休日の過ごし方
だいぶ遅くなりました。
恋物語共々地道にやってます。
この世界は乙女ゲームの世界ということもあってとても平和だ。歴史を遡ってもここ数十年は戦争どころか小競り合いすらもない。
そりゃ国家間でのギスギスは多少あるもののどの国も戦争なんて望んでおらず、できる限り話し合いで解決しようというスタンスであるらしい。そんなわけで辛いのはお上の胃だけである。
だけどもそんな平和なこの国にも軍隊はある。その理由は主に抑止力だが、ごく稀に出没する山賊なんかの対処なんかもする。まあ乙女ゲーム補整でもかかっているのかこの国で山賊が出るのは三年に一回あるかないかなのだが。
そうでなくても警備のための衛兵や騎士はどれだけ世界が平和でも必要だ。ここのような王様のお膝元ならともかく離れたところにある町では盗賊が出る。そのため小さな町なんかでは衛兵は子供たちのヒーローである。
そして騎士は皆が一度は憧れる存在だといえよう。それこそ庶民はもちろん、貴族だって憧れを抱く者は多い。具体的にいうと子供の将来の夢ランキング第一位を常にキープし続けている。
ちなみに実際に騎士になるのは貴族の次男や三男が多い。彼らは家を継ぐことができないためどこかに婿入りすることを求められるがそれを嫌う者や自分の腕一本で身を立てたいなんて考える脳内お花畑な奴なんかは騎士を目指すのだ。一応騎士は貴族の一員であると考えられ子爵、もしくは男爵あたりと同じ階級として扱われてるので面目も立つしね。
そういう事情もありたしなみとして剣術を学ぶ貴族は多い。もっともそれは騎士になるためというよりも護身用としての意味合いが大きいのだが。
もちろん俺も学んでる、次男だし。というかむしろせっかく合法的に剣が振れるのにやらないなんて男の子としてありえないよね!
さて、長々と説明してしまったが今日は学校がお休みの日。なので俺は朝からローガンと共に庭にいた。
庭にいるといっても花を見たりお茶したりそんな淑女みたいなことをしているわけではない。今日はローガンに剣の稽古をつけてもらう日なのだ。
「ふっ!」
短く息を吐き出すと同時にローガンに向かって手にした剣を振るう。直剣ではなくて反りがあるサーベルのような剣だ。正式名称は知らない。それをローガンは軽々と受け流す。それが何度も繰り返される。
剣を右に振り、斬り上げて、振り下ろし、返す刃で薙いだ。だけどそのすべてがローガンには届かない。いや届いても困るのだが気持ち的な問題だ。
そうしているうちにローガンが動く。俺が反応できるギリギリの速度で振るわれるを切り払い、再び剣を振るったが余裕をもって避けられてしまった。額から流れた汗が顎先から垂れた。
「腕を上げましたね」
「涼しい顔でそんなこと言われても……」
こちらとら汗だくなのにローガンはいたって涼しい顔。もう太陽は大分上がってきているのに汗も額にうっすらと光る程度だ。
ローガンは強い。ほかの強者という者を見たことがないのでどれくらいとはっきり言えないが強いか弱いかで言えば強いに違いない。というかそうでなくては護衛を兼ねるお付きになんて選ばれないだろう。
俺は剣を持つことが許された日から暇さえあれば剣を握った。それはもう乙女ゲームのキャラにあるまじき勢いで。
大きくなるにつれて好きなことだけしているわけにはいかなくなったし、学校に行くようになってから稽古は休日だけしかやらなくなったが今まで続けてきたという積み重ねは確かにここにあるのだ。
