旅立ちの準備 4
先程の前置きに私は背筋をスッと伸ばした。それを見たレティはやや神妙な顔で話し始めた。
「さっきも話したが、ヴァーレデルド王国は今、戦争したがりの愚王が治めてる。」
腕を組みながら唸るレティ。
「今のところは魔の森の開拓やガレンシア王国との街道を作ると称して天王山を掘削してトンネルを作る程度の行動だが、後の戦争の準備とも取れる。」
「確かにそうですね。」
「充分気を付けてくれ。もしも、アッシャルダに攻めこむような話があれば連絡してくれ。」
レティの言葉に頷くと、苦笑いしながら頼んだ、と呟いた。
「それから、マルスのことをよろしく頼む。あいつは一応、新魔帝王の異母兄弟だから。」
「レティさんも知ってたんですね。」
私はビックリしつつ答えた。レティは頭をかきながらあぁ、と頷いた。
「だいたいはアレックスから聞いてるよ。あいつの姉さん────マルスの母親とはよく組んだ冒険者仲間だったんだよ。」
「そうだったんですか。」
他の人たちから話を聞く限り、なんかすごそうな人だとはわかっていたけど、やっぱり冒険者だったんだ。
「だから、マルスのことも知ってたのさ。母親のように時々大胆になるから気をつけなよ?」
レティは目を細めて呟いた。
─────ん?大胆になる?あのマルスが?
「その顔は信じてないな?」
「はい、イメージがないです。」
「まぁ、だろうな。あんな面だしなぁ。」
レティは染々と語るが、やっぱり実感が沸かない私は首をかしげるのみだった。
ギルドカウンターでランクアップしたギルドカードを受け取り、握手やらの対応をして外に出ると、突如嫌な気配で背筋を凍らせた。
「アネモネッ!」
ノインが左側からフォローに入り、何かを代わりに防いだ。私はその先に見て、あっと声をあげた。
魔法士に見えない、大柄な男─────ゴーンドだった。尋常じゃない怒りと狂気を滾らせてこちらを見ていた。
その姿に身体中から一気に恐怖が駆け巡った。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!
「見つけたぞぉ、小娘ェ。」
怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!!
最早私はゴーンドの姿をみれず、ノインの背中に顔を埋めたまま震えるしかなかった。
初めてだった─────他人にあそこまで殺意や狂気を向けられたのが。
「よくも、よくも。」
「自業自得。」
ジリジリと近づいてるであろう足音とゴーンドの声を、ばっさり切り捨てたノイン。
ふわっと良い匂いと暖かさを感じて顔をあげると、ノインがぎゅっと抱き締めてくれていた。顔が目の前にあり、とても優しい笑みを見せた。
「大丈夫、守るから。」
ノインの優しさと暖かさに包まれて、私はいつの間にか気持ちが落ち着いていた。先程心を占めていた恐怖は欠片もなくなっていた。
私の肩を掴んで少し離すと、ノインはくるっとゴーンドに向き直った。
そちらをみれば、かなりの距離まで迫ってきたゴーンドに私は再び後ずさる。
「ライガ、アネモネを。」
『わかってらぁ!』
念話が聞こえて、ライガが肩に飛び乗ってきたのを両手で支えながら、私はゴーンドとノインを見た。
ゴーンドはその手に引きずるように大剣を構えていて、あれだけじゃらじゃらと身に付けていたアクセサリーは一切見られない。
狂気に血走った目に今にも湯気が体から出そうなほど真っ赤な顔は、常軌を逸しているのが分かった。
ノインは静かに剣を鞘から引き抜いたのを見たゴーンドが大地を蹴って詰め寄る。巨漢がその手にある大剣を振りかぶった次の瞬間に─────キン、と涼やかな音が響いた。
ドサッとゴーンドが白目を剥いてうつ伏せに倒れた。
周囲が事態を把握したのは、倒れたゴーンドを見たからだろう。
ざわめきが広がり、人々は私達を見つめていた。
「ノイン。」
そんなことを気にすることなく、ノインはさっさと私のそばにきたので、思わずノインに飛び付いた。
「ありがとう、怖かった。」
