魔弓
そもそも、『魔弓』という武器が開発された理由は「魔法で矢を作ってしまえば、矢を持ち歩く必要がないのではないか?」という発想からだった。通常の弓だと、矢の残量が無くなれば攻撃手段を失ってしまうが、魔法で矢を作れば魔力の許す限り無限に矢を生成することができることになるのだから。
しかしそこまで発想してしまえば当然、次の段階もある。
「魔法で矢を作るのならば、そのまま魔法で飛ばしてしまえばいいのではないか?」と。
結論から言ってしまえば、できる。ただし矢という性質上、貫通力と飛距離を上昇させた形はどうしても細長い状態となるわけだが、それを弓も無しにイメージだけで放つことは困難だった。
なので魔弓は現在、『魔法の矢』を放つ練習に使われる武器という部分が大きい。「矢を放つ」というイメージを補強するための補助武器、と言えばいいだろう。
もちろん通常の弓として普通の矢を番えることも可能だが、矢の数に制限がかかってしまう以上、そちらの用途ではあまり使われない。
とはいえ、実用性が無いかといえばそうではない。魔弓は実戦でも十分に使える武器だ。美咲のように魔力量が少なく、『魔法の矢』をメインの武器として扱う者にとって、魔弓はイメージの強化……つまり魔法としての威力を上げる立派な武器となる。
だが、美咲は苦戦していた。
「ブルゥ!!」
「……ッ!」
魔弓に火属性魔法で作り上げた矢を番える。迫りくる【アングボア】の脳天に照準を合わせ、限界まで引き絞った弦から手を放す。
すると、弦に溜められていたエネルギーが矢に伝わり、一気に解放された。
火属性の矢、『火矢』は一直線にイノシシへ向かって突き進む――が、当たる直前になって霧散してしまう。
それはなぜか。
「イメージ不足か……」
「多分、そうですね」
美咲の後ろで控えていた雄哉が飛び出し、アングボアの突進を正面から素手で抑える。強化魔法で全身を強化している状態だと、この程度のことはすでになんということはない。すかさずバタフライ・ナイフで止めを差し、戦闘を終わらせる。
「ミサキさんは声が出せませんから、その弊害でしょうかね……」
ヨルキは腕を組みながら唸る。
魔法はイメージの具現化である。そして具現化する際にはその魔法名を口にすることが多い。
雄哉も無意識のうちにやっていたことだが、これは重要なことだ。その方が明確なイメージを固めることができ、魔法としての効果を上昇させてくれる。
だが、美咲は声を出せない。魔法名を口にできない。
さらには今まで奴隷として生きてきたせいか、想像力も乏しかった。
結果、魔法が極端に弱いのである。本来ならば威力もそこそこ出るはずの『魔法の矢』は、途中で霧散するほどに弱々しかった。
「これはちょっと、対策を練る必要がありそうだな……」
『申し訳ありません』
「しょぼくれなくていい。人には向き不向きがあるってことだろ」
頭を俯けて恐る恐る紙に書いた文字を見せてくる美咲。雄哉は頭にポン、とやさしく手を置いて慰める。
とにかくこのままでは美咲が戦力にならない。どうにかして魔弓を使いこなせるようにするため、一度雄哉たちは山を下り、町に戻った。
◇◇◇◇
結局のところ、美咲に今もっとも必要なものは想像力だった。
まず、雄哉は一本の矢を購入し、美咲に持たせた。これはヨルキの案である。
「最初は基本の基本からやりましょう。まずは魔法を正確に、矢の形状にできるようになるべきです」
センスタ港町、ギルド前にある砂浜。
ここは人通りがなぜか少ないため、魔法の練習に使っても特に問題はなさそうだった。そこで美咲はまず、実物の矢を見ながら魔法で矢を作る練習をこなす。
そしてだんだんと慣れてきた頃、実物の矢の無い状態で魔法の矢を作る。
これに関しては、一時間と少しあればできるようになった。
「で、次はそれを番えて放つわけか。海には人がいないみたいだし、火属性の矢だったら海に落ちれば消えるだろ。できるだけ遠くに飛ばせるようになればオッケーってことだな」
次は実際に魔法の矢を放つ練習だった。
