートルの二足歩行をする魔物であり、特徴は額から生える二本の巨大な漆黒の角と凄まじく練り上げられた筋肉、そして身長とほぼ同じ大きさの武骨な棍棒だ。なんと岩を削りハンドメイドで作られるそれは凄まじく頑丈であり、そこから繰り出される一撃は直撃すれば地割れを引き起こすほどに重い。


 そんな怪物を倒すために雄哉がやって来たのは、ミリンダスト王国最北端にある大洞窟だった。

 ここは魔物の住処となっており、人が近づくことはまずない。魔王が降臨した今ではそのすべてが凶暴化しており、ランクA冒険者でも進んで近づこうとは思わないような場所だ。

 放置していれば魔物が溢れだしてくるため、定期的に討伐依頼が出されているのだが、ランクA冒険者が激減している今、ほとんど手を付けられていないのが現状だった。結果、大量の凶悪な魔物が巣食う地獄のような場所となっている。


(しかも出てくる魔物の一匹一匹が【ロッキーティラン】かそれ以上に手ごわそうだ……)


 センスタ西部にあった6つの山と同じように、進めば進むほど出てくる魔物も強さを増していくのだろう。さらには洞窟であるため視界は暗闇に閉ざされており、通路は狭く動きも制限され、音の反響で魔物に位置がばれやすい。戦闘するには最悪の条件が見事にそろっている。

 だが、雄哉は闇属性魔法『闇感』を目に付与し、闇からでも周囲の情報を感じ取る。どこに何があり、魔物の位置すらくっきりと()()()()いた。

 さらに、いちいち大量の魔物と戦っていてはキリがないと思い、ここぞとばかりに闇属性魔法『薄影』も重ねて行使。道中で本来戦うことになるはずだった魔物のことごとくをスルーしていく。音の反響すら魔物たちには発生源が分からなくなり、戦闘は一切なかった。


 下へ下へと伸びる大洞窟の広さは半端ではなく、最深部へ到達するには数時間を要した。しかし雄哉は知る由もないが、これは歴代最高記録だ。道中で戦闘を繰り返していれば体力を消耗し、暗闇も相まって精神を削り取られていく。普通この大洞窟を踏破するのには数日かかるのだ。雄哉の適正魔法が闇属性魔法であったからこそ、ここまで快調に進めたのである。


 最深部は巨大な広間になっていた。体育館、とまでは言わないが3、4人程度で鬼ごっこをできる程度には十分な空間がある。周りは岩に囲まれ、完全に行き止まりとなっていた。

 その、中央。

 大量の骨が積みあがって出来上がった山の、その隣で胡坐をかいている魔物がいた。

 デイラッシュ。この洞窟に住みつく主とも呼べる存在。

 ギロリ、と。その眼光が雄哉を貫いた。『薄影』の効果は効いていないらしい。

 そもそも『薄影』とは影を薄くするだけの魔法だ。極限まで知覚されにくくはなるが、相手が相当な実力者であれば話は別である。

 視界に捉えられた雄哉は背筋を震わせた。

 一対一。状況そのものは悪くない。複数の魔物に取り囲まれて袋叩きになれば生きて帰ることはまずできないのだから。

 だが、恐怖に体が包まれる。いつもはヨルキや美咲のサポートを込みで戦っていた。ニトの修行を経て強くなっているとはいえ、一人という心細さをどうしても感じてしまう。ここでもしものことが起きても、まず誰も助けてはくれない。

 雄哉は両手で頬をバチン! と叩いた。

 今更、そんなことを考えていても仕方がないのだ。ここまで来て、あの魔物に敵として認識されている。戦わずして帰ることは許されない。

 覚悟を決め、睨み返す。


「さぁ……やろうか」

「グゴオオオオオオオオォォォォォォォォォ!!」


 デイラッシュの咆哮が洞窟内に轟く。

 鼓膜が破れそうな大音響に怯み、足を一歩後ろにやるが、それで踏みとどまる。

 雄哉は鞘に入れて背負っていた直剣――二トとの修行で使っていたものだ。ヨルキ、美咲も修行に使っていた武器をもらっている――を引き抜き、ポケットからバタフライ・ナイフも取り出して握る。

