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第52話 解放②ーレンの場合

 解放した母親の代わりにサファリな女が現れたものだから、犯人は少なからず動揺したようだ。レンが両手をあげながら玄関に向かう途中、男はずっと、窓から銃口をレンに向けていた。


 レンが玄関前に到着したのを見て、男は子供を抱き上げ一階におり、玄関の鍵を開けた。ガチャっと音がして、レンはドアを開ける。男がすぐそこで銃口を向けていた。


「お前が交渉にきたのか?そのドアの鍵をしめろ。妙な動きすんじゃねーぞ。少しでもしてみろ、お前を撃ってこのガキを撃って俺も死ぬ」


「はいはい。二階行きましょ」


「……」


 率先して二階に向かうレンの後ろを、男は子供を抱えてついていく。寝室に着くとレンはボフンととベッドにダイブした。


 男は何も言えず固まっている。


「それで、あなたは人生を悲観して今回の犯行に及んだと聞いたけど。要求としては、別れた妻を連れてこい?なんで離婚したの?なんで会いたいの?」


「……い、いいだろうが!とにかく連れてこい!」


「来なかったら?」 


「死ぬ。お前も子供も殺して死ぬ」


「じゃあ勝手にひとりで死になよ……」


「ふざけたこと言うな!早く真美(まみ)を連れてこい!」


「連れてきてどうすんの?殺すの?」


「お前には関係ないだろ!交渉する気あんのか!」 


「その子、いい加減解放してよ。全然関係ないのにこんな怖い目あっちゃって。可哀想だよ」


「うるせぇな!早く連れてこいよ!」


 ベッドから体を起こし、レンは男をじっと見る。

 歳は40くらいか、服の上からでもわかる筋肉質な上半身。たるみのない引き締まった体。


「……スポーツやってる?」


「無駄なことはしゃべるな」


「無駄じゃないよ。あなたのこと知りたいの」


「黙れ」 


「対人相手のスポーツと見た。格闘技?空手ぽくはない。ボクシングとか?」


「……」


「なににしろ、もう現役は終わってる歳だよね。教えてるの?鍛えてるだけ?」


「なんなんだお前」


「どうせ死ぬんでしょ? 私もちょうど死ぬところだったの。最後にお話ししようよ」


「……」


 こんな状況でも全く動じないサファリ女に男は不気味さを覚え、銃を握る手に力を込めた。でもほんの少し、目の前にいる奇妙な女に興味が湧いた。


「……よし。真美が来るまでの間な」


「はーい。それで?なにか辛いことでもあったの?」


「俺の期待の星が落ちちまってな。そのせいで俺の名誉も地に落ちて、心血注いだ教室は倒産だ」 


「なに。どうしたの。弟子の不祥事?」


「そうだ。もともと高校生のくせして女にだらしないところはあったが、タイキはボクサーとしてはダイヤの原石だった。なのに突然、引っ越して。それから気が狂ったように不祥事を連発して。コーチの俺の名もガタ落ちだ」


 レンは口をポカンとあけている。


「……もしかして。その子、サトウって苗字だったりする?」


「なんだ知ってるのか。お前警察の人間か?そっちの中ではさぞかし有名人なんだろう」


「あー。うん。そうね。これも《《恨み》》の力なのかしらね。やり過ぎちゃったねごめんね」


「なんでお前が謝る」


「いやなんでもない。それで、絶望したあなたは元妻と共に心中をしようとしているのね」


「……あんたは?なんで死にたい?」


 レンはベッドの下で小さくなっている子供に目をやる。子供は膝を抱え、大人二人を不安げに見ている。

 

「みんな死んじゃったから。また一人残されるのが怖いの」


「なんだ。殺人事件の遺族か?」


「そんな感じ。でも死にたくてもなかなか死ねなくて」


「そうか。……なら一緒に死ぬか?」


 男は銃口をレンに向ける。

 レンは銃口の先の、男の目を見る。


「元妻じゃないけどいいの?」


「そうだな。あんたみてぇな美人と一緒ならいいかもしれない」

 

 男は引き金に指をかける。


「だめ!」


 子供が立ち上がった。突然の動きに男は動揺し、子供に銃口を向け、引き金を引いてしまった。


 レンは咄嗟に子供に覆い被さった。

 背中を撃たれた。


「……きゅ、急に動くからだ!あ……あぁ!もう!俺は人殺しだ!」


 錯乱した男は続いて2発、レンの背中目掛けて弾を撃ち込んだ。


 その体は弾を撃ち込まれるたびにしなった。 

 

 だがレンは立ち上がる。赤い血をじんわり服に広げながら、ゆっくり男を振り返った。


 不敵な笑みを浮かべていた。そして男に向かい口を開いた。


「もう4発撃っちゃったね。それ、今の警察が持ってる銃、5発しか弾を込められないリボルバー式だよね。あと1発だよ。どうする?」


 男の手は震え、銃が手から離れた。その瞬間レンは大股で移動し、サイドテーブルの上にあったポトスの鉢を手に取り、捕まえて!と叫んで男に投げつけた。ポトスのツルは一瞬で伸び、男の爪先から頭までグルグルっと巻き上げた。


 その間にレンはまた移動し、窓を開けツルの端を掴みながら、投げて!と言った。ポトスのツルは抱え込んだ男の体ごと、2階の窓から庭に逃げるように飛んでいった。


 それはあっという間の出来事だった。


 レンは呆然とする子供を振り返り、もう大丈夫よ、と笑いかけた。そして気が抜けたのか、後ろに大の字にバッタリ倒れた。

 

 今日は4人もツルグルグルの刑にしてしまった。


 直後、ダダダダ……と階段を登る足音。


 少しの間、レンの意識は飛んでいた。

 でもすぐ近くで、大好きな声の、悲痛な叫びが聞こえた。


「死んでないよな?!」


 大和くんだ!レンはすぐに気がついた。

 でもなぜ、彼がここに……?


 背中は血でビチャビチャして気持ち悪いし、目の前は真っ暗だし。

 レンが体をうまく動かせずぼうっとしていると、大和の、子供を責めるような声が聞こえてきた。


 これはいかん。なんとか、声を出さなければ……


 「あいつがさぁ……ブチギレてこの子撃とうとするからさぁ……かばってみました」


 そう絞り出すと、今にも泣きそうな大和の顔が見えた。

 視界が戻ってきた。


「……レンさん?!レンさん!生きてる?!」


 そのすがるような声に、レンの胸は痛くなる。

 胸どころか全身やばいけど。

 でも……


「生きちゃってるねぇ……」

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