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第9話 物置部屋な宿

 ひとしきり飲んで、食って、騒いだ頃には、ギルドの食事処もすっかり夜の気配になっていた。


 昼間とは比べものにならないほど人で溢れかえり、どの卓にもジョッキがいくつも並んでいる。あちこちのテーブルから笑い声や怒鳴り声が飛び交っていて、俺はそんな喧騒の中にいること自体が少し新鮮だった。


「さて、そろそろ宿を取らないと野宿することになるぜ」


 グラウスが伸びをしながら立ち上がる。


「ギルド併設の宿が空いてればいいんだが。ミリアさんは今晩どうするんだ?」


 ミリアは少しだけ目線を泳がせてから答えた。


「今日は私も泊まります。さすがにこの時間から農場へ戻るのは危険でしょうし」


「えへへぇ、そうするといいわよぉ。一緒に寝ましょぉ、ミリアぁ。宿代出してあげるぅ」


 フィーアはそう言いながらミリアの腕に頬を擦り付けている。


「フィーアちゃん、ありがたいけれど、宿代は自分で払えますよ」


「そうしたら別室になっちゃうじゃない。一緒に寝るのよぉ」


 フィーアは先程からこの有様で、ミリアに引っついてばかりだ。どうも相当気に入ったらしい。


「農場の方は大丈夫なのか?」


 俺が助け舟のつもりで訊くと、ミリアはこちらに視線を向けた。


「えぇ、問題ありません。父と弟がいるので、私がいなくても農場の方は回ると思います。ただ、母は心配するでしょうから、明日の朝一番で一度帰る必要はありますね」


「そうか。そういうことなら決まりだな。ひとまず受付で部屋が空いてるか聞いてみようぜ」


 グラウスが言って歩き出す。そのまま会計を済ませ、俺たちはギルド入口の受付へと向かった。


 ***


「え? ほぼ満室?」


 グラウスが空室状況を確認してもらった返答がそれだった。


「空いている部屋は二つだけです。ただ、どちらも少し難ありでして」


 受付の職員が申し訳なさそうに言う。


「あぁ、あれか……」


 グラウスは思い当たる節でもあるのか、がっくりとわかりやすくうなだれた。


「おい、何だよ。どんな部屋なんだ?」


「一つは、三人でぎりぎり泊まれる程度のかなり狭いお部屋です。もう一つは、元々物置だった場所を仮宿として使っているお部屋になります」


「むむむ、無理ですよっ! さすがにあの部屋に男性二人と一緒は!」


 エイルが首をぶんぶんと左右に振りながら、必死に手を突き出している。どうやら『かなり狭い部屋』というのは、すでに利用経験があるらしい。


「めちゃくちゃ狭い部屋があるんだ。三人でぎりぎり。そこなら泊まれるって話なんだが、さすがにな?」


 そう言って、グラウスは女性陣の方へ軽く視線を向けた。


「なるほど。それは確かに難問だな」


 俺は腕を組む。


「俺たちは別の宿に行くのでもいいんじゃないのか?」


 正直、少し夜の街を歩いてみたい気分もあった。街ってのは昼と夜で顔を変えるものだし、異世界の夜の通りってやつにも興味がある。


「あ、実はその物置部屋なんですが、二人ならギリギリ入るかと思います」


 職員が補足する。


「かなり人を選びますが……お二人であれば、料金も一番安くなります」


「も、元といえど物置かぁ……」


 思わず聞き返すと、職員は愛想笑いを浮かべた。


「元々は需要に応える形で作られたのですが、あまりの狭さに利用者が少なくて……」


「それはちょっとな……」


 やはり思うところはあるのか、グラウスは決めかねているようだった。


「ちなみになんだけど、グラウス」


「ん?」


「俺、金がないんだ」


「お、おい。いきなりなんだよ」


「だから出世払いってことで、ここは出してくれないか?」


 その言葉にグラウスは財布を確認しだした。中身をひっくり返して、小銭を受付のトレーに全部出す。さらに何か残ってないかと財布を振っていたが、当然そう都合よく降って出てくるわけもない。


