43.理解できる気がしない
国王の言葉に、その場にいた全員の顔色が変わる。
「ふう……儀式など魔力さえあればできると思っておったが、やはり卑しい血は駄目か。せっかく我が子として育ててやったのに期待外れだった」
しかし国王は構うことなく、わざとらしくため息をつくと、やれやれと肩をすくめた。
「な……」
思わずレイチェルは顔をしかめる。この男の、人を人とも思わない言動には吐き気がする。
さらに、儀式は血族魔法なので、王家の血筋が重要だと何度も言ったはずだ。
それなのに思い込みと身勝手な考えで、民の命を危険にさらしたのか。カーティスがいなければ国が滅んでいた可能性すらある。
こんな男に、国王の資格はない。
「卑しいと言うのなら、権力をかさに着たあなたのほうが、よっぽど卑しいわ!」
これまで黙っていた王妃が、国王に向かって叫んだ。
「もともと私と将来を誓っていたのは、彼よ! それをあなたが王太子という身分を使って、無理矢理引き裂いたのでしょう!? そして、彼が命を落とすように仕向けて! あなたが殺したのよ!」
王妃の言葉に、国王はふんっと鼻を鳴らす。
「何を言う。王太子妃、そして王妃という高みに上り詰めたのだぞ。これほどの幸福を与えてやった私に感謝こそすれ、恨むなど筋違いだ」
「な……」
国王の言いぐさに王妃は言葉を失う。彼女は怒りに震えながらも、涙目で国王を睨みつけた。
「私は不幸だったわ! 下級貴族の娘に過ぎない私が王太子妃になったことで、どれだけ苦労をしたと思っているの!? 恋人を殺され、王妃になってからだって、嫉妬と悪意にずっとさらされてきたわ! あなたのような男に、感謝などするはずがないでしょう!」
王妃の悲痛な叫びに、国王は不快そうに顔をしかめる。
「不貞だとて見逃してやったのに、恩知らずな女だ。グリフィンともども処刑してもよいのだぞ?」
国王はそう言うと、軽蔑しきった眼差しで王妃を見やる。王妃は唇を噛んだ。
「……だから、ずっとあなたに従ってきたのよ。グリフィンを守るために……でも……」
王妃はそこで言葉を切り、決意を込めた目でカーティスを見る。
「カーティス……いいえ、カーティス陛下! 正統な国王であるあなたにお願いいたします! どうか、グリフィンの命だけはお見逃しください!」
王妃は必死の表情で、カーティスに訴える。
「許されないことをしたとはわかっております。しかし、罪は私にあり、この子は何も知りませんでした。どうか処刑するのは私だけにしてください! どうか……どうかグリフィンに慈悲を……」
王妃はそう言って、カーティスに向かって跪いた。
「母上……」
グリフィンが呆然としたように、王妃を見つめる。
カーティスはしばらく黙っていたが、やがてため息をついた。
「……もとから、グリフィンを処刑するつもりなどない。ただ、廃嫡はする。一代限りの爵位と領地を与えるから、ケイティ嬢と共に領地で暮らすがいい」
カーティスの言葉に、王妃は目を見開き、感極まったように涙を浮かべた。
「カーティス陛下……感謝いたします……!」
王妃は涙を流しながら、カーティスに向かって深々と頭を下げる。
「叔父上……いえ、カーティス陛下。僕は……本当にいいのですか?」
グリフィンは戸惑ったようにカーティスに問いかける。
「儀式に関してはお前に罪がないとは言わないが、ある意味では被害者でもあるからな。それに、王家の不祥事を明らかにするわけにはいかない。だから、表向きは儀式失敗の責任を取り、廃嫡としたことにする」
カーティスの言葉に、グリフィンは沈黙する。しかし、その顔はどこか憑き物が落ちたように晴れやかだった。
「ありがとうございます……カーティス陛下……」
グリフィンはカーティスに向かって、深々と頭を下げた。
「お姉さま」
ケイティがレイチェルに声をかける。
「私……やっと目が覚めたような気がしました。この世界は作り物ではなく、現実なんだって……。そして、私はこの世界で生きている一人の人間なんだって。だから……」
ケイティはそこで言葉を切ると、レイチェルをじっと見つめる。
そして彼女は満面の笑みで言った。
「グリフィンさまは断種されて、十年後くらいに突然事故か病気で亡くなるんでしょうけれど、それまで精いっぱい愛します! お姉さまも応援してくださいね!」
「……は?」
ケイティの言葉に、レイチェルは固まった。
レイチェルだけではない。全員がぽかんとした顔で、ケイティを見ている。
「え……? いや、今の流れからどうしてそうなるの……?」
レイチェルは冷や汗を流しながら、ケイティに問いかける。
「え? だって、悪役令嬢から返り討ちにあった王子の末路って、大抵は断種された挙句、事故や病気で死ぬって相場が決まっているでしょう?」
「いや、たしかにそういう話も見たけれど……まさか本当に……」
思わずレイチェルがカーティスに視線を向けると、彼は無言で首を横に振っていた。
どうやらケイティのこの思考回路は、カーティスも想定外らしい。
「で、この場合だと国王夫妻も離宮に幽閉からの病死かな。まあ、すぐに死んじゃうと色々問題があるから、忘れられた頃に静かーに死ぬ感じになると思いますけど」
ケイティはそう言って、国王夫妻に視線を向ける。
「ま、待て! 何を言っているのだ!?」
国王の顔色は真っ青になった。王妃も動揺しているようだが、彼女よりも国王のほうが取り乱しているように見える。
「わ、私は、死ぬのは仕方がないとして、この男と一緒は嫌よ!」
王妃は叫びながら訴えかけるが、ケイティは不思議そうに首を傾げるだけだ。
「えー? なんでですかー? 自分たちの悪行を隠匿しようとしたんだから当然じゃないですかー。しかも、結界を崩壊に導いたんですよね? 自分で末路が選べるわけがないじゃないですかー」
「し、しかし……」
ケイティの予想外の反応に、国王は戸惑う。
「だ……断種……?」
そしてグリフィンは呆然とした表情で、自分の股間に視線を向ける。
「カ……カーティス陛下……」
縋るような眼差しをカーティスに向けるグリフィン。
「いや、その……なんだ……頑張れ……」
カーティスはそう言うと、視線をそらした。
「そんな……」
グリフィンの目に、じわりと涙が浮かぶ。そして彼はそのまま床に崩れ落ちた。
そんなグリフィンを、ケイティが優しく抱きしめる。
「大丈夫ですよ! 私がついていますから!」
ケイティの言葉に、グリフィンは泣きながら頷いた。だが、何を言って良いかわからないようで、ただ嗚咽を上げるだけだった。
どん底に突き落とされ、引き上げられてまた叩き落されてと、忙しい。
さすがにレイチェルも、グリフィンが哀れになってしまう。
「あの、ケイティ……。あなた、ここが現実世界だって本当にわかっているのかしら?」
レイチェルはおそるおそるケイティに問いかける。
するとケイティは、きょとんとした表情で答えた。
「え? わかっていますよ?」
「わかってはいるんだ……」
レイチェルが困惑していると、ケイティはにっこりと微笑んだ。
「私は馬鹿だから、難しいことは考えないって決めたんです! だって、これからは田舎の領地でスローライフを満喫するんですから! ぜひお姉さまも遊びに来てくださいね!」
「え、ええ……まあ……」
ケイティの勢いに押され、レイチェルは頷くことしかできなかった。
やはり彼女のことを理解できる気がしない、とレイチェルは宙を仰いだ。
明日4/5の午前7時くらいに最終話を投稿予定です。






