歩んだ先に 1
翌朝、ライガよりも早く目が覚めたので、そっとベッドから起き上がって背伸びする。
「ん?」
何気なく窓辺のテーブルを見ると、また光るものを見つけて近づく。
テーブルには2通の手紙と、それを飛ばないように置かれていたのが、柔らかい革製で白金のアネモネの細工、そして鮮やかな黄色のリボンが両側についたカチューシャだった。
カチューシャを横に置いて、早速手紙を見る。片方はウィリアで、もう一つは主神だった。
ウィリアの手紙には文字が上手になってる、とか褒め言葉が並ぶ。丸っこい書き方は彼女らしい。
次に主神の手紙を開く。ふわっと花の香りがする封筒から便箋を出すと、中身を開く。
わざわざ読めるように日本語で書いてくれていて、無理をしないことや変革を楽しみにしてることが書いてあった。
『どうか、ファレンジアを楽しんでください。貴女の好きなように、貴女が好きなことを。貴女を招いたのは、貴女に伸び伸びとやりたいことをして欲しいからです。』
主神の手紙には始終、こんな調子で書かれていた
。最後にカチューシャのことが書かれていて、締められていた。
『花のような貴女に、ささやかな贈り物を。』
────こんなの、惚れてまうやろー!!
心の中で叫びつつも手紙を腕輪にしまい、今日はせっかくなのでカチューシャにしよう、と洗面所にむかう。
今日はイズリール観光をする、とノインに話していたので、ちょっとおしゃれしよう。
タンスから今日の服を出す。
七分丈の盛り袖ワイシャツに、淡い黄色のベスト、白のスカートに見えるハーフパンツに黄色のハイソックス、白のピンヒールブーツにした。
髪型はカチューシャをつけるので、敢えてストレートのままにした。
マントと武具はなしにして、ワイシャツに隠れる位置に絆の短剣のみさした。
アクセサリーは白金の星形のトップがついたネックレスだけした。
「にゃあぁ。」
着替えを済ませ、昨日の服をタンスにしまった頃にライガが起きてきた。
「おはよう、ライガ。ブラッシングしよっか。」
ぼんやりと寝起きのライガを窓辺のテーブルでブラッシングする。気持ち良さそうに喉をならすライガを堪能していると、ノインがやってきて朝食になる。
ノインは水色のワイシャツに紫のベスト、同色のズボンに剣を下げていた。そして、胸元にはバラのような形のブローチがついていた。
「ノインも、今日はオシャレだね。ブローチもバッチリ似合う。」
「ありがとう。我らが偉大なる主神様から賜ったんだ。」
「私もこのカチューシャをもらったの。手紙も返してくれてね、主神さんは優しい人だね!」
ノインも嬉しそうにブローチに触れていた。
「朝食食べながら、今日の予定決めよっか。」
レストランに向かうと、私達以外にも泊まった客がいて、朝食を食べていた。私はいつもの席に座ると、朝食が出てくるのを待ちながら、今日の予定を話し合う。
「マッシュカウの調査は夕方判明する。」
「なら、1日街を散策できるね。」
出てきた朝食を二人で他愛もない話をしながら食べ進めた。
昨日のうちにもう一晩泊まる話をローレンスにしてあるので、夕食はまたこの月猫亭で食べることにした。
まる1日イズリール観光に使えるということだ。
「何からみようかな。」
朝食を終えて、月猫亭から出て大通りへ向かった。ノインとライガと3人で並んで、大通りの店を見ながら歩く。
イズリールには中央広場の他に、市場や時計塔、図書館があり、見て回るところは多い。
まずは大通りから中央広場に行ってみよう、と言う話で歩き出した。
中央広場には朝から露店がいくつか並び、賑わいがいくらか静かだった。
露店も魔法道具という看板を下げたところや、何に使うかわからない雑貨が並ぶところと、怪しさが漂う。
だが、意外に食いついたのがノインで、スタスタと歩いて露店を見いっていた。
私は後ろでライガとのぞくと、ノインは瓶やアクセサリー、本等をいくつか手に取って見ていた。
「お客さん、それは高いぞ?」
ノインは声をかけた商人には目もくれずに、一通り見たあとに、小さな瓶と古ぼけた本を手にした。
「これを。」
「─────金貨10枚だ。」
高っ!と心の中で叫ぶが、ノインはざらっと商人に金貨を渡して立ち上がった。
すぐ隣の露店にも立ち寄り、同じように物色し始める。
「お嬢ちゃん、アンタの連れ、何もんだ?」
先程の商人が金貨をじゃらじゃらしながら、私に話しかける。
