さつき、血を吸われる
なんで、若君が照れているのだろう?
今のやり取りのどこに照れる要素があったのだろう?
†
「つまり、その。おぬしが言っておるのは、じゃな……人目につかんところを噛んで欲しいと、そういうことなのだな?」
「え? ええ。まぁ、その方がいいかな、と」
「今のおなごは……だ、大胆なのだな」
まだ床を見つめたまま、若君のほうが恥ずかしそうに告げた。
「は?」
なにか勘違いしてるのかな?
いや、勘違いしてる気がする。
「いや、ワシはべつにかまわんのだが。その、キモノを脱ぐあいだ、ワシは目を閉じたほうがよいのか?」
若君にそう言われて、あたしは自分が何を言ったのか、若君がそれをどう受け取ったかに気がついた。
†
「ち、ち、ち、ちがいますっ!」
思わず声が震えてしまった。恥ずかしさのせいだった。
「……そーいう意味じゃありませんっ!」
もうダメ。もう無理。もう限界。
そしてあたしに得体の知れない勇気がわいた。
なんかもう、全部がめんどくさくなってしまった。
なんかもう、全部がどうでもいい気分になってしまった。
そしてこの瞬間、あたしの心の切り替えが完了した。
パチッ。こうなると女の子は強い。
「ちがいます」
あたしは大胆にもまっすぐ若君の目を覗き込んだ。
「まったく、ちがいます」
そのまま冷たい口調でそう告げた。
†
「たとえば手首です。そこならリストバンドとかで隠せますからね。それか、肩です。肩なら袖で隠せますから」
若君は考え込むように天井を見上げた。
「うむ。その『りすとばんど』とやらが、なにかはよくわからんが……まぁ仕方ないかの」
勝った! ちょっとだけ優越感。
「……それならば、そうだな、肩がよいかの?」
「わかりました。肩ですね」
それであたしは着物の袖をぐいとまくった。そのまま丸めていって、肩まで引っ張りあげる。
ずいぶんと細っこいあたしの腕。なんだか注射でも打つような気分だった。
†
「では、どうぞ」
今度はあたしからそう言った。
「うむ。すまんな」
若君はあたしに向かって体を傾け、畳に右手をついた。それからゆっくりと顔をあたしに近づけてきた。前髪が落ちて、その顔はほとんど隠れている。さらに若君の左手が、あたしの肘をそっとつかんだ。
血を吸われる覚悟はできていたけど、実はあたしは注射が苦手だった。だからその瞬間、あたしは顔をそむけた。
若君の顔がさらに近づいてくる気配がして、それから冷たい吐息が肌にかかり、柔らかく唇が触れた。
あたしはなんだか妙な気持ちになって、ギュッと目を閉じた。
†
そういえばヴァンパイアにかまれると、仲間にされたり、ゾンビみたいなのにされたりするんだよなぁ。そんなことを思いだした。
小説や映画、コミックならたいてい犠牲者はそうなる。現実の場合はどうなるんだろう? 若君は大丈夫だって言ってたけど、本当に大丈夫かな? もしちがってたら、やっぱり吸血鬼になるのかな? それともゾンビになるのかな? どっちかっていうと、吸血鬼になるほうがいいけど。
†
そして肩のあたりに柔らかな痛みが走った。
二本の牙が当たる、かすかな痛み。
それからプツッと皮膚が破られる感覚。
それはなんというか、甘い痛みだった。
そして血が吸われていく感覚。ストローみたいなもので血液がどんどんと抜かれていく感覚。
怖くて見られないけど、どんどんと吸われていく。一リットルのペットボトルの水をがぶ飲みしているみたいに、どんどん吸われていく。
あれれ。どうやら貧血になってきたみたいだ。急に頭がしびれてきた。目を閉じているのに、視界がさらに黒くぬりつぶされていく。手足もしびれて力がぬけていく。
あたしどうなっちゃうのかな?
視界がさらに暗くなって、ふっと思考がとんだ。
†
そしてあたしは気を失った……




