魔の森に住まう者 1
虎獣人のギルドマスター、ムーファとの話が終わり、私達は明日に備えて早めに就寝した。
翌朝、いつものように支度をしようとして個室を出ると、ばったりマルスと鉢合わせた。
「あっ。」
思わず着ようとした今日の服で顔を隠した。マルスは寝ぼけているのか、特に気にすることなく洗面所へ向かっていった。
私はマルスが居なくなってから、服を顔から離した瞬間に、何をしたかに気づいた。
────だから、もう私なんだよ。
十数年の癖はなかなか抜けない。
ノインが部屋から出てきた音で、ハッと我に返り、いつものように朝の挨拶をする。
「おはよう、ノイン。」
「おはよう、アネモネ。」
「洗面所はマルスが使ってるよ。私、先に着替えてくるね。」
私はさっと個室に戻り、ドアを閉めてからふぅとため息をついた。
────昔のことを思い出さないようにしよう。何かある度に毎回、こんな嫌なため息は嫌だ。
頬を両手でパンパン叩くと、早速着替えにとりかかる。
今日の服装は体にフィットした黒のハイネックの長袖、その上にフリルが襟と袖についた水色の半袖を着た。
黒のガウチョに銀色のブーツをはいた。
マントを今日はマフラーに変えて、腰よりも長く垂らす。
鎧は後で装備することにして、姿見でチェック。
「髪型は、洗面所でやるか。」
化粧品や櫛等をもって再び広間に戻ると、マルスとノインが話をしていた。
「おはよう、アネモネ。先に使わせてもらったぞ
。」
先程のことは覚えてない様子のマルスに、ちょっとホッとした私は、じゃ次使うねと洗面所に向かった。
顔を洗い、髪型を整える。
今日はポニーテールにして、アネモネの花飾りは右耳の近くにつけよう。
一通りチェックして、化粧品をしまうと広間に向かう。
「お待たせ。」
広間で待っていた二人に声をかける。
「朝食食べてから出る?」
「あぁ、そうだな。ノインは何かあるか?」
「食材確保。」
といつもの調子でマルスが話す。
「それが済み次第、マーシャットを出よう。」
マルスの言葉に私達は頷き、各々個室で支度をする。
私はタンスや私物を腕輪にしまうと、ベットでようやく目覚めたライガを抱き上げた。
『もう朝か、ふわぁ。』
『あら、ライガ。ちょっとまた大きくなった?』
抱き上げた重さや見た目が成猫よりも少し大きくなった気がして、私が念話で聞くと本人はそうか?と体をみている。
『早くおっきくなって、アネモネを背中に乗せたいぜ。』
『えー、そこまで大きくなったら大変だよ。』
『そうだな、一緒に寝れなくなるな。』
そんな会話をしながら、忘れ物のチェックをして個室からでた。
私達は朝食と宿の支払いを済ませて、マーシャットの朝市に寄り道をする。
朝市は宿からすぐで、出た瞬間から賑やかな声が聞こえてきた。
「らっしゃい!とれたての"魔の森"産のフルーツはどうだい!?」
店主の威勢のいい声を聞きながら、ノインが店をみて回り、ささっと買っていく姿をやや離れたところでマルスと見ていた。
しばらくすると戻ってきたノインは手ぶらだったが、受け取った食材はノインがどこかにしまったのだろう。
「これでいい。」
「よし、行こう。」
マルスの言葉に私達は頷き、歩き出した。
「マーシャットを出て、魔の森を通って大体2日位で龍人族の集落に着くはずだ。」
「あぁ、なら今日は野宿になるのかな?」
「ああ、そうなるな。」
マーシャットと魔の森をつなぐ町ので入り口で、門番の兵士に挨拶をする。
「お気をつけて。最近、ブラックトレントが活発化してますので。」
私が祭りの最終戦参加者だと気づいたらしいが、とても丁寧な対応をしてくれた兵士。
ありがとう、とニッコリ笑うと、兵士はなんだが嬉しそうに笑って手をふり、見送ってくれた。
「ブラックトレントの活発化、ねぇ。」
「まさか海の岸まで行ってるとは予想外だ。アネモネの提案がなくても、対処しないといけない事態だ。」
マルスはマーシャットの出入口を出て、すぐ見える魔の森を睨みながらそう話す。
街道は整備されているようで、魔の森へとむき出しの地面が一筋伸びている。
私達はその道を歩きながら、会話を続ける。
「アイズ様は知ってるの?」
「あぁ、昨日の内に"遠見鏡"で直接話した。」
「そっか。」
アイズの話題を出しておいて、私はそっけなく返事をしてそっぽ向いてしまった。
─────名前出すだけで、気になってしまう辺り、意識しすぎてるな。
「き、昨日さ。ちょっとブラックトレントのこと調べてみたんだけどさ。」
「調べた?どうやってだ?昨晩は個室から出てなかったはずだ。」
マルスが眉をつり上げて私を見る。しまった、と思ったが、別に悪いことなのか分からず、ノインをチラ見する。
「話していい。」
ノインもマルスを見る。問題ないと判断して一言呟いた後、背中を向けて歩き出した。
「そう?えっと、知恵の属神ウィリア様から賜った本があってね。そこには一般常識から魔物のことまで載っているの。それを見たんだよね。」
「──────それ、俺以外に言うなよ。」
マルスは固まった後、深いため息の後にそう呟いた。
「はい、わかってますよー。マルスだから話したんだよ。」
「信頼されてるようで何より。で、何て書いてあったんだ?」
私は百科事典の内容をマルスに話す。
"ブラックトレント"
70年前に勇者によって討伐された魔王が流した血が、怨嗟と憎悪により大地に染み込み、それを吸った木々が魔物化したもの。
ブラックトレントは自身の周囲の木々に根を埋め込み、魔王の血を流し込み増殖をしていく。
対処方法は根を切り落とすか、完全に焼却して消滅させること。
全滅させることは可能だが、魔王復活に繋がるので間引く程度で押さえるように。
葉は薬の材料に、枝や幹は杖や材木として活用可能。
ただし、根には魔王の血が混じった樹液が貯められていて、魔王による何かの干渉を受ける可能性がある為、危険。
「ふむ、大体は調べられていたことだな。しかし、やはり全滅させてはいけなかったか。」
マルスは考えこむように腕を組みながら、私の横を歩く。
「魔王の干渉って、何だろう?」
私がそう誰とも指定せずに呟くと、ノインがこちらに振り向きながら答えてくれた。
「魔王に利用される。」
「え?そ、それって。」
「あぁ、なるほど。過去にそんなような事例があった、とアレックスから聞いたな。」
ノインの言葉にマルスは納得したようだ。
「利用されるって、乗っ取られちゃう、とか?」
「そこまでじゃないが、人が変わったように狂暴になった、と聞いた。」
「うわ、こわぁ。」
げんなりとした顔をして、私は肩をすくめた。
とりあえず言えることは、根には気を付けることだね。
聞けば聞くほど、この魔王はすごいヤバいやつなのはわかった。
ブラックトレントを調べる延長で、魔王のことも一応調べてみたんだけど、まぁ非道い話が綴られていた。
私は街道を歩きながら、百科事典で調べた魔王のことを思い浮かべた。




