謎だらけ
次の日の朝からさっそく、ぼくは苺花ちゃんの部屋へ行った。
「逸さん。彼女さんからラインの返事来ました?」
「いいや、来てない」
スマホを確認しながら苺花ちゃんの質問に答える。来ているのは、店長からの『ゆっくり休めよー』という連絡と、こたからの『お前の写真持ってたから送っとくわ』という連絡だけ。
マリちゃんはぼくを無視しているのだろうか。それとも事故や事件に巻き込まれて連絡が返せない状況にいるのだろうか。
じわり、じわりとくつ下の中で汗をかく。足がむずがゆい。
「苺花ちゃんは恋人はいないの?」
ぼくは話を変え、苺花ちゃんに対して気になっていたことを率直に問いかけた。
「いないですよ。私モテないんで」
苺花ちゃんは苦笑いする。
「恋人でもいれば、だれかが私のこと心配してくれると思うんですけどねー。だれも心配してくれないんですよ」
アハハと感情のない、悲しそうな声が病室にひびく。ニコニコしていて優しいから、モテそうだけどなと思ったけど、どうやらそうではないらしい。
ぼくは『だれも心配してくれない』というワードに引っかかりを覚えた。
「お母さんは?」
「私、この町に住んでいないので」
「え? どこに住んでるの?」
「岡山県です」
脳内で日本地図を表示する。兵庫県のとなりにある県だ。
「え? ここ兵庫県だよ。どうしてここにいるの?」
「それがわからないから記憶喪失なんです」
何を言っているのだという風に言われ、ポカンと口が開く。
あ、そうだった。苺花ちゃんは事故周辺の記憶がない。つまり、いつ、どこで、だれとぶつかったか覚えていないんだ。人から教えてもらったことしかわからないんだ。
ぼくは苺花ちゃんの頭の中にある写真をひっくり返すために、質問をした。
「苺花ちゃんはいつここに来たの?」
「十月二日の夜七時頃らしいです」
ちょうどぼくが運ばれる五日前の日曜日だ。
「どこで事故にあったの?」
「兵庫県の駅前にあるマンションの真下らしいです」
「落ちてきた人は知ってる人?」
「知らないですね」
まるでぐちゃぐちゃにからまったイヤホンみたいに謎めいている。
ぼくは苺花ちゃんの記憶の真相が気になるのに、苺花ちゃん本人はどうでもよさそうなのんきな顔をしている。昨日話していたように、思い出さなくても何も変わらないからだろうか。
「どうしてここにいるかは予想できないの?」
「はい、まったく」
即答される。ぼくはうーんとうなりながら、苺花ちゃんが兵庫県にいる理由を考えた。
「兵庫県にいたのは、旅行に来たからかな?」
「ありえなくはないですけど、私一人で? それに、翌日に学校がある日曜日の夜にわざわざ来ますかね」
きっぱりと言い切られ、何も言い返せなかった。確かに、とうなずく。解決の糸口は見えてこない。
「わかんないなー」
「謎めいていますよね。だれかと一緒に兵庫県へ来ていたらよかったんですけど、私一人だったみたいで……」
「一緒に来た人が、人が落ちてきたことにビックリして逃げちゃったとか?」
「そんなことあります?」
「ありえないか・・・・・・」
一緒にいた人がいたとして、その人は何も悪いことをしていないのだから逃げる必要はないはずだ。
ふと頭の中でいやな想像が生まれた。
本当は事故なんかじゃなくて、もっと凶悪な事件に巻き込まれていたとしたら?
その記憶を改ざんするために、病院の先生たちが交さくしていたら?
まるでサスペンスドラマのような展開が頭をよぎる。考えれば考えるだけ頭が痛くなる。ぼくは眉間にしわを寄せながら、ずっと頭を押さえていた。
うーんと二人でうなりながら、必死に形の見えない写真のありかを探していた。しかし、人影が現れたことにより、写真探しは中断される。
「失礼します」
苺花ちゃんの部屋に入ってきたのは、昨日ぼくのカウンセリングをしてくれた古川先生だった。
「あれ、逸くん。どうしてここにいるのですか?」
「苺花ちゃんと友達になりました。二人で協力して記憶を取りもどそうって」
「そうですか。二人とも、くれぐれも無理はしないでくださいね」
古川先生はぼくを見て、そして苺花ちゃんを見てニッコリ笑った。やっぱり古川先生は整った顔立ちをしている。恋愛経験も豊富そうだから、明日のカウンセリングでマリちゃんの話を聞いてもらおう。
「これから苺花さんのカウンセリングを行うので、逸くんはいったん部屋に戻っていただけますか? そろそろ昼食の時間でしょう」
古川先生にそう言われ、壁についてある時計を見た。
時刻は十一時半なろうとしていた。朝の九時過ぎから苺花ちゃんの部屋へ来たから、約二時間ここにいたことになる。ずいぶん長い間、ここにいたらしい。
だれかとわからないことに立ち向かうというのは、謎解きをしているみたいで楽しく、時間を忘れてしまっていた。
「わかりました」
丁ねいな話し方を意識して返事し、立ち上がってろう下の方へと向かった。
「じゃあ苺花ちゃん。また来るね」
「はい。逸さん。また」
苺花ちゃんは、ニコリと笑ってぼくに頭を下げた。




