第50話 においとおと
あの日。ボクシング少年にメッタメタにされた大和くんを、クスノキを使って「治療」したあの日。
彼が、「におう」と言った。
その後日、とある晩。
一人ベッドに入った時にハッ!と閃いた。
におい。
これは試したことがない。
もしかして、もしかして。
とてつもなく強烈にクサイにおいを嗅いだら……
さすがにこの不死身な体も耐えられなくて死ぬのでは……?
カメムシは自分の発するクサイにおいで死ぬことがあるらしい。だからもしかしたらこの体も、死ぬのでは……?!
私はそんな深夜テンションのノリで閃いた策を、最後の希望の光としたのだった。
そしてちょうど。テレビのニュースで、都内の植物園にある「ショクダイオオコンニャク」が近々開花するとやっていた。
それはとんでもなくクサイにおいを放つ、世界最大級の花らしい。
これは……
これは使えるかもしれない。
これはチャンスかもしれない。
ショクダイオ……名前長い。そいつのくさいニオイを、私の能力で極限まで強めてみたら……?
私はそれに望みをかけた。
当初の開花予定は次の土曜日だった。だが夏が戻ったような今日の気温のせいだろうか、予定よりも早く開花した。
ショクダイオーの開花期間は非常に短く、1日、もって2日だけ。しかも10年ぶりの開花らしく、次はいつ開花するかわからない。絶滅危惧種だから種の入手も困難だ。この機を逃すことはできない。
荷物をまとめ、青木さんに大和くんへの別れの言葉を託し、私は東京にやってきた。
今乗っている電車を降りて10分ほど歩けば植物園だ。
ショクダイオーは温室内で公開されているが、すでに公開時間は終わっている。もっとも、温室内で自殺する気はない。スタッフさんにご迷惑はおかけしない。
私の作戦はこうだ。
温室に侵入し、ショクダイオーの一部分を切り取り頂き持ち出して、近くの河原に行き、ニオイを嗅いで死ぬ。とっても簡単。ザ・O型的発想だ。
……死んだら。色々名義を借りている山本くんには迷惑をかけるだろう。山本君には一応謝罪文を書いて、ソファの下の収納スペースに置いてきた。
今頃青木さんは目覚めた頃だろうか。リビングの窓は開けて出てきたから、私を見張りにきた大和くんが気づいて彼女を助けてくれるだろう。
そして私がいなくなったことに気づくだろう。もし山本君が不老不死のことを話せば、勘のいい大和くんのことだ、私が毒薬を作って殺そうとしているのが自分自身だとすぐに気づくだろう。
でもその時には私はもういない。
聖のもとにいる。
(予定)
――
駅に着くとなんだか騒がしい。すっかり夜なのに、人がやたら多い。都内って夜でもこんな感じだっけ?まさかみんなショクダイオー帰り?
そんなことを思いながら道を歩き始めるが、どうも原因はショクダイオーではないらしい。それにパトカーが行ったり来たり。近くでなにか事件でも……
そういえばニュースで、都内で立てこもり事件が起こっていると言っていた。
道で職質を受けていた男が突如警察官に暴行を加え、拳銃を奪って近くの家に押し入り、住民を人質に立てこもる。
そんな話だったような。現場はこの近くだったような。気がしなくもないような。
もしかして事件はまだ続いてる?
なんとなく胸騒ぎを覚えながらも植物園へと足を向かわせる。
人質の方には申し訳ないが、私には関係ない。どうせ死ぬんだから、私は気にしなくていい。そう自分に言い聞かせ、早足で歩き出す。
どうせ死ぬんだから。
どうせ死ぬんだから。
その時、銃声が聞こえた。
体が勝手にその音の方向へ動き出していた。
――
都内の窮屈な土地を少しでも有効活用しようと、ぎゅぎゅっと肩を寄せ合うように並ぶ住宅街。その中の一軒をパトカーや車が数台、取り囲んでいる。救急車に防弾装甲車もきている。特殊部隊も控えているようだ。
ところどころで警察官たちが、私のようにのぞきにきた怖いもの知らずな人間を追い払っている。
とりあえず。ひとり暇そうな警察官に状況を聞いてみる。
「こんばんは。今犯人、どんな感じですか?」
「え?サファリ?? 誰ですか?危ないから下がってください」
「銃声が聞こえました。犯人が発砲を?どこに向かって?」
「いいから、早く下がってください」
「見てわかりません?私のこの格好、どう見ても銃を扱えそうでしょう。猟友会の者です」
「人間の立てこもり事件ですよ?猟友会には依頼しませんよ??」
「人質の様子は?」
「いいから。さがって」
「犯人の要求は?」
「話聞かないなぁこの人」
埒が開かないので警察官を眠らせ、建物の陰へ。無線機を拝借し、イヤホンを装着。耳を澄ます。飛び交う音声から状況を読み解く。
人質は……その家に住む母親と、4歳になる息子……現在2階の寝室で犯人と共にいる模様。
犯人の動機は……人生を悲観したことによる身勝手な犯行か……。
ぜんぶニュースで言ってたな。
『玄関から母親がひとりで出てきた!』
無線の向こう側で、事態が急転した。




