↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
1/17

第0話 プロローグ:鉄の手輪舞曲(ロンド)

午前五時三十分。湾岸第4工区の朝は、排気ガスの匂いと、朝モヤを切り裂く油圧ポンプの駆動音から始まる。


かつて「自動車」と呼ばれた四輪の移動体は、この半世紀で奇妙で合理的な進化を遂げた。

車体側面から伸びる無骨な金属腕——『アームド・ビークル』。

二足歩行ロボットというロマンが、コストと実用性の荒波に揉まれて霧散した時代。人類が行き着いた最適解は、「走りながら作業をこなす車」だった。


高架下の市道では、黄色い回転灯を回すB級の清掃用ビークルが、時速三十キロで徐行しながら道路脇のゴミ箱を器用にアームで持ち上げ、荷台へと放り投げている。

隣の車線では、朝の配達を急ぐ小型のC級バンが、荷台のアームを折りたたんだ状態で静かにシグナルグランプリを待っていた。


路地裏の古びたダイナー『ラスト・ピット』。

カウンターの端で、老店主が淹れたてのコーヒーをカップに注ぎながら、天井から吊り下げられた小さなCRTテレビを見上げていた。画面には朝のニュース番組が映っている。


『——続いてのニュースです。昨夜未明、第7工区の臨海バイパスにて、無許可で高出力油圧アームを換装した違法改造車両……いわゆる“B級闇ビークル”が暴走。トラック数台をなぎ倒して逃走しました』


画面には、車体から不自然に巨大な掘削用クローを突き出した黒塗りのダンプカーが、警察のパトカーを突っ撥ねて暗闇へ消えていく荒い防犯カメラの映像が映し出されていた。


「まったく、世の中物騒になったもんだ」

テーブル席で作業着を着た若いトラック乗りの男が、トーストをかじりながら不満げに呟く。

「最近の闇チューナーどもは節操がねえ。建設用の掘削アームを乗用車に無理やり溶接してさ。あんな重いもん振り回したら、フレームが歪んで曲がれなくなるってのに」


「だけどよ、男ってのはどうして“腕”が増えると興奮しちまうんだろうな」

向かいに座る同僚が、自慢げに自分のトラックの鍵を見せる。

「俺の愛車のC級アームだって、先週油圧シリンダーを軽量アルミに積み替えたんだ。荷揚げのスピードが1.5倍だぜ? 今週末の『ビークルデュエル』草レース、エントリーしてみようかと思ってんだ」


「やめとけって。デュエルに命売ってるプロのクラフトマン連中に揉み潰されるのがオチだ。あいつらのアーム操作は、自分の手足を動かすより滑らかだからな……」


ダイナーの外を、サイレンを鳴らした数台の警視庁治安維持課のパトカーが駆け抜けていく。それらはすべて、フロントフェンダーから最新型のチタン製抑留用アームを生やした、警察仕様のA級ビークルだった。


この街では、力(アーム)の乱用が日常であり、事件であり、娯楽でもあった。

法を守る警察のアーム。

暮らしを支える街の作業アーム。

熱狂を生み出すモータースポーツのアーム。

闇で不穏なうごめきを見せる違法アーム。


アスファルトの上に刻まれた無数のタイヤ痕と、油圧オイルの滴り。

それは、この不夜城を生きる人々が織りなす、鉄と油の血痕のようなものだ。


——この街の事件は、いつも車の上で起きる。


(第0話・プロローグ:鉄の手輪舞曲(ロンド) 終わり )

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。