─────神様です、とは言えない。
「た、頼りになる仲間です。」
「そうかい。仲良くしとけよ。」
商人はいそいそと露店をたたんで去っていった。その間に、隣の雑貨露店でも何か買っていた。こちらもまいどあり!と言って、露店をたたんで去っていった。
ノインはそれらを手元に持ったまま、私とライガのところにやって来た。
「たくさん買ったね。何を買ったの?」
「ステータスアップポーション、古代技術の解読書。こっちは後で使う。」
ポーションの瓶の蓋を開け、いつの間に出したのか器にあけてライガに差し出した。ライガもチロチロと舌先で確認したあと、ガブガブと飲み始めた。
「すごいね、見た目じゃわからなかった。」
ライガが全て飲みきり終わると、ふわっと身体中に光を帯びた。ステータスが上がったようで、ライガは喜んで一鳴きした。
「この本は、サージュ様に贈るつもり。」
「喜ぶといいね。」
ノインは微かに笑って頷いた。ちゃんと他の属神にも気を遣ってるんだね。
「そのキラキラした布とふわふわの羽毛は?」
「後で使う。」
ノインはそれをしまうと、市場のあるという通りに歩き出した。
────このアイテムが後にスゴいことになるとは、知るよしもなかった。
という展開になりそうで、私はある意味ワクテカしながらノインの後ろを歩き出した。
市場は朝から賑わいがあった。
「いらっしゃい!いらっしゃい!朝取れ立ての野菜だよ!」
「アッシャルダ産の魚介類だよ!痛む前に買いだぞー!!」
市場の人たちは忙しいが、活気に満ちた顔で客の呼びこみをしていた。
昨日、中央広場から見た儚い平和にすがりついた悲壮感は見当たらない。
「ここは活気があるね。」
ライガが商品に手を出さないように抱っこしたまま、ノインと共に歩いて見て回る。
ノインはたまに立ち止まり、いくつかの食材を買ってはどこかにしまっている。
たまに、私やライガに味見や説明をしてくれるのを見ると、ノインはとても楽しんでいることを感じる。
よかった。ただ、私の同行者としてついてきてるのではなく、ノインも楽しんでくれてるみたいで。
気づけば、市場の端まできていた。何もなくなったのかと思えば、そこには小さなレジャーシートに小さなフルーツを篭に入れて並べた店があった。
「い、いらっしゃい、ませ。」
店にたつのも小さな少年で、売れるか不安のせいか落ち着かない様子で声をかけてきた。
近づく私達に、少年はビクッとしながらもなんとか接客しようとしている。
「よ、よかったらイチゴ、いかがですか?」
店の前でノインはしゃがみこみ、篭の中から一つ取り出して、じぃっとイチゴを見つめた。3つある篭からイチゴをとっては見つめたが、どれもそっとそれを戻した。
「あ、あぁ。」
何かをいいかけて、少年は顔を伏せた。ノインは興味なくなったのか、立ち上がった。あまりにも切ないこの雰囲気に私はためらうことなく、
「ノイン、それ全部買って。」
と言った。ノインはチラッと私を見ると、すぐに少年の方を向いた。
「いくら?」
「あ、はい!ぜ、全部で銅貨3枚です!」
先程から市場を巡って何となく感じた金銭感覚が、それはあまりにも高い気がしたが、ノインは気にする様子もなく、さっと払った。
「ありがとうございます!」
とびっきり嬉しそうに笑った少年に、私はちょっと心がホッとした気持ちになった。
ノインは篭に手をかざして何処かにしまうと、少年から離れて何かを考えこんでいる。その横で私はふと少年を見ると、帰り支度を始めていた。
「もう店じまいなの?」
「あ、はい!これで、母さんの薬を買いにいけます!本当にありがとうございました!」
少年の言葉に、私はそうなんだ。と何故か悲しげに笑って返してしまった。それを気にすることなく、少年は台車を引っ張って市場から去っていった。
私はそれを見送りながら、あの銅貨3枚の理由に涙が出そうになった。
「アネモネ。」
ノインが横から声をかけてきた。私は泣きそうな顔を手で拭うようにしてから振り返る。
「さっきのイチゴは、ジャムにする。」
微かに笑って話すノインが先程のイチゴが一つ、私に差し出した。それを受け取って食べてみると、口の中には甘さもそこそこに酸味が広がってきた。
「っ、確かに。これはジャムにしないとね。」
「アネモネは優しい。」
「あはは、お人好しすぎて集られまくったけどね。」
昔のことを思い出しかけて、私は首をふってそれを振り払うと空を見上げた。




