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若君は吸血鬼  作者: 関川二尋
第二章 内羽一族の秘密
13/130

若君、迫ってくる

 一度目にすると、あたしはその牙から俄然、目が離せなくなった。

 見間違いかな? なんて一瞬期待したのだが、やっぱり立派な牙がチラチラと見え隠れしている。


   †


「……それにじゃな。ワシが血を吸ってもお前たちには、()()()()()()()()、なにも悪い影響はない。それはワシが保障する」


 ということは、あたしたち以外では、悪い影響が出るってこと?

 それってやっぱり、まるっきりヴァンパイアじゃん。


 と、また若君が微笑んで、また牙がチラリと見えた。

 ちょっと長い牙。細くて、少しカーブして、先端が猫の牙みたいにとがっている。やっぱり本物みたい。本物の吸血鬼みたいだ。


「だからな、お前たちは、ただその血をワシに飲ませてくれればよいのだ。なに毎日ではない〝たまに〟でよいのだ。なにしろワシはそれしか口にできんのじゃ」

 

   †


 しばらく沈黙が流れた。

 あたしもなにも言えなかった。


「……わかりました」


 母さんが静かにそう答えた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


(母さん、なにが分かったの?)

 と母さんの様子をうかがったが、母さんはきっぱりとした目で若君を見つめていた。そしてなぜかゆっくりとうなずいた。


()()()()()()

 母さんは簡潔にそう言った。


 そして隣に座るあたしを見た。

 あたしも母さんを見返した。


   †


 なんか話の展開についていけない。

 母さんはなにやら『大丈夫よ』と、あたしにもうなずいてみせた。


 それから再び若君を見て、あたしに手の平を差し出すような仕草。

()()()』って感じで。


 は? なんで? なんなのこの展開は?


「母さんは内羽の直系ではないから、さつき、これはあなたのお役目ね」


 母さんは優しく、にこやかにそう言った。


   †


 おいおい。どこの世界に、吸血鬼に娘を差し出す親がいるのよ?


 でも母さんの笑顔はあんまりにも明るくて、のどかで、あたしの怒りも戸惑いもなんだか急にしぼんでしまった。


「大丈夫よ、さつき。だって若君さんが『大丈夫』っておっしゃってるんだから」


 あたしはちらっと若君を見る。


 若君はウンウンとうなずいていた。


   †


 そして気付いたときには、あたしは完璧に退路を絶たれていた。

 みんながあたしをじっと見つめていた。

 みんなが穏やかな笑顔であたしの返事を待っていた。

 若君もそのきれいな顔であたしに微笑んでいた。


   †


 誰か助けに来てくれないかな? それを考えたのは一瞬。

 父さんが来るはずないし、じいちゃんは若君の味方だし、弟はハナからあてにならない。

 あとは、あとは……うーむ、誰も思い浮かばない。


「じゃ。さつき、若君さんの前に」

 母さんがそう言ったけれど、あたしは動けなかった。

 体が凍りついたように、カチカチになっててまったく動けなかった。


「大丈夫、そんなに緊張しないで」と芳子ばあちゃん。


「さつき、しっかり頼むぞえ」とボタンばあちゃん。


「ダメ、体が動かない」

 それがこの場を逃げる切り札になるとはとうてい思えなかったが、そう言うのがやっとだった。


   †


「なに、それには及ばぬ」


 若君がゆらりと立ち上がった。

 見上げるような背の高さ。背筋を伸ばし、すっきりとした顔であたしを見下ろしている。その時、不意に入り込んだ夜風が若君の髪を揺らした。束ねた長い髪がゆっくりと揺れる。


(本当にきれいだな、この人)

 風と共に、あたしの心の中になにか涼しい感情が吹きぬけた。

 心のもやもやが急に晴れた気がした。


 これはもう宿命なのだ。ふいにそれが分かった。あたしはそれを受け入れて、それと共に生きなきゃならないんだ。こうなることはもう決まっていたのだ。そんなことを感じた。


   †


 そして若君が一歩を踏み出した。

 来た……でもやっぱり怖い。


 また一歩。来たー。

 そしてさらに一歩。来た来たー。


 やっぱり怖い。怖いものは怖い。

 あたしはぎゅっと目を閉じた。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ポン、とあたしの頭に大きな手がのせられた。

 そしてサワサワとあたしの髪をなでた。


 あたしは子供になった気がした。何かが守ってくれているような安心感。

 どうしてだろう? その手はひんやりと冷たいのに、心の中に暖かなものが流れてくるのが分かった。


 あたしは再び目を開いた。


   †


 若君の顔が、あたしの目の前にあった。

 きれいな瞳、長く伸びたまつげ、すっと伸びた鼻、透き通るような白い肌に少し赤い唇。

 この美貌はほとんど凶器だ。


「ワシを信用しろ」

「はい」

 あたしは思うよりも早くそう答えていた。


「すまんな、恩にきる」

 若君はさわやかに笑った。


 その瞬間、唇の端から再び白い牙がちらりと見え、その先端が鋭く光った。

 ピキーンと澄んだ音が聞こえそうなくらい光っていた。


   †


(やっぱ、イヤァァァ!)


 とは思ったが、早くも若君はあたしの両肩に手を置き、あたしの首筋に顔をうずめてきた。

 冷たい吐息があたしのうなじをくすぐってくる。

 そして……


「ちょっ、ちょっと、待ってください!」

 あたしはギリギリで若君を止めた。若君の胸に手を当て、体を離した。


「どうしたのじゃ?」


 あたしは困った。なんと言ったらいいか分からなかった。

 そして混乱した心は、あたしに適当な話をしゃべらせた。


「そ、その、ですね、できれば首とかはやめてもらえませんか? あたし、ほら、学校に行かなくちゃいけないんですよ。だから、そんな目立つところに傷ができるのは……ちょっと、困るんですよね。だから、その、見えないところのほうが」


 若君はキョトンとしていた。

 それからフッとあたしから目をそらして床を見つめた。


 どーいうわけか、なにやら照れてる。


 へ? なんで?



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