閑話:初めてのお風呂
「ちょっと待って! 洗ってないでしょ!」
紗夏の声が浴室に響く。
「……あらった」
紗夏が湯船に入ろうとするあおいの腕を優しく掴む。
「……あらった もん」
「短すぎる! まだ1〜2分しか経ってないよ」
「……いつもと いっしょ」
「え? 嘘でしょ?」
「……ほんと」
「でも、ダメ。もっと丁寧に洗わなきゃ」
「………………」
すごく不満そうなのが顔に出る。
本当は今すぐにあのお湯がいっぱいのところに行きたい。
そんな顔。
「はぁ、分かった。椅子に座って待ってて」
大人しく椅子に座るあおい。
顔は不満げなままだ。
紗夏は急いで洗い終え、あおいの後ろに行く。
あおいの高さに合わせて膝立ちになる。
その時に見えた背中から、目を離せなかった。
あおいの背中に、細い線が何本も残っていた。
傷というより――痕のような。
古いものから新しいもの。色の違う線が、静かに並んでいた。
何も知らないはずの子供の背中には、本来あるべきではないもの。
一番大きい痕に静かに触れる。
あおいが痛がる気配もない。
気にするそぶりもない。
紗夏は言葉が震えるのを抑えて言った。
「今日だけは、髪を洗ってあげるから。体は自分で洗ってね」
「……はい」
言われた通り、体をもう一度洗うあおい。
時間を気にする洗い方だった。
(これは、教えるのに時間かかるな)と思う紗夏。
シャンプーの途中なのに、すでに洗い終わったあおい。
鏡越しに紗夏と目が合う。
まだダメと紗夏が首を振ると肩を落としまた洗う。
シャンプーを流されると、紗夏を見る。
「まだ終わってない」
「……かみ あらった」
「このままだとパサパサしちゃう」
そういうと、紗夏はコンディショナーを髪に付ける。
「……それ なに?」
「コンディショナー。髪がサラサラになるの」
「……なるほど」
呟きながら、髪に指を通す。
「……おぉ」とポツリと言う。
紗夏は静かに微笑んだ。
洗い終えた2人は、湯船に浸かる。
背中の傷痕には染みてなさそうだ。
「……あったかい」
「次からは自分で洗うんだよ? 最低5分はかけて丁寧に」
「………………はぃ」
あおいは完全に聞いてなかった。
お風呂の温かさに溶けていた。
「お湯は怖くないんだ」
紗夏はそっと呟いた。
1時間後。
「あおい、そろそろ出るよ」
「……まだ」
完全にお風呂の魅力に取りつかれていた。




