メイド
「それってどういう意味だ? 俺たちの力じゃ、ランクAにはなれないってことか?」
雄哉の質問に対し、ライラは苦笑いを浮かべて答える。
「いえ、そういうわけではないんです。ランクAになるための最低条件は知っておられますか?」
「ギルドが認めた冒険者だけが受けることのできる、ランクA昇格の依頼をこなせばいいんですよね。認められるには、剣術なり武術なり、戦闘技術を身に着けていないと受注はさせてもらえないと聞きましたけど」
「はい、その通りです」
ヨルキの言葉にライラはうなずいた。
「では、その戦闘技術はどなたに習うおつもりですか?」
「それは……すでに冒険者ランクAの人に修行をつけてもらう、というのが一般的なはずですが」
「残念ながら、現在のミリンダスト王国には冒険者ランクA以上の方がいらっしゃらないのです。凶暴化した魔物を退治しに遠出していたり、もしくは殺されてしまった人も少なくありません。正直なところ、このカルテリオ城城下町もいつまでこの平和な時期が続くかわからないぐらい切羽詰っているんですよ? 自覚は薄いかもしれませんが……」
「は……!?」
雄哉はここにきて、最初に国王が言っていた言葉を思い出した。
『今、この世界は危機に瀕しています。魔物の凶暴化により世界各地で被害が頻発。冒険者の数が圧倒的に足りていない状況です。原因は魔物の王となる存在が現れたからだと噂されていますが、真偽は定かではありません。しかしこの状況が続けば人類が滅ぶのも時間の問題』
今の今まで、そんな気配は感じずに生活していた。町の人たちから請け負った雑用をこなしたり、近場の弱い魔物を倒したり、のんきにお風呂に浸かったりと、とてもではないが世界の危機など考えていなかった。
だが、ライラの話が本当ならば現実味が帯びてくる。
雄哉は焦りを感じながら、難易度Aの依頼が張り出されている掲示板へ走り寄った。
「おいおい……!!」
びっしりと掲示板を埋め尽くさんばかりに並ぶ依頼の数々。
内容は【至急応援求む】、【救援依頼要請】、【冒険者ランクAの力を借りたい】、【大型魔物殲滅作戦】――など。おそらく、冒険者になりたてだった頃の雄哉が難易度Dの依頼掲示板を見た時と同じぐらいの量だ。ということは、依頼の処理が全く追いついていないのである。
そのすべてが、難易度A。
ランクAの冒険者でなければ受注することはできない。冒険者の数が足りていないというのは、そういうことだ。今の今まで関係ないと思って見たことすらなかったが、こうして目の当たりにすると一気に危機感が増してくる。
人類が滅びるのも時間の問題。それは本当の事だった。国王が召喚儀式魔法に手を出した理由も、これならば納得がいく。もしも成功していたならば、本当に勇者となる人物が現れ、この現状を打開する切り札となりえただろう。
「難易度Sの依頼には、魔物の王……魔王を討伐するものもあります。魔物の凶暴化の原因を叩けば、事態も落ち着くとされていますから。ただ、残念ながら挑戦したSランク冒険者は命を落とすか、再起不可能なレベルの満身創痍で帰ってくるかのどちらかです。複数人でパーティーを組んでから挑んでも結果は同じだったとか」
それほどまでに魔王は強いということである。
カルテリオ城城下町近辺の被害がほとんど0に近いのは、単純に魔王の巣食う場所からもっとも離れているから、という理由に過ぎない。しかしいつまでもこの状況が続くかと言えば否だ。
はっきり言って、雄哉がこの世界にやって来てから過ごした数か月の間に事態はかなり深刻化が進んでいる。この町も、いつ危険にさらされるかはわからない状態まで来ていた。
(冗談じゃない。元の世界に帰る方法もわからないまま人類が滅亡したりなんかしたら、それこそもう二度と帰ることができなくなる……いや、それ以前に俺自身の命も危ないってことじゃねーか)
おそらく、生き残るためにはもっと強くならなければならない。しかしそのための方法が無い。完全に袋小路に詰まったような状態だった。
雄哉はそれ以上考えるのをやめた。
「面倒くせぇな……いいや、なんにしろ俺たちは明日からBランクなんだろ? Aランクになる方法は後で考えよう。ヨルキ、今日は解散でいいな?」
「え? あ、は、はい。わかりました……」
「また明日な」
報酬を受け取り、ギルドを出て部屋へ帰る。
ランクAになるためにはどうするか、しっかりと考える必要があった。
◇◇◇◇
晩御飯を美咲と共に食べながら、雄哉は考えを巡らしていた。
戦闘技術を学ぶ。
それは簡単に言えば、柔道や剣道などを習うのと同じだ。先生、もしくは師匠の下に付き、技を磨く。
