引っ越し
1月11日。
部屋の契約を切り、いよいよ出立の準備が整った雄哉と美咲は昼ごろ、ヨルキと待ち合わせるためにギルドの前までやって来た。
そして待つこと数分。待ち合わせに少し遅れて現れたヨルキは、自分の身長よりも大きいかもしれない大量の荷物を背負っていた。全身からエメラルドグリーンの魔力光を放っているので、おそらく強化魔法まで使っている。
雄哉は口の端を引き攣らせながら質問した。
「……、なんだよその荷物は?」
「えっ、だって引っ越しですよ? いろいろ運ばないといけないものがあるじゃないですか」
いくら引っ越しと言えど、ここまで大仰な荷物になるだろうかと雄哉は首をかしげる。
「逆に、ユーヤさんの方がおかしいですよ。手ぶらで引っ越しなんて何を考えているんですか」
「俺は『陰空間』があるからな。荷物は全部その中だ。」
「ああっ、そっかずるい! 僕の荷物も入れておいてくださいよ!」
「ヨルキは確か強化魔法のレベルがまだ5で止まってただろ。ちょうど鍛錬になっていいんじゃないか?」
「酷いです! っと……そちらの方は?」
するとようやくヨルキは雄哉の隣にいる少女に気が付く。
美咲は紙と鉛筆を取り出し、文字を書いて差し出した。
『ミサキです。ユーヤさんのメイドです。よろしくお願いします』
「あなたがミサキさんでしたか。僕はヨルキと言います。こちらこそよろしくお願いします」
ヨルキは雄哉からすでに美咲についてある程度の事情を聞いている。それは美咲も同じで、ヨルキがどのような人物であるかは雄哉に聞いて知っていた。おかげで初対面の挨拶も簡単なもので終わる。
「そんじゃ、挨拶も済んだことだし。さっそく出発するとしますか」
「はい!」
雄哉の声にヨルキが元気よく返事し、美咲は黙って頷く。
そんなこんなで、三人はカルテリオ城城下町を後にした。
◇◇◇◇
さて、国内外を問わず、町から町へと移動する際の手段はいくつかある。
一つは徒歩。非常に時間がかかり、食費など様々な面で費用も高い。魔物に襲われるリスクも高く、腕に自信のある冒険者ぐらいしかこの移動方法は使わない。
一つは馬車。町と町をつなぐもっとも一般的な移動手段であり、魔物が出てきても対処できるように冒険者が必ず一人は護衛につくことになる。少々値段は高いが速く、安全に町までたどり着くことができる。
一つは魔動車。これはほとんど車に近い。エンジン部分には火属性魔法陣と水属性魔法陣が組み込まれており、魔力を流し込むことで魔法が発動、爆発が起きてそれを回転エネルギーとし、四輪の車体を動かす。ただしこれは魔力の消費が激しく、道中で魔物に出くわした場合魔力切れで戦えない、などという事態を引き起こす場合がある。基本的には数人で乗車し、運転手を交代しながら乗ることとなるが、魔動車は値が張る乗り物で、さらには壊れやすいという致命的な欠陥があり、速度は出るもののあまり移動手段としてよく使われる代物ではない。
一つは船。海をまたいで国家間を行き来する際によく使われる移動手段であり、水属性魔法と風属性魔法によりかなりの速度で移動が可能だ。海上で魔物と出くわすことはほとんどないため、安全かつ大量に物資、人を運ぶことができる移動手段となっている。
他には風属性魔法陣の描かれた空飛ぶ絨毯などという物も存在するが、魔力消費が激しい上に操作が異常なまでに難しく、達人級の操縦技術を持った人物に頼むしか使う方法が無い。当然値段も半端ではないが、空を飛んで行くので非常に安全かつ速く町へ移動できるという利点はある。
その他にも様々な移動手段がこの異世界には存在したが、雄哉たちはもっともベターな馬車を使うことにした。ヨルキの荷物は邪魔だったので、結局は雄哉の『陰空間』に収納されることとなる。
そして、馬車に揺られること七日間。
道中、魔物が現れるも護衛の冒険者と雄哉、ヨルキが力を合わせて撃退しつつ。
「着いたーーーーー! やっと馬車から解放される!!」
「揺れまくってお尻がすんごい痛いです!」
『お疲れ様です』
一行はミリンダスト王国で一番大きな港町、センスタへとたどり着いた。全員が初めての馬車移動だったわけだが、感想は口をそろえて「お尻が痛い」である。タイヤが発明されていないため、車輪が転がることで生まれる地面からの衝撃はダイレクトに3人の臀部を苦しめたのだ。
それはともかく、潮の香りが漂うセンスタ港町は、どうやらすべての建物が白色で統一されているようで、とても美しい街並みになっていた。海の方では港に大きな船が何隻も泊まっており、盛んに人が行き交っている。
気候は完全に夏。東に移動しただけにも関わらずなぜここまで気温が上昇するのかと雄哉は首をかしげたが、いくら考えても異世界の詳しい地理や気候など知らないため答えはでない。
額ににじむ汗をぬぐいながら雄哉は口を開く。
「あっちい……それにしても、新しい町ってのはなんかこう、わくわくするよな」