 右手に直剣、左手にナイフを構え、全身に最大の身体強化を施し、武器の強化も忘れない。体から星の瞬く夜空のような魔力が溢れだし、直剣とナイフをも包み込む。

 準備は整った。

 巨大な魔物も立ち上がり、地面に乱雑に転がされていた棍棒を取り上げる。


 最初に動いたのはデイラッシュだった。まるで土木工事のような連続した地響きを鳴らしながら、一直線に雄哉へ襲い掛かってくる。


(意外に速い!?)


 単純に図体が大きいため一歩一歩が大きいこともあるが、それに加えて脚の回転がかなり速いのだ。一瞬のうちに10メートル近い距離を詰めたデイラッシュの棍棒が勢いよく振り下ろされる。

 だが、対処は十分に可能だった。雄哉は攻撃を見きって真横に跳び、その直後、元いた位置に棍棒が激突する。ビギッと、地面の方に亀裂が入った。

 雄哉は冷や汗を流す。おそらく正面から受け止めることは不可能ではないが、得策ではない。あんな攻撃を食らえばいくら全身を強化していても衝撃で痺れて身動きが取れなくなる。そこへ追撃をまともに食らうことは避けたいところだった。

 雄哉は着地後、鍛え上げた俊敏性を発揮して、がら空きの背中側へ回り込もうとする。しかしその行動をあらかじめ予想していたのか、デイラッシュは振り向きながら遠心力を存分に乗せて棍棒を薙ぎ払ってきた。

 明らかな直撃コース。それを雄哉は地を蹴り、弾かれたように上へ跳ぶことで回避した。つま先にチッと攻撃が掠り心臓が高鳴るも、相手は隙だらけだ。空振りした棍棒に振りまわされる形で、真正面がノーガードとなる。


「せあああああぁぁぁぁ!!」


 踏ん張りの無い空中で剣を横に薙ぐ。地に足が着いた状態よりは威力が低いものの、武器強化による刃の鋭利化と強化魔法により増幅された腕力が合わされば、相応の攻撃力をたたき出すことはできる。

 しかし、魔物もただでは攻撃を食らわなかった。崩れた体制のまま上体をまるでスケート選手のように反らせたのだ。おかげで胸部に当たるはずだった剣戟が空を斬る。

 とはいえ、わずかにまだ隙は残っていた。振り切った剣はそのまま、雄哉は左手に握るバタフライ・ナイフに強化を集中させ、無理矢理二撃目を作りだす。それを全力で腹部に突き刺した。


「グオォッ!!」


 クリーンヒット。練り上げられた筋肉を斬り裂くだけであったためダメージこそ少ないが、確実に血を流させることに成功した。

 ナイフを引き抜きながら着地した雄哉はバックステップで5メートルほど距離を開ける。

 すると、デイラッシュはすぐさま体を起き上がらせてダッシュした。

 あの程度のダメージで動きは鈍らないらしい。それどころか最初の突進よりも数段速く、避ける暇は与えられなかった。雄哉は回避をあきらめ、真正面から振り下ろされる棍棒を剣とナイフを交差させ、その交点で受け止めた。


