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第6話 リューベール

 門をくぐりきった瞬間、空気が変わったのがわかった。


 さっきまでの草と土の匂いは薄れ、代わりに炭の焼ける匂いと、こんがりとうまそうな肉の香りが鼻をくすぐる。

 思わず俺はつばを飲み込み、道の脇に並ぶ露店へ目を向けた。


「食いしん坊」


 横から、木製のステッキを持った魔法使いがぼそりと呟いた。


「ち、違う。ただ見ただけだ」


 そう言いつつも、俺は名残惜しく露店から目を離して前を向く。今は荷馬車から降りて、ガレス以外は歩いている状態だ。町中だからか荷馬車の進みもゆっくりで、そのぶん周囲がよく見える。


「ふふふ」


 隣を歩くミリアが、そんな俺を見て笑った。


「な、なんだよ……」


「いえ、私は見慣れてしまいましたけど、初めて入った方は皆さんそんな感じですから。私も昔はあっちを見たりこっちを見たりで大変でした」


「田舎者なのよ、あなた」


 後ろからヒーラーが、すました声で言った。


「し、仕方ないだろ。実際田舎から出てきたんだし」


 東京にすら行ったことのない身としては、これだけでも十分目が回る。しかもそれが異世界だ。露店も、建物も、歩いている人間の格好も、全部が見慣れない。気になるなという方が無理だった。


「そういうフィーアちゃんが一番の田舎育ちですけどね……」


 ローブを深く被った魔法使いが、消え入りそうな声で返した。


「うるさいわね」


 フィーアがじろりと睨む。


「別に育った場所は関係ないの。田舎者を丸出しにしてきょろきょろしてるのが恥ずかしいのよ。共感性羞恥」


「お前も初めて来たとき、同じことしてただろ」


 前を歩いていたグラウスが笑う。


「してないわよ」


「してたって。屋台の焼き串見て目ぇ輝かせてたじゃねぇか」


「……それは、ちょっとだけよ」


 その返しに、思わず俺は笑ってしまった。


 そんなやり取りをしながら歩いているうちに、周囲の景色が少しずつ目に入ってくる。


 人が多い。

 荷馬車を引く者、樽を抱えて走る少年、籠いっぱいに野菜を積んでいる露店の店主、革鎧姿の冒険者らしき連中、重装備の衛兵。門の近くは特に出入りの多い場所らしく、荷馬車の列待ちで少し立ち止まるだけでも次々と人が横を通り過ぎていく。


「それにしても、人が多いな」


 俺は道の先まで視線を伸ばした。


「城の外じゃ、こんなにすれ違うことなんてなかったのに」


「ええ。門の近くは特に多いですね」


 ミリアが頷く。


「この街はいろんな方向へ道が伸びていますし、商人の方も冒険者の方もよく出入りしますから」


 言われてみれば、門をくぐってすぐの辺りは、いかにも“出入り口”という感じで賑わっていた。露店も旅人相手のものが多いのか、焼いた肉やパン、果物なんかが目立つ。


 だが、もう少し先へ進むと、街の空気はまた変わった。


 路地の奥には洗濯物が干されていて、軒先では女の人たちが話し込み、子どもたちが駆け回っている。露店に並ぶ品も、さっきまでの食べ歩き向けのものから、野菜や日用品のようなものへ変わっていた。


「……生活してる人もいるんだな」


 ぽつりと呟く。


 当たり前のことなのに、それが妙に不思議だった。


 街から出ればスライムに遭遇するし、門番が槍を持って立って、街中には武器を携えた冒険者風の人が多くあるく世界なのに、その一方で、こうして洗濯物が揺れていて、子どもが笑っている日常がある。異世界ってもっと、何もかも特別なものばかりだと思っていたけれど、ちゃんと人の生活があるんだな。