問題はその師匠に当たる人物がいないことにある。ヨルキはAランクの冒険者に教わるのが普通と言っていたが、今は全員が依頼で出払っておりできないとのことだった。
ならばもう、普通ではない方法を取るしかない。
例えば、冒険者でなくとも武術の心得がある人物がいればその者に学ぶことはできよう。となれば、まずすべきことは。
「師匠探し、ってとこか?」
と言っても、雄哉に人脈はさほどない。そう簡単に探し出せる道理はないだろう。
ダメ元で雄哉は美咲に話しかけた。
「なぁ美咲。冒険者じゃないのに滅茶苦茶強い人とか、見たことあるか?」
『あります』
「まぁ、奴隷だったからな……あるわけな――ってあるのか!?」
『はい』
紙に鉛筆を走らせてうなずく美咲。
雄哉は食い気味に質問を叩きつける。
「いつ会ったんだよ、つーかどんな人物だ?」
『数年前に。お爺さんでした』
「どこにいたかわかるか?」
『山の中で、大きな港町が遠くに見えたと思います』
「それはミリンダスト王国内か? 東西南北、どっちだ?」
『国内の、東の端の方だったはずです』
「よし」
雄哉はさっそく地図を取り出し、美咲の言う場所がどこかを探す。
ミリンダスト王国はほぼ円形の領土で大陸の端に位置しており、確かに東側には海と接する所があった。その中でも大きな港町で、山が近くにある場所は――
「センスタ港町……ここだな」
カルテリオ城城下町よりも一回り小さいが、しかしそれでも十分に大きな町。距離的には大阪から東京までといったところだ。
「美咲、その情報は確かなんだな?」
『主人に嘘を吹き込む奴隷はいません』
「……わかった。そんじゃ、引っ越しするか」
決断は早かった。もともと、世界をあちこち回って元の世界へと帰る方法を探そうとしていたのだ。国内で引っ越しする程度、将来を考えればまだ小さなことである。
(いよいよ、『冒険者』っぽくなってきたかね?)
などと思う雄哉だった。
◇◇◇◇
翌日、ギルドで冒険者ランクBへの昇格を終えた後。雄哉はヨルキに事情を話した。
「つーわけで、俺は美咲と一緒にセンスタ港町に行ってみようと思う。お前はどうする?」
「当然、僕もついていきますよ。ランクAになるためにも、こういうチャンスは見逃せません」
「親とかは心配しないのか?」
「大丈夫です、僕ももうすぐ15歳、成人しますからね。それに冒険者になる時点で親の説得は終わってます。ランクが高くなれば町を転々とするのも冒険者なら当たり前ですよ」
「そんなもんか」
そんなわけで、善は急げ。今日中には準備を整えて、明日には町を出るということで話はまとまった。
その件をライラに伝える。
「はい、わかりました。お気をつけていってらっしゃいませ。でも、たまには指名依頼とかこなしに帰ってきてくださいよ?」
「はは、善処しとく」
「行ってきます!」
今日は依頼を受けずにこれで解散ということにし、ヨルキとは一度別れる。
部屋に帰った雄哉はさっそく美咲と共に荷物の準備を始めた。
と言っても、持ち運ぶものを『陰空間』に放り込むだけだ。基本は手ぶらで動き回ることができるのがこの魔法の便利なところである。入口を開いている間しか魔力は消費せず、魔力の燃費も素晴らしい使い勝手の良い魔法だった。
ちなみに『陰空間』の入り口の大きさは光の加減で調節することができるため、今は基本的にどんなものでも入れることができるようになっている。一か月ほどお世話になっているドラム缶風呂も大きくした陰の中に突っ込んでおく。
「備え付けの椅子とか机、ベッドは置いておくとして。これで持っていくもんは全部か?」
『大丈夫だと思います』
あっという間に荷物はまとまってしまう。
やることの無くなってしまった雄哉は久しぶりに美咲とゆっくり話をする時間ができたと思い、お茶を淹れて椅子に座った。美咲は机の向かいに座らせる。
今までずっと、言いたいことがあったのだ。
お茶を一口飲んでから、雄哉は口を開いた。
「なぁ、美咲はさ。これからどうしたい」
『意味が分かりません。私はただの奴隷です』
「別にその態度を貫くなら、それでいいんだけどな。もう2か月は一緒に暮らしてるだろ? そろそろ、俺がどんな人間かわかってきたんじゃねーか?」
「……」
美咲は鉛筆を動かす手を止め、沈黙する。
確かにその通りだったのだ。
最初の一か月は料理を練習した。
雄哉はどれだけ不味くても完食してくれた。
生活費を稼ぐため、深夜の時間帯に依頼をこなしていたことも知っている。
初めて自分の作った料理に「うまい!」と言ってくれた時、うれしくなかったと言えばそんなのは嘘だ。