「確かにドキドキしますね。僕も別の町に来るのは初めてですし、海も初めて見ました!」
「まぁ、取りあえずギルドに行こう。美咲の冒険者登録もしときたいし」
『私のためにすみません』
そんなわけで、まず目指すはセンスタの冒険者ギルドである。
道中で地図を買って確認すると町の東端……なんと海水浴場のすぐそばにギルドはあった。
建物自体は南国風の木造建築になっていて、周囲のあちこちにヤシの木に酷似した樹木が並んでいる。もはや海の家と言っても過言ではない。
「これがセンスタの冒険者ギルド、ですか?」
「そうらしいな。にしても……」
砂浜から臨むことができる海は太陽の光を反射し、コバルトブルーに輝いている。透明度も恐ろしいほど高く、とても日本では見ることのできない美しい風景だ。これならば海で遊ぶ人が大勢集まっていてもおかしくないはずだが――
「人、少なすぎないか? みんな海水浴とかしないのかよ」
「ですね。こんなに綺麗な景色なのに人の気配がしません」
『港に人が集中しているのではないですか?』
「それだけでこんなに人気がなくなるもんかね?」
見かけるのは冒険者らしき姿をした人物数人のみ。海で遊んでいる人に至っては皆無だった。
三人は首をかしげつつも、目的のギルドの中へ入っていく。
やはりカルテリオ城城下町のギルドと違い、内装は大きく変わっている。やはり完全に海の家のようになっていて、食事処があったり浮き輪の貸し出しをしていたりと海水浴客を掴んでひと儲けしようとしている雰囲気がうかがえる。が、やはりいるのは冒険者のみで、一般客はどこにもいない。
受付に行くと、気さくで爽やかな男性の受付係が営業スマイルを浮かべていた。
「ようこそ! 見ない顔だね、新参者というわけでもなさそうだ。他の町から来たのかい?」
「ああ、カルテリオ城の方からな。この子……美咲を冒険者ギルドに登録させたいんだがいいか?」
雄哉は美咲の背を押して前に出す。男は笑顔を崩さず対応する。
「了解。身分を証明するものはあるかい?」
「あっ……」
雄哉は言葉に詰まる。美咲はもともと奴隷であり、当然ながら身分も証明できない。
美咲もどう返答すればいいかわからず固まってしまう。そこで助け船を出したのはヨルキだった。
「すみません、ここで身分証明証は発行できませんか?」
「ああ、それは構わないが少し時間がかかるよ。いいかな」
「ええ、構いません。お願いします」
(助かったぜヨルキ!!)
ギルドで身分証明証を発行できることを雄哉と美咲は知らなかったのだ。ヨルキのフォローに心の中で感謝しつつ、美咲が身分証を発行するのを待つ。
30分ほどかかり、美咲は雄哉やヨルキの持っているものと同じ、プレート型の身分証を手に入れた。
ちなみにステータスはこうなっている。
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美咲 女 十六歳
職業 メイド 冒険者(ランクD)
魔力量 320
適正魔法 ???
特殊技能 料理 LV8
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(すげぇ、メイドって表記されてる……というか、料理って特殊技能なのか? LV8ってことはまだ伸びしろがあるってことだろ。あれ以上にうまい飯とか想像できねぇ)
口約束の契約だったはずだが、職業の欄にはきちんとメイドと表記されていたり、誰でもできるはずの料理が特殊技能になっていたりと謎なことが多かったが、ギルドの受け付けもヨルキも特に何も言わないため、雄哉は合わせておくことにした。この世界の身分証明は闇が深いような気がしないでもなかった。
「冒険者の登録もしておいたから、これで今日からミサキも冒険者だ。これから頑張ってね。あと、君は極端に魔力量が少ないようだから絶対に無理はしないように。いいね」
『はい。ありがとうございます』
「ん、わからないことがあったら相談に乗るから」
「うっし。じゃあ行くか、美咲」
「……」
しかし、美咲は首を横に振る。
何かあるようで、紙に鉛筆で文字を書き、受付の男に見せた。
『さっそくなのですが、適正魔法の「???」とはなんでしょう』
「ああ、それはまだ君の実力が足りていない証拠だよ。もっと使える魔法が増えて、魔力量が多くなってから更新したら、浮かび上がるんじゃないかな?」
『わかりました』
やることは終わり、3人でギルドを後にする。
最初に口を開いたのはヨルキだった。
「さて、これからどうしますか? やることは山積みですけど……」
「そうだな……まずは宿でゆっくり体を休めよう。そのあとゆっくり時間を取って、これからどうするかの方針を決めていくか」
『かしこまりました』
「はい!」
美咲がうなずき、ヨルキが返事をする。
一行はとにかく宿に宿泊し、旅の疲れを癒すのだった。
この辺で一章は終了ですかね。まだ先は長そうです