私がそう言うと、まるで子供をあやすように頭を撫でるノイン。
だが、顔は何かを警戒したままだった。
その顔に疑問に思ったその時だ。
「があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
倒れ伏していたゴーンドが雄叫びを上げて体をのけぞらせた。
あまりにも耳につんざくその声に、私だけでなく周囲の人達がたまらず耳を押さえる。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
ゴーンドは体を震わせてゆっくりと立ち上がると、視界に私達を捉えた。
「来るッ!」
ノインが私を下がらせて再び剣を構えると、ゴーンドは大剣を落としているのにも関わらず、飛びかかってきた。
「─────真紅の、」
その声は上空から降り注ぐように聞こえた。
「爆風ッ!!!!!」
衝撃が辺りを揺らすほどの音に、私は思わず片手で視界を守る。
落ち着いたところで、そこを見る。
「ったく、なんだよこいつは。」
悪態をつく冒険者ギルドマスター─────レティがその体躯を越える大槌で、ゴーンドを地面にめり込ませていたのだ。
私はようやく状況を飲み込んだ辺りで、周囲の人達が野次馬や兵士への知らせに慌て出した。
「急に襲ってきた。」
ノインが剣を鞘にしまうと、レティに素っ気なく答えた。
「見てたからわかるよ。明らかに"狂気ポーション"の影響だな。」
レティはよっ、と大槌を肩を背負い直した。その顔はやや怒っているようだった。
「確か、祭りの第三試合でアネモネと当たった相手だったな。えっと────。」
「ゴーンド。」
「あぁ、賢者ケルトの子孫だっけか。随分と厄介なやつだな。」
レティはいつの間にか側に控えていた女性に何かを指示する頃には、兵士達が駆け寄ってきた。
「アネモネ、事情は私から説明しておく。一旦ここから離れな。」
「は、はい。」
レティにそう言われて、先程指示を受けた女性がこちらへと私達を誘導する。ノインはレティに何かを話すとさっと私の側に戻った。
女性に言われるがまま、私達はこの場をあとにした。
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「これは、一体何があったんだ!?」
アッシャルダ警備隊長が見慣れた冒険者ギルドマスターレティージアに気づくと、声をあげた。
「こいつが、ギルド前で暴れたんで押さえた。」
「また何かやったのか?レティージア。」
話し方が親しげな様子から、警備隊長とレティージアの仲は良い方なのだろう。
「違う。こいつがギルドメンバーに危害を加えようとしてたんだよ。」
「ッ!こいつ、祭りの!」
「あぁ、例の賢者ケルトのご子孫様だよ。」
警備隊長は頭を抱えてうなだれた。
「だからこいつをアッシャルダに入れたくなかったんだよ。アイズ様の命とはいえ、ヴァーレデルド王国のやつらなんか。」
「しかもこいつ、"狂気ポーション"を服用してたぞ。」
「なっ!?」
警備隊長は声をあげ、ゴーンドの首筋をのぞきこんだ。何かを見つけると、はぁとため息をこぼした。
「"狂気ポーション"なんて劇薬を服用してまで何がしたかったんだ?」
「さぁ?」
「ただでさえ面倒なあの勇者の関係者だってのによぉ。おい、拘束具持ってこい。」
警備隊長はレティージアをチラッと見る。
「こいつはこちらで身柄を預かるが、いいか?」
「あぁ、面倒なことはそっちに任せたよ。アッシャルダ警備隊長殿。」
「本当に面倒だ。だがレティージア、助かったよ。」
レティージアはふっと柔らかい笑みを浮かべて、片手で挨拶をした。警備隊長達がゴーンドを拘束していった後を見て、ふぅとため息をこぼした。
「勇者の関係者、か。あの彼女の感じだと関係なさそうだな。」
先程逃がしたアネモネの姿を思い浮かべながら、レティージアは空を仰いだ。
「御使い様の割には、なんか箱入り娘みたいだったな。まるでつい最近までこんなことに巻き込まれたことがないようだったな。」
このレティージアの読みは見事に当たっていた。