最初の方こそ10メートル飛べば上出来だったが、繰り返し矢を射続けていると、イメージも固定化されていく。次第に15メートル、20メートルと飛距離は伸びてゆき、日が暮れるまで練習を重ねた結果、100メートル以上は飛ぶようになっていた。
「いい感じですよ、美咲さん! この調子でどんどん飛距離は伸ばしていきましょう」
『はい』
『魔法の矢』最大の利点は飛距離にある。なんせ、魔法で作った矢なのだから、飛距離もまたイメージに左右される。逆に言うとイメージさえできれば、例え10キロ先の的にすら当てることができるのである。その観点でも、魔弓でわざわざ飛距離の短い通常の矢を放つ冒険者は少ない。
翌日も依頼は一度放置し、美咲の魔弓の訓練にあてる。
次の目標は威力を上げることだった。
「こればかりは想像力を鍛えるしかないですね。反復練習しようにも、もともとのイメージが弱いわけですから」
「なら、俺たちが実際に魔法を見せて、それをイメージの源にすればいいんじゃねーか?」
「それいいアイデアですね!」
そんなわけで、雄哉とヨルキは協力し、様々な魔法を美咲に見せた。
自分たちが使える最大の属性魔法を魔力の許す限りドンパチぶっ放しまくる。魔力の残量を一切気にしない容赦のない魔法の数々が具現化した。
巨大な爆炎が立ち上がり、大量の水が海へと津波のように爆進し、竜巻に勝るとも劣らない暴風が周囲を蹂躙、砂浜の地面が怒涛の勢いで盛り上がったと思えば、ドス黒い闇が空間を飲み込み、太陽の光にも負けず劣らずの閃光が一帯を照らす。
……余談だが、二人のステータスは現在こうなっている。
■■■■■■■■■■■■■■■■
武山雄哉 男 十七歳
職業 冒険者(ランクB)
魔力量 89700
適正魔法 無属性 闇属性
習得魔法 無属性魔法 LV6 闇属性魔法 LV6 火属性魔法 LV4 水属性魔法 LV3 地属性魔法 LV3 風属性魔法 LV3
特殊技能 毒耐性 LV10 麻痺耐性 LV10
■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■
ヨルキ=ルミエス 男 十四歳
職業 冒険者(ランクB)
魔力量 74500
適正魔法 風属性
習得魔法 風属性魔法 LV7 無属性魔法 LV5 火属性魔法 LV5 水属性魔法 LV5 地属性魔法 LV5 光属性魔法 LV5
特殊技能 不幸 LV7
■■■■■■■■■■■■■■■■
もはや、小さな天変地異が起きていた。
当然ながら何度も爆音が轟き、周辺住民が何事かと見物にやってくるほどだ。これがたった一人の少女の想像力をかきたてるためだけに行われている行為だと知られれば文句の一つも出るところだろうが、その光景は無駄に美しい。まるで一つの絵画でも見ているようで、誰もが見とれてしまっていた。豊かな想像力というのも考え物ではある。
持ち合わせの魔力を完全に使い切り、しばらく魔法は使えない状態にまで陥った二人は美咲の方を振り向いた。
「どうだ、参考になったか?」
『はい。それはもう、とても』
美咲は呆れたように小さく笑った。
それを雄哉は見逃さない。
(笑顔、かわいいじゃん)
小さなものではあったが、笑顔であることに変わりない。心からの笑顔を見れる日を楽しみにしつつ、美咲の魔弓の訓練は続いていく――。
◇◇◇◇
一週間で、見違えるほど美咲の『魔法の矢』は強くなった。
やはり魔力量の少なさから絶大な効果が見て取れるわけではなかったが、それでも、
「……!」
「ブゴッ!!??」
ドンッと爆発音が響き、アングボアに突き刺さった『火矢』が炎を撒き散らす。その一撃で魔物は絶命していた。美咲が、初めて魔物を倒した瞬間である。
「よっしゃ!! この調子だ美咲!」
「魔法の矢の威力、どんどん上がって来てます。この感じで強くなっていきましょう!!」
『はい!』
美咲は魔弓を握りしめながら、紙に喜びの言葉を書き記す。
ここまでくれば、あとは実戦経験を積むだけである。
その後、二か月の時間をかけ、美咲は無事にランクBへと昇格した。
テンポよくストーリーは進めていきます




