希望を胸に戴く 1
洗面台の前に立つ。
顔を洗い、手入れをして、パンッと両手で両頬を叩く。
主神さんの手紙を書いたり、ライガと戯れたり、ノインと話しつつも、中々興奮して寝付けなかったが、顔には出てないようだ。
「よしっ。」
次に服を着る。
袖無し白のオフショルダートップスに、黒銀のホットパンツに、白のサイハイブーツを昨日のブーツ留めで留める。
白い長手袋は中指にだけ通すタイプのフィンガーレスで、右手に愛銃の指輪を、左手には昨日の太陽の指輪をつけた。
マントを背中が少しだけ見える短めの丈にし、後ろの腰に絆の短剣をつける。
首元には月光石のネックレス、耳にはノインがくれた真珠のイヤリング。
「うん、完璧。」
髪型をどうしようか、悩んでいるとコンコンとドアがノックされた。
「アネモネ、シュリア様から届いたよ。」
「えっ!?早くない!?」
とりあえず髪を手ぐしで整えてから、ベッドのある部屋に行く。
すると、声をかけてくれたノインの真横には、眩いばかりに輝く依頼品が、マネキンに着せられて置かれていた。
「はい、手紙。」
ノインから手渡された手紙を開封すると、そこにはシュリアから熱意のこもった説明と過度な褒め言葉が並んだ内容が記されていた。
うわ、良い意味の言葉の暴力が痛い。
「えっと、アネモネの髪飾りをつけて、念じればいいみたい。」
とマネキンについていた白いアネモネの髪飾りを手に取った辺りで、あっと思い出す。
「髪型、決めてなかった。」
んー、と悩んでいるとノインが何故かいつもよりも言いにくそうに近づいてきた。
「ア、アネモネ。」
「ん?なぁに、ノイン。」
「────自分が決めて良い?」
思わぬ提案に、私はノインに笑顔で助かる!と返答する。
「アネモネに、似合うと思う髪型にしたい。」
「早速お任せしまぁす!」
私はウキウキしながら、テーブルに腕輪から鏡を取り出し、椅子に座ると、ノインは両手に櫛や髪留めを持って背後に回った。
「頑張る。」
そう言ってノインは私の髪に触れる。ふと他人に髪を触れられたことがないことを思い出して、ビクッとしたが何事もなくニコッと笑って誤魔化す。
ノインはもくもくと櫛で髪をすき、髪型を作っていき、完成したのは編み込みのハーフアップで、後頭部にアネモネの髪飾りをつけた髪型だった。
「うん、似合う。」
「うわぁぁ、可愛い!!ノイン、ありがとう!」
鏡を見ながらアネモネの飾りを確認、ノインに満面の笑みで礼を言う。
「あ、そだそだ。」
早速、シュリアが夜なべして作ったものを収納しなきゃ。と私は髪飾りに念じると、マネキンから消えた。
ノインがさっと用意してくれた姿見を確認して、あまりの出来に私は震えた。
「ほ、本当に、すごい、ね。」
「シュリア様の力作。」
「ほんそれ。」
私は髪飾りに念じて、先程の服装に戻した。
「よし、これで大丈夫だね。」
「あと、アネモネ。これも。」
ノインが差し出したのは、昨日買ったイヤーカフだった。
「念話を付与した。」
「ありがとう!あ、でもイヤリングしちゃったな。」
外すのが惜しくて、そっとイヤリングに触るとノインは優しい笑みを浮かべた。
「一緒につけたら?」
「うん、そうしよっかな。変じゃない?」
「似合う。」
そんな話をしながら、私は受け取ったイヤーカフを右耳につける。それを見て、足元のライガがノインに近づく。ノインが膝を落とし、ライガの右耳に百合のイヤーカフをつけてあげた。
ライガはイヤーカフついた自分の姿を姿見で確認したあと、私を見上げた。
『アネモネ、聞こえるか?』
ライガからの念話が聞こえて、私は思わず固まった。
───思ったよりも低いイケボだったからだ。
子供、というよりは知的な理系男子な低いイケボで、ライガの見た目に反して大人な声に、一瞬認識が遅れる。
『アネモネ?』
「はっ!あ、うん、聞こえてるよ。」
『何だよ、その態度は。ま、いっか。やっと話ができるぜ。』
ライガは足元から私の伸ばした手に捕まる。私が抱き寄せて顔を近づける。
「改めてよろしくね、ライガ。」
『ああ!俺とアネモネは一心同体だ。』
そんなことをいって、実際はにゃあと可愛く鳴く
このギャップに若干の混乱になりつつも、ニコッと笑って誤魔化す。