でもそれでもローガンには届かない。この世界がもしファンタジーでアクションな世界なら気に病んでたかもしれない。でもここは乙女ゲームの世界、ゲームとは違う現実なれどスイーツでホイップな世界であることには変わりない。でなければ俺がこんなにも自由に生きれるものか。
その後もしばらく稽古を続けたが結局今日も一本どころかローガンを慌てさせることすらできなかった。ちょっとこの壁高くない?楽しんでなかったら心折れるよこれ。
荒い息を吐きながら剣をしまうと同時にぱちぱちぱち、と拍手が聞こえた。聞こえてくる方を向けばそこには見慣れた家族の姿があった。
「流石ね、ふたりとも」
拍手を止め穏やかに笑いながらゆっくりと歩いてきたのはフィミナ・クロス。俺の兄であるレナード・クロスの妻だ。
今日は兄もいないし朝方少し体調が優れないということでベッドで安静にしているという話だったのだがどうしたのだろうか。
「義姉さん、身体は大丈夫なんですか?」
「ええ、いくら病気がちだとはいえたまには外に出ませんと良くなるものも良くなりませんもの」
そう言って笑う義姉さんは愛らしくとても歳上とは思えない。普段は美人系なのに笑いと愛らしいとかなんだそのスペック。きっと学生時代この人に想いを寄せる人はたくさんいたんだろう。それを勝ち抜きこの人の心を射止めた兄の苦労が偲ばれる。
だってこの人性格面でもとても良い人なのだ。ちょっと、いやかなり天然入っているが頭脳明晰、それでいておしとやかで人を立てるタイプ。これはもう実は前作の主人公だったりしませんか?と言われてもしかたがない。まあ前作なんてないのだが。
まあ『原作』においてジュードとその兄レナードの不仲の原因となった人なんだけどね。あ、ちなみに義姉さんが悪女だったってことはない。原作のジュード・クロスが勝手に惚れて結果的に死なせてしまったのだ。……全くもって馬鹿馬鹿しい。
ちなみに俺は義姉さんに惚れたりなんてことはないから大丈夫。寝取りとか生理的に無理だしなにより俺は義姉さんと兄が一緒にいるのが好きなのだ。
そんなことを考えていると義姉さんが俺の名を呼んだ。
「そういえばジュード、貴方に可愛らしいお客さんが来ていますわよ」
「客……? あっ!もしかして、やっば、もうそんな時間!?」
思い当たる節がある、というかほぼ確実にアリアだ。先日のマナー講座の際に聞いたお願いの件で来たに違いない。
なんでこの世界時計無いんだよ、と生まれ落ちてから何百回も呟いた言葉を吐き捨てながら剣をローガンに渡し屋敷に走る。
このままアリアの元に行こうかと思ったがよく考えたら女性に会う手前このまま行くわけもいかない。せめて汗を拭いたり汗を吸った服を着替えたりついでに水を被ったりぐらいはしたい。
着替え終わってから来客用の部屋に来れたのは十五分ぐらい経った頃だった。正確な時間は知らない。知るよしもない。
なお、俺の用意が終わるまで義姉さんがアリアの相手をしてくれているらしい。義姉さんは庶民だからといって見下したりしない人だから存分にアリアをもてなしてくれるだろうけど……対応される方の胃は大丈夫だろうか。
いやそれ以前にむしろお喋りが大好きな義姉さんのことだ。途中でお喋りに夢中になっているだろう、確実に。
そんなことを考えつつ扉を開けるとそこには楽しそうに喋りながらお茶を飲む義姉さんとその前でぐるぐると目を回しつつもなんとか受け答えしているアリアの姿、そしてアリアの目の前のテーブルには可愛らしいバスケットが置いてある。というかやっぱり駄目だった!アリアの胃が危ない!
