第51話 解放①ー大和の場合
あと数駅で植物園のある駅に着くというその時、青木が馬鹿デカい声を出した。
「え……ちょっと!大和君ちょっと!」
「どうした」
「師匠、植物園に向かってない!」
「あ?」
「ほら、ここ……植物園への道はこっち。でも師匠、横に逸れてる。こっちには住宅街しかない。……あれ、この地名、さっきニュースでやってた立てこもり現場の近く?」
「は?立てこもり?……待てググる。……確かに……近えーな。どうしたんだレンさん、ショクダイオーじゃなくてこっちが目的だったのか?」
「途中までは植物園に向かってたような動きだったから……急に心変わりしたのかな。とりあえず山本さんに連絡する!もう近くまで来てるはずだから」
「頼む」
駅に着くと、なんだか空気が騒々しい。
大和と青木はスマホの青い丸の場所を目指し、走りだ……
「またタクシー??」
「絵にならねーけど仕方ねぇ。真島に金もらったしな」
2人がタクシーに乗り込むと、運転手は振り向き怪訝そうな表情を浮かべる。
「お客さんたち高校生?こんな時間にどこいくの?」
「立てこもり事件が起こってるところまで頼む」
「なんでまた?」
「俺の女がいる」
「え?まさか人質の奥さんって……」
「私の師匠でもあるんです!早く車出して」
「師匠?女?君たち何者?」
「関係ない。行け」
大和が某DIOの真似をすると、運転手は慌てて前を向き、車を発進させた。
「こういうときヤンキーって便利ね」
「……」
現場の近くで2人を下ろしたタクシーは、金を受け取ると逃げるように去っていった。
「大和君!青木さん!」
暗い中でもわかるくらい、青ざめた顔をした山本が駆け寄ってくる。
「山本!レンさんどこ?」
「それが、レンちゃん、ついさっき、犯人の立てこもってる家に入って行ったらしい……」
「は?どういうことだよ?!」
「犯人が、人質のうち母親の方を解放したんだ。要求を書いた紙を持たせて……。それで息子を心配した母親が家に戻ろうとしたところを、レンちゃんが代わりに行ったんだ」
山本が力なくしゃがみ込む。
青木は動きの止まったスマホの青い丸をじっと見ている。
「警察もよく行かせたね、関係ない師匠をさ」
「ほんとだよね。……レンちゃん、ひとりで犯人を倒すつもりなのかな。でもいくら元スパイとはいえ、人質の子供もいるし、相手は銃を持ってるし……」
「元スパイ??」
「あれ、そこまでは知らなかったか。レンちゃん戦争中、軍でスパイとして働いてたんだよ」
「まじかよ。あの人ほんと情報量多いな」
「でも色々納得かも」
「つーか山本、解放された母親って今どこにいる?聞きたいことあんだけど」
「母親?……あっち」
山本に連れられて、停まっていた警察のワゴン車へ。中では焦燥しきった女が婦警に挟まれ座っていた。その前にいる男性警官たちに男の様子を詳しく聞かれている。ひとりの警官が大和たちに気がつき、振り返る。
「……山本さん。この子達は?」
「彼氏」
「弟子です」
「……先ほど中に入って行った神野レンと仲のいい子達です。お巡りさん、状況は?」
「神野さんが部屋で犯人と話しています。それにしても彼女、全く動揺してないですね。何者ですか??」
「師匠です」
「師匠」
どうやらレンの体には盗聴器がつけられているらしい。大和たちの位置からでは何を話しているのかわからないが、車内のスピーカーから男とレンらしき声が聞こえる。
「彼がこちらのお母さんにお聞きしたいことがあるみたいで」
山本がそう言うと、母親はどこか虚な目を大和に向けた。
「……お母さん。さっきサファリな人が家の中に入っていく時、なにか聞かれました?」
「……?」
「たとえば、家に観葉植物があるか、とか。そんなこと」
「……あぁ。聞かれました。寝室のサイドテーブルにポトスがあると答えました」
「わかった、ありがとう」
「君、何がわかったんだ?」
首を傾げる警察官たち。
一方青木はニヤリと笑っている。
「ポトスか。ポトスなら悪くないよね」
「だよな」
「取るの大変そうだけど」
「たしかに。……おかーさん。お子さんなら大丈夫っすよ。あの人が守ってくれるし、犯人も倒してくれる」
「君、どういうことだ?」
「待ってりゃわかるよ」
その数分後、家の中と盗聴器のスピーカーから、銃声が1発、それから連続して2発、夜の闇を切り裂いた。
誰もが家を振り返り、いよいよ特殊部隊が突撃かというその時、2階の寝室のバルコニーから庭に、身体中をポトスでぐるぐる巻きにされた男がホイっと放り投げだされた。
男は気絶していた。
「……犯人?犯人が飛んできた!」
その言葉を聞いてすぐ、
事態を飲み込めていない大人たちに制止する間も与えず、
大和は家に向かって走り出した。
「大和君!」
「青木は待ってろ!」
「ちょっと君たち!」
「突入ー!」
待機していた特殊部隊の一部が庭へ、一部が家の中に突入した。武装した数名の隊員が階段をダダダダと登っていく。その波の後に大和は続く。
大和が二階に着くと、「救急班!」の声。
隊員たちの壁をなんとかすり抜けた大和の目には、至る所に血が飛んだ寝室、その窓近くの床に大の字に横たわるレンの姿が飛び込んできた。
見慣れたサファリシャツは真っ赤に染まり、あたりは血の海になっている。
レンの目が閉じている。
そのすぐそばでは血まみれの小さな子供がエーンエーンと泣いている。
「……レンさん!」
「君!下がって!」
「うるせぇ!」
大和が駆け寄る。ピシャンと溜まった血が跳ねて、大和の顔にかかった。
大和はレンの名前を呼びながら、恐る恐る肩を叩く。だが、反応がない。
隊員が大和の肩を掴む。
「離れなさい」
「死んでないよな?」
「出血が多すぎる。すぐに搬送するが」
「死んでないよな?!」
「とにかく治療だ。背中を撃たれてる」
「なんで。犯人グルグル巻きにしてたじゃねーか。何があった?」
オレンジ色の寝室の光を浴びてもなお青白いレンの顔から目を離し、ヒック……ヒックと顔を真っ赤にした4歳の子供を、大和は睨みつける。
「……この子に聞くのはあとだ。まともに話せる状況じゃない」
「坊主、何があった?」
「ひっ、うっ……」
「何があった!」
「君!やめなさい」
「ひっ……うぅ……」
子供は何も答えない。
代わりに別の人物が答えた。
「あいつがさぁ……テンパってこの子撃とうとするからさぁ……かばってみました」
「……レンさん?!レンさん!生きてる?!」
「生きちゃってるねぇ……」
隊員の男は信じられないという顔をする。
大和の肩から力が抜ける。
「レンさん……よかった……」
「よくない……」