「ライガ、待たせてごめん。」
『なぁにいってんだよ、ノインの旦那。将来的には話せるようになる、っつーから、ずっと先だと思ってたんだ。こんなに早く叶うなんて思っちゃあなかったよ。』
ノインの旦那────なんかライガのしゃべり方がちょっと面白いかも。
「変わった呼び方をするんだね。」
『そうか?群れにいた時は親以外のオスはそう呼ばれてたぜ。』
「なるほど、フォレストキャットはそんな感じなんだね。」
そう言いながらライガを撫でると、喉をならし始めた。
「アネモネ、時間。」
ノインの言葉に、私は窓の外を見て気づく。
「うん、いこうか。」
私はキリッと気を引き閉めて、テーブルにかけていた長剣を腰につける。
「今日は、頑張らないと。」
「───────今日、無理かもしれない。」
『結論早すぎるぜ!』
頭を抱えて項垂れる私に、ライガが膝の上から突っ込みを入れてくる。
「だめ、むり、吐きそう。」
『ノインの旦那が言ってた通りに、緊張するとダメダメなんだな、アネモネ。』
話すのもきついほど魂抜けたかのように、近くのテーブルに突っ伏す私。
「ごめん。」
『話してた方が楽か?俺撫でてて良いぜ?』
言われた通りにライガを撫でながら、椅子にもたれる。
ここは祭りの会場内にある、参加者の待機テントだ。
中には豪華なカーペットが隅々まで敷かれ、テーブルにはさまざまな飲み物や軽食が用意されている。周囲にはこちらも豪華な椅子やソファー、ベッドが並ぶ中、姿見や棚が設置されていた。
本来、参加者は受付で魔力測定や身分提示、軽い面談を行うのだが、私はマルスのおかげでそれらをすっ飛ばして、一番乗りにテントにいるのだ。
そのせいか、一人で待機しているとますます緊張が沸き上がり、最初の発言となった。
『あー、話したいけど吐きそうになるから、とりあえず念話にする。』
『おう。アネモネ、そこ右耳の辺りが気持ち良い。』
ライガのマッサージに切り替わりながら、私は緊張をおし殺す。
『ライガは緊張しないの?』
『するぜ?初めて狩りをした時だったか、あまりの緊張で狩るウサギの目の前でスッ転んだぜ。』
『私もこの後やりそう。』
今まで話せなかった分、ライガとの会話が楽しすぎて話は弾んでいく。
そんな話からついこないだの話になった時に、ライガはふとこんなことを言い出した。
『ほら、城に入った時にはしごあったろ?あそこでノインの旦那の背中に飛び乗るつもりだったんだが、ノインの旦那がスカーフを使え、っていうから言うとおりにしたら、羽生えたんだぜ。』
『えっ!そのスカーフ、羽生えるの?』
『あぁ、俺もビビったぜ!だから、アレックスだったか?あの旦那も気になったんだろうな。』
ライガはふすーふすーと猫エンジン全快で念話を続ける。
あ、祭り終わったらアレックスのとこにいかなきゃなー。見せるって約束したしな。
すると、テントの出入口が騒がしくなり、4人がそれぞれのペースで入ってきた。
最初は、黒のローブを目深にかぶり、口元にニヤニヤと笑みを浮かべて、杖をなで回して椅子に座る。男女すら不明で不気味なオーラで近づくのすら嫌悪する。
次に、魔女帽子に目元以外には出ないように不透明なベールで隠し、手袋やローブにブーツを着込んで肌の露出が一切ない姿。
ただ、ピッタリとしたローブのせいか、かろうじて胸やお尻の身体のラインで、女性だとわかる。身体よりも大きな杖を手に持ち、モデルのように歩いている。
三番目に来たのは、眩いばかりに輝く金髪に、それが似合う程のイケメンで、金色の刺繍を施した赤のローブを着た男性だ。見たところ杖を持ってる雰囲気はなく、私を見るなりウィンクしてみせた。
「ハンッ!今年のは大したことなさそうだな!」
最後に来た男は、入ってくるなり大きな声でそう言った。
どう見ても魔法士には見えない大柄な男性は、身に付けている服装だけは品がよかった。ただ、指や首、腕に腰と至るところに、アクセサリーを身に付けていたのだ。
『俺でもわかるぞ。あれ、魔法道具だな。』
『うん、多分。』
ライガの念話を返している間に、大柄な男はズカズカと歩いて私の目の前に立った。
「おい、こっちは客なんだからさっさとやれ。」
