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日常、ただいま火災準備中。

昼休みが終わり、教室に戻ると、担任が黒板の前で腕を組んでいた。

カツカツ……

担任が黒板に”全校防災訓練について”と書く。

「えー……次回の全校防災訓練についてだが」

ざわついていた教室が静まる。

「今年は初等部の各クラスからも“避難誘導リーダー”を出すことになった。

誰かやってみたいという人はいるかな?」

一瞬、空気が止まった。クラスの子達の視線が一斉にアルトを向く。

アルトは手を挙げて言った。

「……私がやりたいです。」

「そうか。お前なら落ち着いて動けるだろう。中等部や高等部の学生とも交流があるから、できる限り手助けしよう。」

後ろの席でユナが「すごいよ、アルト」と目を輝かせる。

アルトは胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じながら、静かに返事をした。



昼休みの鐘が鳴り終わり、校庭のざわめきが少し落ち着いた頃。

アルトは、いつものように裏庭へ向かって歩いていた。

風が弱く、木々の葉がほとんど揺れない。

その静けさの中で──ふと、違和感があった。

校舎の影のあたりに、見慣れない制服が二つ。

高等部の紺色の上着。

その二人は、周囲を気にするように視線を泳がせていた。

(……探し物?)

足を止めたアルトは、しばらく様子を見た。

二人は何度も同じ場所を行き来し、ひそひそと話している。

初等部の生徒が近づくと、なぜか視線をそらす。

怪しい、というより──目的がある動き。

アルトは小さく息を吸い、歩み寄った。

「……あの、何か探しているんですか」

声をかけると、高等部の二人は驚いたように振り向いた。

年上のはずなのに、どこか気まずそうに目をそらす。

「え、……いや、その……」

「今、人を探しててね……」

言いにくそうにしていたが、やがて一人が口を開いた。

「“安全な範囲で火災の再現をしたい”って言ってた方をご存知ないか?」

アルトは瞬きをした。

(あ、それ……)

「……それ、私です」

二人の目が一気に丸くなる。

「えっ、あなたが?」

「いや、その……初等部の女の子だとは思わなくて」

アルトはこくりと頷いた。

高等部の二人は顔を見合わせ、困惑と興味が入り混じったような表情を浮かべる。

「いや、てっきり貴族の誰かだと思って……」

「初等部のリオン経由で聞いたから、まさかこんなおとなしそうな女の子とは……」

その時だった。

「やっぱり、ここにいたんだね」

落ち着いた声が背後から届く。

振り返ると、リオルが歩いてきていた。

いつもの無表情に近い顔だが、どこか安心したような気配がある。

「二人とも、アルトを探してただろう?

話は僕が通しておいたんだよ。この子はアルト・オフィーリウス。

アルト、こちらの2人は高等部のマーティン・クロイツとハリス・ウェイメスだ。」

高等部の二人はホッとしたように肩を下ろした。

アルトは、胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。


リオルが紹介を終えると、マーティンとハリスは改めてアルトの方へ向き直った。

その視線には、先ほどまでの戸惑いよりも、「この子は何を求めているんだ?」という興味が強くなっていた。

「それで……火災の再現って、どの程度を想定してる?」

マーティンが問いかける。

アルトは迷わず答えた。

「できる限り、本物に近いものをお願いします」

二人の眉がわずかに動く。

「本物に……?」

「訓練ですよね?」

アルトはこくりと頷いた。

「はい。でも、ただの形だけの訓練では意味がありません。

 “火事が起きた時にどう動くか”を体で覚えるには、

 できるだけリアルな状況が必要です」

その言い方は静かで丁寧なのに、どこか揺るぎない。

マーティンが腕を組む。

「具体的には、どんな再現を?」

アルトは少し考え、言葉を選んだ。

「煙は……廊下の奥が見えなくなるくらい。

 ただし、近くの人の姿はわかる程度で。

 “煙が迫ってくる”感覚がほしいんです」

ハリスが目を見開いた。

「それ、結構濃いぞ……?」

「はい。お願いします」

即答だった。

二人は思わず顔を見合わせる。

アルトは続けた。

「炎も幻影で構いません。

ただ、光の揺らぎや影の動きは本物に近づけてほしいです。

“燃えている場所がどこか”が直感でわかるように

想定としては、下から上に向かって火の手が上がり、煙が上の方に行くにつれて充満していいます。」

マーティンが息を吐いた。

「……初等部の子が言うレベルじゃないな」

「誰にそんな訓練を教わったんだ?」

ハリスが思わず聞く。

アルトは首を横に振った。

「誰にも。

ただ……“どうすれば本当に避難できるか”を考えただけです」

その言葉に、二人の表情が変わった。

驚きと、わずかな敬意。

リオルが静かに言う。

「だから言っただろう? この子は本気なんだ」

マーティンはゆっくり頷いた。

「……わかった。

煙の幻影は濃く、炎の幻影は本物に近づける。

できる限り“本物の火事”に寄せてみるよ」

ハリスも笑った。

「面白くなってきたな。

訓練でここまで求められたの、初めてだ」

アルトは胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。

自分の言葉が、ちゃんと届いた。

そして──

訓練は、ただの行事ではなく“本物の体験”へと変わり始めていた。

アルトたちは、パニックになった瞬間の先生たちの言動に驚愕することになる。

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