「ぐっ、あぁ!?」


 電信柱が倒れ掛かってきたのではないかというほどの衝撃が腕を通じて全身を襲う。

 両手が強烈に痺れて握力を失いそうになるも、魔力を手に集中させることで強化をさらに厚くして無理矢理阻止する。だが、代わりに足の強化が弱まった。

 ガクン、と雄哉は膝をつく。上からの圧力がさらに増え、このままでは押しつぶされてしまう。

 そこへ丸太のような足から回し蹴りが繰り出される。正確にはただの足払いなのだろうが、3メートルという巨体から繰り出されればもはや払いにはならない。

 棍棒に押さえつけられており、防御は不可能だった。咄嗟に雄哉は叫ぶ。


「かっ……『陰空間』!!」


 ドプン! と。

 まるで水に落ちるかのように雄哉の体が闇に沈んだ。対象を失った足払いは誰も居ない空間を薙ぎ払う。

 雄哉の『陰空間』は自分自身が中に入ることも可能だったが、魔力の消費量が半端ではないのが問題点だった。しかし、魔力効率の特殊技能を習得した雄哉は、比較的長い時間を陰空間の中で過ごせるようになっているのである。

 さらに、これは陰の中を自由に動くことも可能だった。


(貰った……!)


 洞窟の探索中に発動していた『薄影』の効果は今もなお継続中であり、雄哉の気配は限りなく薄くなっている。さらに突然その姿を暗ましてしまえば、居場所を見失うのは当然だった。デイラッシュは見失った獲物を探して首を左右に振るが、闇の中を移動して真後ろに現れた雄哉には咄嗟に気が付けない。

 ここぞとばかりに、雄哉は大上段に剣を構えて集中力を研ぎ澄ませた。

 イメージするのは自分自身。

 魔物を挟み込むように、向かい側にもう一人の自分がいる。そしてソイツは、雄哉と全く同じ武器を持ち、全く同じ動きをする。繰り出される攻撃もまた、同じもの。


「『無刃』」


 ザザンッッ!! と。

 デイラッシュに、二筋の深い切り傷が生まれる。

 一つは無防備にさらされていた背中に。

 そしてもう一つは、全く反対側、胸部から腹部にかけて。

 致命傷だった。傷口からボタボタと止めどなく血が溢れだし、生命力を急激に失っていく。

 突然の深手に、デイラッシュは何もすることができなかった。全身から力が抜け、地に伏す。


「っ……ふぅ――――。勝ち、ってことでいいよな?」


 ピクピクとしばらく動いていた腕は次第におとなしくなる。広い空間に静寂が訪れ、雄哉は剣を鞘にしまってバタフライ・ナイフを閉じ、詰まっていた息を大きく吐き出した。終わってみれば、戦闘は傷一つない完勝だった。

 ちなみに雄哉が習得した無属性魔法『無刃』は、ニトのように二か所を同時に攻撃するものである。

 イメージの違いは一点。それは相手の不意を突く、全く防御されていない後ろからもう一つの斬撃が襲い掛かるというところだ。

 仕組みは単純。しかし効果は絶大だ。もし真正面から斬り合う際にこの『無刃』を発動すれば、相手は前からの攻撃を受け止めた瞬間に逆方向の後ろからまともに攻撃を受けてしまう。

 防御不能。それが雄哉の習得した『無刃』なのである。


 雄哉は討伐の証として、全身から素材を剥ぎ取っていく。最後に額から生える二本の角を剥ぎ取ろうとすると――


「!? か、硬い!?」


 失敗した。剥ぎ取り用のナイフをいくら突き立てても、その角は折れない。仕方なくバタフライ・ナイフを使用したが、こちらも歯……ならぬ、刃が立たない。仕方なく、剣を抜いて強化魔法を施して叩きつける。

 ギンッ!! と。強化した刃をも、その角は寄せ付けなかった。


「……。頭丸ごと持って帰るか」


 手っ取り早く『陰空間』の中にデイラッシュの頭を放り込む。

 依頼を完遂した雄哉は勇み足で洞窟を出た。

 半日ぶりに外の空気を吸った雄哉は空を見上げる。


「ヨルキ、美咲……無事に依頼を終わらせてるか?」


 そんなことを呟きながら、集合場所であるカルテリオ城城下町へと雄哉は歩き出した。

次はヨルキの昇格試験です。

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