「────へ?」
大柄な男は私を見下げ、その顔を醜悪な笑みに歪めた。
「だからお前、給仕だろ?さっさとやれ。」
私は思わぬ大柄な男の言葉に戸惑っていると、金髪のイケメンが大柄な男の肩を叩く。
「失礼、ミスター。彼女は参加者だよ。」
「おいおい、冗談だろう?こんな小娘がか!?」
イケメンを肩越しに睨みながら、私を指差す大柄な男。
「シャアアッ!」
『アネモネがアンタみたいな下品な豚の給仕なワケあるかよッ!目玉腐ってんのかァ!?』
私の太ももからライガが全力の威嚇と念話による罵声を放つ。
そんなこともお構い無しに大柄な男は、イケメンを無視して私に向き直った。
「ハンッ!参加者だろうが、なんだろうが変わらん!小娘、酒を注げ。」
「────お断りします。」
私は笑みを浮かべて大柄な男を見上げた。
「あァ!?この俺様に酒も注げねぇのかァ!?」
「注げない、のではなく。注ぎたくないです。」
私が拒否すると、睨みを効かせながら見下ろす大柄な男。
「ご自分でどうぞ。」
「小娘がァ!俺様を誰だと思ってやがるッ!」
「お酒をグラスに注ぐことすら自分で出来ないような人は存じ上げません。」
私はあくまでにこやかに、可能な限りの毒舌で応戦する。
ちなみにいま、かなり激おこです。
「知らないだァ!?ハンッ!なら教えてやろう!俺様は魔王討伐した勇者一行の一人である賢者ケルトの子孫、ゴーンド・ブロンクス・ヤーデルダンドだ!」
「───────。」
私は笑みを崩さぬまま、大柄な男性────ゴーンドを見上げる。
『ノイン、ノイン。魔王なんていたの!?つか賢者ケルトって有名人なの!?』
念話で絶賛パニック中であるのを誤魔化すためだ。
『───確かに有名人だけど、そいつは子孫じゃない。婿養子。』
ノインの冷静な念話が聞こえて、私は心の中でなーんだ、とホッとした。
が、そのあとに有名人の名前を利用するダメな大人であると察したら、再び怒りに火がついた。
「まぁ、そうでしたか。存じ上げず、申し訳ありません。」
「よーやくわかったか、おつむの足りない小娘でも分かりやすかったろう!?」
「はい、貴方が婿養子であるにも関わらず、子孫を名乗ってることを思い出せず。」
私はありったけの嫌みを、満面の笑みで言い放つと、ゴーンドは笑みが凍りつく。
「なっ、何故、それを。」
「あら、申し訳ありません!礼節一つも出来ないような人が、まさかそんなことを隠すほど肝が小さい方とは露知ら─────。」
「小娘がァァァァァ!」
ゴーンドが私に向かって腕を伸ばしたのがスローモーションのように確認できたので、何で返そうかと思った瞬間。
「─────そこまでだ、ゴーンド殿。」
伸ばした腕を掴んで止めたのは、黒髪をなびかせて冷気をまとったアッシャルダ前魔帝王の息子である、アイズだった。
「ッ!これはこれは、前魔帝王のご子息殿。気配すらなかったので、てっきり不参加かと思ってましたよ。」
「少しアッシャルダ城での準備で遅れたものでね。」
アイズはその凍てつく眼差しをゴーンドに向ける。
「ゴーンド殿、何故彼女に手を上げたのかな?」
「この小娘の無礼な態度を、直々に正してやるためです。邪魔をしないで頂きたい。」
「────アネモネ、君は何をしたんだい?」
アイズがやや呆れた顔で、私に話しかける。その言葉に笑みを崩さぬまま答える。
「給仕扱いされましたので否定したのですが、それでも酌をしろと。再度お断りしましたら、侮辱されたので、事実を申し上げました。」
「君がこんなに好戦的とは驚いたよ。」
びっくりした表情も一瞬で、アイズは表情を戻した。
「ゴーンド殿、彼女は私の弟の友人でね。何かと我々兄弟が世話になっている。それ相応の態度で頼みたいのだが?」
「ッ!し、失礼しました。」
「アネモネ、彼とは縁があってね。私に免じて許してやってくれるか?」
ゴーンドがあっさり下がったので、私は特に深追いしたくもないので、笑みで答えた。
すっとアイズがゴーンドの腕を離すと、ゴーンドは私をにらみ、さっさとワインを掴んでベッドの方へ向かっていった。
────まるであとで覚えていろよ、の睨みだったけど、さっさと忘れてしまうことにした。