「アリア、待たせた!」
「ジュード様!」
義姉さんとは反対側のソファに座るアリアはなんとか笑みを浮かべながらもカップは取り繕えないほどカタカタと震え、体は見るからに緊張でガチガチになっていた。
本人は意識してないだろうけど俺に気づいた時の表情は「助かった!」って感じだった。うん、そらまあ緊張するよね。義姉さん貴族の令嬢の良いところを煮詰めて固めたような人でかなり優雅だし、そんな人とお茶とか慣れないうちは心臓がいくつあっても足りないだろうな。
「あら、もう来られたの? もうちょっとアリアちゃんとお話ししたかったのだけど」
義姉さんは残念そうだ。でも明らかにアリアは限界っぽい。
「すいません、義姉さん。 また機会はあるでしょうからここは……」
「わかっていますわ。 ちょっといじわるを言っただけですわ」
そう言って部屋を出ていく義姉さんの顔は少し残念そうだった。アリアが良いなら後で話し相手になってもらえないかな。聞いてみるか。
その後、来客用の部屋を占拠するわけにも行かないので俺の部屋の近くにあるお茶用の部屋に移動した。
この部屋はお茶を楽しむ時に使う部屋だ。用途はそれだけである。いやマジで。何年か前に「(貴族らしく)お茶を楽しみたいけど自分の部屋で飲み食いすんのはなぁ」とローガンにぼやいた数日後になんか父上が用意してくれた。何を言ってるのかわからないと思うが俺もわからない。ちょっと呟いた我が儘がすぐさま実現するとか貴族ってすげえ。つか父上甘すぎやろ。
この部屋の誕生秘話はともかくここならローガン以外の目はない。あとはお菓子を持ってくるメイドぐらいか。
だから多少だらしなく食べたって少しぐらい零したってここを使うのは俺だけなんだから問題ない。
でも俺が自分で掃除しようとするとローガンに怒られる、というかメイド長にも怒られた。ほかのメイドたちなら楽しそうに箒を渡してくれて一緒にやってくれるのに。まあそのあと一緒に怒られるんですけどね。
部屋の豪華さに圧倒されているアリアを椅子に座らせ、ついでにローガンの紹介をすませた。
テーブルの上にお茶とお菓子が並べられたらメイドたちを下がらせた。その際お菓子を運んできた若いメイドの一人がが好奇心に溢れた目を一瞬だけ向けてきた。皆娯楽に飢えているらしい。
そしてお茶を一口。そこまでしてようやくアリアの肩の力が抜けた。
「き、緊張しましたぁ」
「おつかれ。 でも義姉さんの相手してくれて助かったよ」
「いえいえいえそんな! とっても良くしてもらいましたしむしろ私が相手してもらってる側です! いろいろと粗相をしてしまったんですけど全部笑って許してくれました!」
「なら次は落ち着いてのんびりお喋りできるようになろっか。 義姉さんは体が弱くてね、なかなか外出もできないしお茶会にも行けないから話し相手が欲しいんだよ」
「は、はい! 私なんかでよければ喜んで!」
コクコクと頷く彼女は緊張を残しつつも嬉しそうだ。義姉さんがアリアを気に入ったと同じようにアリアも義姉さんのことを好きになってくれたらしい。
これで義姉さんも元気になってくれればいいんだけど。
「ほかに困ったこととかある? ある程度なら俺がなんとかできるけど」
「ソファがふわふわのふかふかで落ち着かなかったんです」
「いやそれは俺に言われても……」
というかカチカチのソファとか俺嫌なんだけど。というかそれもうソファじゃない。
「いえむしろもふもふかも」とか「いやむしろではなかろうか」とかそんな感じのお喋りをお茶とお菓子を食べ終わるまで続けた。お昼にはまだ早い時間なので多少小腹を満たすくらい問題ない。
「そんな、自分でやりますから」
「いえ、あなたが坊っちゃんの客である以上私たちにとってもて成す相手ですので」
「わたしなんかよりジュード様のお世話を」
「ですから―――」
なんかお代わりを注ごうとしたローガンとアリアの間でお世話するされないの言い争い(?)が起こっているがその辺はスルーする。そんなことよりも俺はずっと気になっていたことをアリアに尋ねた。
「ところで今日はお喋りに来たってことでいいの?」
先日アリアがお願いしたのは「ジュード様のお家に行ってみたいです」というものだった。別に頼まなくてもそれくらい何時でも、と思わなくもないがまだ『お願いして来させてもらった』という形の方が気が楽なのだろう。
しかしただお喋りに来たにしては違和感がある。具体的にいうとそのバスケットが気になる。その中身なにさ。
指摘するとアリアもそのバスケットのことをすっかり忘れてたらしくあっ、と声をあげた。
「そうでした! 今日はお誘いに来たんでした」
「お誘い?」
そう問えばアリアは、はい!と元気良く頷いた。
「良かったら私とピクニックに行きましょう!」
そしてバスケットを持ち上げるとにっこりと笑うのだった。
この後の展開直したり変えたりしたから最初に書いたのと全然違うものになりました。そのせいでテンポ悪いかもなぁ。