裸を見られたこともあった。
その時、美咲は襲われることも覚悟した。明らかに雄哉の目は全身をくまなく観察していたし、興奮している様はすぐにわかったから。
それでも、手を出しては来なかった。ヘタレだと言ってしまえばそれまでだが、雄哉と美咲は一応主従関係にある。襲ってしまっても誰にも何も言われない。その誘惑に耐えるのは、どれだけ大変だったろう。
雄哉が魔物の討伐をするようになってからは、昼の間はいつも部屋で留守番していた。
なぜかそれを寂しいと感じるようになっていた。
夜、疲れて帰ってきた雄哉が自分の作る料理を食べて元気になる姿を見て、心の中では確かに喜んでいた。
およそ、奴隷と主人という関係からかけ離れた生活を送ってきた。
少なくとも雄哉は美咲のことを一度も奴隷として扱ったことが無い。そしておそらく、これからもこの対応は変わらないだろう。
奴隷を物として扱う人間ではない。むしろ、人が良すぎるぐらいだ。
「最初にもいったけど、俺は美咲を奴隷扱いするつもりなんて無いんだ。お前だって一人の人間、女の子だ。自分の人生があるはずなんだよ。だから、この機会に聞いておく。美咲はこれからどうしたい?」
「……」
沈黙は続く。やがて美咲は鉛筆を手に取り、文字を紙に走らせた。
『私にはお金を稼ぐ手段がありません。一人では生活ができません』
「最高に美味しい料理が作れるじゃないか。飲食業やれば、繁盛は間違いなしだろ。うちの家事は全部美咲がやってくれてたんだ、一人暮らしもできるだろうさ。そうだ、せっかくかわいいんだからいっそのこと結婚するってのは? 料理ができて家事ができてかわいい。最高のお嫁さんだろこれ」
『言葉がしゃべれません』
「今こうして、筆談してるじゃないか。意思疎通のやり方なんていくらでもある」
『私を捨てるつもりなのですか』
「美咲の意思を聞いてるんだよ。16歳なんだろ? もう大人だ。自分がどうしたいのか、自分で決めるべきだと思うぜ」
『私は奴隷でしかありません。それ以外の生き方を知らない』
「これから知って行けばいい。そのための手助けぐらいしてやるさ。一応、買ったのは俺だしな。最後まで面倒ぐらいは見る」
「……」
再び、手が止まる。
これは希望の光だ。今、美咲には人生の選択が求められている。
奴隷として生きていかなくていい。一人の人間として生きていけばいい。
そう、雄哉は言ってくれている。
しかし、奴隷としてしか生きてこなかった美咲にはどうすればいいかがわからない。
目の前に突然、いくつもの道ができた。なのに、どの道を選べばいいのかがわからない。
『わかりません。私はこれから、どうすればいいのですか?』
紙を見せながら、顔を上げる。美咲の目には涙が溜まっていた。
結局、自分では何も決められない。言われた命令に従うだけのロボットが、自由にしろと命令されてもどうしようもないだろう。美咲の状態はそれに近かった。
雄哉はため息をついた。
「はぁ……面倒くせぇなぁ、お前は。じゃあ一つ提案をしよう。俺の専属メイドになるってのはどうだ?」
『メイド、ですか?』
「立派な職業だろ、メイド。俺の身の回りの世話をしてくれればいいんだ」
『今までと何も変わりません』
「変わるさ。まず、給料を渡す。美咲の自由に使っていい金ってことだ。
それから、冒険者になってもらう。メイドは常に一緒にいないとだからな、魔物の討伐とかも一緒に来てもらう事になる。自分の身は自分で守れるようになってもらわないとだ。まぁしばらくは俺が全力で守るけど。
あと、メイド服を着てもらう。メイドと言えばメイド服。異論は認めない。
それと、やめたくなったらいつでもやめていいからな。自分の人生を見つけたら、その時は言ってくれ。快く送り出してやる。
まあ、取りあえずはこんなところか。で、どうする? なるか? 俺のメイドに」
「……、……」
奴隷とは違う、別の生き方の提示。
雄哉の奴隷ではなく、メイドとなる。それにより自分は何か変わることができるのか。
わかるはずもない。だが、美咲には他にどんな選択肢があるのか見当もつかなかった。
いや。それを探すために雄哉はこの提案を出したのだ。
『分かりました。私はあなたのメイドになります』
「よし、わかった。それじゃあこれからは俺のことは雄哉って呼んでくれ。ご主人様も捨てがたいけど、あれは実際に呼ばれると背中がかゆくなる」
『かしこまりました、ユーヤさん。これでいいですか?』
「おっけーだ。これからよろしくな、美咲!」
二人は握手を交わす。
この瞬間、美咲は奴隷としての自分をようやく捨てることができた。
突然ですが私はメイド萌えです




