2
賢者。そう聞かされた俺は、ノアと名乗った彼女の顔をまじまじと見る。
相変わらず整っている顔立ちは勿論、その肌は若々しくシワ一つない。賢者というと、妙齢のイメージがあったから、少し意外だった。
「……疑っているとはいえ、見すぎじゃないかい?」
ノアは恥ずかしそうに顔を逸らしながらそう言う。
「……すまん」
「いいよ。疑われるのは、慣れてるからさ」
「信じてないわけじゃないんだ。この世界の賢者のことを良く知らないっていうか、何というか……」
そう言うと、ノアは驚いた様に声を漏らした。
「知らない、ねえ。ますます、君のことが気になるよ」
「そんなに有名なのか?」
「まあ人類に限れば、知らないのなんて君くらいだろうね。なんせ賢者は――千年前、勇者パーティーに所属していた、魔法使いの名なんだから」
なるほど、勇者パーティーに賢者とは定番な話だ。
……ん?
「てことは……」
ノアは自身が賢者であると名乗った。そして、賢者は千年前の人物であると。
彼女を見る。その顔には相変わらず、愉快そうな笑みを浮かべている。
「君は、千年生きてるってことか?」
「さてね」
ノアは否定も、肯定もしないまま笑う。
「正確な年齢なんて、もう覚えていないさ。ただ一つ言えるのは……君はもう休むべきってこと」
「何を言って――」
いつの間にか至近距離に立っていたノアの指が、額に触れる。
まるで、ワープでもしたかのようだ。
「お休みアキラ。良い夢を」
――視界に閃光が走る。
意識が遠のいていく感覚。声すら出せず、俺は気を失った。
***
――鳥の声が、聞こえた。
(朝?)
そうだ俺は気を失って、というか失わされて……。
意識が浮上していき、頭に柔らかい感触が届く。ベットにでも寝かされているのだろうか。
だがにしては、マットレスはやけに固い。まるで、地面の上にそのまま寝ているかのよう。
やけに心地の良い枕に、悪いマットレス。そのちぐはぐさに違和感を覚え、閉じた瞼をゆっくりと開けると……
「やあ、ようやくお目覚めかな」
こちらを覗き込む、件の賢者と目が合った。
「……」
無言の俺と、ノアの視線が交差する。
「あれ? まだ寝ぼけてるのかな?」
「いや、状況を整理してるとこだ」
寝転んでいる俺、そして覗き込むノア。加えて、頭に柔らかい感触と来た。
これが何を表しているのか、気づかぬ俺ではない。
「なんで膝枕を?」
「固い地面じゃ寝ずらいと思ってね。私の膝を貸してあげていたのさ」
「君が俺を気絶させたのにか?」
「ああした方が都合が良かったんだよ。話を聞くのも良いけど、寝ている君を解ぼ――いや、調べた方がずっと早いからね」
「はい?」
何やら、とんでもない話が聞こえたような。
上半身を起こし、彼女を見る。すると彼女は露骨に目を逸らした。
「今解剖って言いかけたよな?」
思わず服を捲って、腹部を確認する。しかし解剖の傷や跡は一切なく、不健康そうな腹部が呼吸と共に上下するだけ。
ノアはそんな俺を無視して話を続ける。
「……それで、調べた結果なんだけど」
「いやだから解剖って」
「驚くべきことが分かったんだ。聞きたいかい?」
どうやら、俺の話を聞く気はないようだ。……仕方ない。今は諦めて、彼女の言った驚くべき事とやらを聞くことにした。
「……続けて」
「君、この世界の人間じゃないだろう」
言葉が出なかった。突然事実を突かれて、動揺から体が固まる。
ノアはそんな俺を意に介さず、話を続ける。
「ずっと疑問だったんだ。なぜ東の出身を名乗ったのか、どうして賢者を知らないのか。加えてアキラは私と出会った時、魔法を見てひどく驚いていたね。まるで、初めて見たかのように」
一つずつ、疑問を挙げていくノア。その目には、確信が浮かんでいる。
「君が寝て、体の内部に流れる魔力を調べてみたら分かったんだ。――君には、魔力が存在しない。通常この世界の生物は皆、体内に魔力を持っているはず。誰でも知っている情報を知らない、魔力がない、そして先の動揺。答えはいくつかあるけど、君を見る限り、私は間違っていないようだ」
ノアは結論に至るまでのプロセスを、懇切丁寧に説明していく。探偵かよ、と言いたくなるが彼女は賢者である。
「興味深い。私の知る限り、そんな人間は君で二人目だ」
俺の内心を知ってか知らずか、ノアは、心底楽しそうに笑った




