三月二十三日(土曜日)(1)
三月二十三日(土曜日)(1)
ベッドに座り込んで、悔しさをかみしめたけど、たかがゲームだ、あまり真剣になるのもおかしいな。
これだけ真剣にさせるのは、きっとアバターが死ぬと6時間のペナルティがあるからだろう。
遊びたいのに遊べない、それも自分の失敗でそうなる、というのは、訴えてくるものがある。
仕方なく気持ちを落ち着かせるべく、ここのところ、暇を見つけて読んでいる塩野七生の「ローマ人の物語」を手に取った。まだ序盤も序盤で、カルタゴからハンニバルがやってきたシーンだった。
ローマ帝国への道は遠い。ローマは一日にして成らず。
ゲーマーも、一日にしてトップには成らず。
昼食の時間になり、リビングに家族四人が揃った。午後は家族で買い物に行くことになった。秋穂が服が欲しいと言ったのだ。
車で1時間ほどのところにあるアウトレットモールで、まぁ、僕はあまり用もない。
お付き合いという感じで食事の後に、父さんの運転で出かけて行き、到着すると母さんと秋穂は足取りも軽やかに、離れていった。父さんも靴を見ると言っている。
僕はアウトレットモールの近くにある、名称が不明の商店街のようなところへ行った。
この商店街はつい最近にできた場所で、いくつものテナントが参加しているけど、ものすごくおしゃれなところで、はっきり言って僕には不釣り合いだ。
それでもこっそりと人並みに紛れ込み、目当ての書店に入った。
ブックカフェでもあって、どこかのデザイナーが考えたらしい、奇抜なデザインの椅子と机で、数人のお客さんが本を読んでいる。書棚の前にも何人かの姿がある。
このコンセプト書店は、僕が普段は見ることがない本が多くて、アウトレットモールに来る時は、ここで大概、時間を潰す。
この日は万葉集に関する文庫本が面白くて、しばらくそれを見ていた。
「春樹?」
いきなり声をかけられ、振り返ると、清楚な印象の服装をした少女がいる。
長い黒髪をひとつに結んでいるのが肩の前に流されている。
「ああ、真澄か」
久しぶりに見る近藤真澄は、やっぱり美少女で、知的な印象を受ける。少しも暗いところのない、天然色のまばゆさ、という感じでもある。
僕は何も言うことができず、彼女の肩のあたりを見ていた。
真澄も、すぐには何も言わない。
お茶でも飲む? と言ったのは、それでも真澄だった。
念のためにと財布を持ってきていた自分を褒めながら、そうしよう、と答えていた。
(続く)




