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20 百年目の春

 その日は、雲ひとつない、どこまでも吸い込まれそうな青空だった。

 セシリアはあの純白のドレスを身にまとい、部屋の鏡の前で、静かに迎えの時を待っていた。

 扉が控えめに叩かれ、入ってきたのは、母代わりの叔母レオノーラだった。

 レオノーラは鏡に映る美しい花嫁姿のセシリアを一瞥するなり、感極まったように微笑んだ。


「本当におめでとう、セシリア。こうして無事に最高の結婚式を迎えられて、本当に本当によかったわ」


 セシリアは少し頬を染め、丁寧に結い上げられた髪が崩れないよう、小さく、上品に頷いて見せた。ふと胸に去来するものがあり、彼女は鏡越しの叔母に問いかける。


「……叔母様。叔母様は、ミクラノア家の呪いの噂をご存じでしたの?」


「呪いの噂? ええ、もちろん小耳には挟んでいたけれど。でも所詮は古い噂話でしょう? 現に、こうして何事もなく今日を迎えられたのだから、呪いなんてただの迷信だったのよ」


 喉の奥まで出かかった「真実」をそっと胸の底へ飲み込み、セシリアはただ、穏やかな微笑みを返すに留めた。


「お父様は……いらして?」


 レオノーラはセシリアの背後から、その白い肩に手を添えて、鏡の中に並んで映り込んだ。


「ええ、もちろん来ているわよ。今はエデュアルド様に、城内をあちこち案内してもらっているところだわ」


「今、ですか? もうすぐ式が始まりますのに」


「お兄様、すっかり圧倒されていたわよ。エデュアルド様って、あんなに嬉しそうにお喋りになる方だったのねぇ」


 叔母の呆れたような言葉に、セシリアの頬がわずかに緩んだ。


 あの夜、呪いが解けてからのエデュアルドは、これまでの空白を一気に取り戻すかのような勢いで、本当に実によく喋るようになったのだ。


「ねえセシリア、エデュアルド様が『寡黙な令嬢』を花嫁に望まれたのって、もしかしてご自分の話を一言も聞き漏らさずに聞いてほしかったからかしら?」


 からかうような叔母の言葉に、セシリアは愛おしさを込めて、静かに首を振った。


「いいえ。あの時は……本当に、お互いに沈黙が必要だったのです。けれど、これからはもう――」


 その時、扉が叩かれ、あの侍女が弾んだ顔で迎えにやってきた。


「セシリア様、お時間でございます。皆さま、お待ちですよ」


 侍女が長いドレスの美しい裾を恭しく持ち上げると、セシリアはレオノーラの手をそっと借りて立ち上がった。

 窓の下を見下ろせば、かつて冬枯れしていた花壇には、色とりどりの春の花々が、今を盛りと咲き誇っている。


 セシリアはレオノーラに手を引かれ、皆の待つ大広間へと、一歩一歩、確かな足取りで進んでいく。

 重厚な扉が左右に開け放たれた瞬間、視界のすべてが目映い春の光に塗りつぶされた。


 まばゆい光の先に、胸を張って自分を待っている、愛おしいエデュアルドの姿が見える。

 セシリアはゆっくりと彼の元へ進み出た。

 レオノーラがそっと離した彼女の小さな手は、エデュアルドの大きく温かい手へと差し出され、二人は互いの存在を確かめ合うように、強く、固く、その手を握り締めた。


 それから、瞬く間に数年の歳月が流れた。

 かつて静寂の底に沈んでいた城の中には、今では二人の周りを元気に駆け回る、小さな子どもたちの声が響いている。あちこちから笑い声や足音が絶えず聞こえ、ミクラノアの城内は、すっかり賑やかで温かな場所に生まれ変わっていた。


 けれどセシリアは時折、賑やかな広間でふと足を止め、あの凍えるような冬の日にエデュアルドと静かに見つめ合っていた、あの愛おしい「沈黙の時間」を、どこか優しく懐かしく思い出すのだった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

これからもよろしくお願いします。

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