 職員がそれを見て、ぱちぱちと計算する。


「なるほど。物置部屋でしたら、お支払いいただけますね」


「くぅ……えり好みしてる場合じゃねぇってことかぁ……」


 グラウスは顔をしかめて叫んだ。


「おいコウイチ! 出世払いでいい! だが倍にして返せよ!」


「倍って……そう大した金額じゃないんだろうな?」


「畜生! そのとおりなんだよ!」


「まったく、男二人が揃いも揃ってみっともないわねぇ~。どーんと払いなさいよ、どーんと」


 背後からフィーアの冷ややかな声が飛んできて、グラウスが悲しそうな顔をした。


「だいたいお前がいつも飲みすぎるから金がなくなるんだぜぇ?」


「ふぅん? アンタが私を誘う時言ったわよね? このパーティーの酒代は無料だーって! 飲まなきゃ損じゃない」


「だからって限度ってもんがあるだろうが、限度ってもんが!」


 そのやりとりを見て、ミリアは呆れたような顔をしている。


「フィーアちゃんは、お酒がだいぶ好きなんですね」


「そ、そうなんです……いつも、この調子なので、私が困るっていうか……」


 エイルが本当に疲れた顔でそう言う。たぶん、いつも介抱しているんだろう。


「何よぉ!」


「ひぃいい! ごめんなさい! ごめんなさい!」


「とにかく! 私たちはその狭い部屋でいいわよねぇ!」


「だ、大丈夫です……」


「私も問題ありませんよ」


 そう言って、女性陣の部屋は確定した。


「お二人も、先程のお部屋でよろしかったですか?」


「あぁ、いい。それで頼むぜ、まったく……」


 グラウスのなけなしの金は宿代に消え、返ってきたのは硬貨が一枚だけだった。


 ***


 鍵を受け取って部屋の前まで来た時、俺たちは同時に足を止めた。


 外から見ても明らかに狭い。


 廊下の突き当たりに押し込まれるように作られた部屋で、扉そのものが他の部屋より細い。壁と壁のあいだに、無理やり一部屋ねじ込んだような見た目をしていた。


「本当に物置として使っていたんですかね……?」


 あまりの細さに見かねたのか、ミリアが呆然とこちらを見ている。女性陣の部屋は真隣にあるらしく、そちらも他の部屋より横幅は狭いが、俺たちの部屋ほどではなかった。


「元仮眠室だけあって、そっちも狭そうだけど大丈夫なのか?」


「えぇ、問題ありません。むしろ狭いところは落ち着きます」


「そうか。じゃあ、おやすみ」


「はい。コウイチ様、良い夜を」


「おう。また明日」


 それぞれの部屋に鍵を差し込み、扉を開ける。


 同時に、室内の全貌が見えた。


 簡易ベッドが一つ、奥に置いてある。


 以上だ。


「……狭すぎだろ!」


「これは狭ぇな」


 ベッドを置いた時点で、ほとんど部屋の面積を食っていた。人一人が立てば、もう一人は壁に張りつかないと通れない。荷物を置く場所すら怪しい。かろうじて奥行きがあるために、縦に並べば眠るのには困らない。


「てか、ベッドが一つしかないんだが」


 俺とグラウスは、お互いの顔を見る。


「公平な勝負で決めようじゃねぇか」


「そうだな」


「「じゃんけん!」」


 この世界でも通じるのかと思ったが、じゃんけんはしっかりと通用した。


 ***


「なぁ、宿代出したの俺だよなぁ……」


 隣の部屋からは女子の楽しそうなおしゃべりが聞こえてくる。ミリアとフィーアの笑い声に、エイルの少し控えめな声が混ざる。


 そして、こちらの部屋では一人の成人男性が嘘泣きしていた。


「あぁ、そうだな。感謝してるぞ」


 俺はベッドの上で毛布を引き寄せながら答える。


「なら、俺にベッド譲ってくれてもいいと思うんだけど、ダメか?」


「ダメだ。これは公平な勝負をして勝ち取った場所だ」


 俺は寝返りを打って壁の方を向く。部屋が狭すぎて、その寝返りすらちょっと気を遣うレベルだ。


「これでも俺はコウイチの師匠になると思うんだけどな? グスン」


「そうだな。明日からは頼んだ、グラウス」


「それはいいんだけどよぉ。ベッドで寝たかったんだけどな、俺も」


 すまんが、ここは俺が勝負で勝ち取ったスペースだ。色々あった一日、俺はかなり疲れている。ここは師匠になるかもしれないグラウス相手でも譲れない。


「そうだよな。俺もだ! じゃ、おやすみ」


 そう言って、俺は本格的に眠りに落ちようとした。


 うとうとしかけた、その時だった。


 元々頼りなかったベッドは、ついに限界を迎える。


 きしっ、と鳴った次の瞬間。


 バキッ!


 嫌な音が部屋に響き渡った。


 同時に体が傾き、ふわりと浮いたような感覚のあと、俺はそのまま重力に従って床へ叩きつけられた。


「うおっ!?」


 ベッドの片側が完全に崩れている。木枠が外れ、俺のいた側ごと落ちたらしい。


 床の方からも、鈍い衝撃音とグラウスのうめき声が聞こえた。


「いててて……」


 俺は散らばった毛布の中から顔だけ上げる。


「これで公平に床で寝ることになったな、グラウス」


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