「すみません」


 そこでミリアが、少し遠慮がちに口を開いた。


「私は先に、取引先の店主さんのところへ謝りに行きたいんです。荷がほとんど駄目にしてしまいましたし……」


 そう言って、少しだけ目を伏せる。


 助かったとはいえ、荷馬車も荷も無事ではなかった。命があっただけましとはいっても、それで終わりという話でもないのだろう。彼女には彼女の生活がある。


「俺たちはこのままギルドへ行くぜ?」


 グラウスが気軽な口調で言った。


「こいつの新規冒険者登録もあるしな。どうせ書くもんが多くて時間がかかる。後から来ても余裕で合流できると思うぜ」


「そうなんですね! では、用事を済ませたらギルドに伺います!」


 ミリアはそう言ってから、表情を和らげた。


「お礼も、ちゃんとさせてください」


 それから、俺のほうを見て笑う。


「今晩食べたいもの、考えておいてくださいね」


「あ、ああ」


 軽く手を振るミリアに、俺もなんとなく手を上げて返した。


 彼女はそのまま人混みの中へ駆けていき、すぐに見えなくなってしまった。


「さてと、俺たちも行くぞ」


 グラウスが歩き出す。


「ギルドまではもう少しだ」


「おう、了解」


 そのまましばらく歩いていくと、今度は周囲の音が変わってきた。


 カン、カン、と金属を打つ音がどこからか聞こえてくる。露店の商品も、食べ物や日用品から、武具や金属製の道具が目立つようになっていた。黒っぽい金属の棒、ナイフ、ダガー、鎖のようなもの。店先に並んでいる品の雰囲気が今までとは明らかに違う。


「ここらへん、鍛冶屋が多いのか?」


「お、正解」


 グラウスが振り返って笑う。


「田舎者にしちゃ筋がいいじゃねぇか」


 その直後、グラウスがフィーアに脛を蹴られた。


「いってぇ!」


「何回も田舎者って言わないでちょうだい」


「事実だろ!?」


「だからって、いちいち口に出す必要はないでしょうが」


 フィーアは涼しい顔で言い放つ。


「青あざになったら治してあげるわよ。たぶん」


「たぶんってなんだよ!」


 そんなやり取りを聞き流しながら、俺は店先を眺めていく。


 どの店の主も、揃いも揃ってがたいがいい。腕が太く、肩幅が広く、いかにも金属を叩いて生きてますという顔つきをしている。その中でも、ふと目を引く姿があった。


 背は低いのに、横幅と腕の太さはよっぽどある髭を蓄えた男が、店先で何やら刃を磨いていた。


「おいグラウス。あれ、もしかしてドワーフか?」


「おう、そうだぞ?」


「ほんとにいたのか……!」


 思わず声が弾む。


 ドワーフ。職人気質で武具作りに優れる、小柄で頑固な種族。俺の知っているファンタジーの定番が、目の前で普通に店を開いている。


 妙な感動があった。


「この街じゃ珍しくもないぞ」


 グラウスはそう言うが、珍しいかどうかは関係ない。俺にとっては初めて見る本物のドワーフだ。


「奴らの作る武器は一級品だ。しかし、それ以上に酒もうまい」


「やっぱりそうなんだな……!」


 知っている異世界の知識と、目の前の現実が重なっていく。そのたびに、この世界に来たのだという実感が少しずつ強くなっていく。


 さらに歩くと、視界が開けた。


 広場だ。


 中央には石造りの噴水があり、その縁に腰掛けて休んでいる人もいれば、待ち合わせでもしているのか立ち話をしている者もいる。行き交う人の数も多く、ここが街の中心に近い場所なのだろうとすぐにわかった。


 そして、その奥に立っている建物を見た瞬間、俺は思わず足を止めた。


 今まで見た中で一番大きい建物だった。


 正面の扉は両開きで、門ほどではないにしても、人が二人縦に並べそうなくらい大きい。石造りの壁は重厚で、正面の上には剣と盾を組み合わせた紋章が掲げられていた。


 正面までくると扉の向こうからは、笑い声と怒鳴り声が混じったようなざわめきが漏れてくる。ジョッキか何かがぶつかるような乾いた音まで聞こえた。


「着いたぜ」


 グラウスが振り返って、口の端を上げた。


「ここが冒険者ギルドだ」


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