44.新たな物語(完)
その後、儀式が失敗した責任を取って国王は退位し、カーティスが新たな王になった。
さすがにウサーマス公爵も異を唱えることなどできず、カーティスによる治世が始まったのだ。
正統な王家の血を引き、崩壊した結界を立て直したカーティスは、国民から絶大な支持を得る。
共に儀式に臨んだレイチェルも未来の王妃として、多くの人々から祝福を受けた。
グリフィンは廃嫡となり、ケイティと共に王都を離れていった。
彼らは今後、領地で静かに暮らすのだろう。
そして、元国王と元王妃は離宮で隠居生活となった。
彼らの本当の罪は暴かれることなく、ただ儀式の失敗を招いたとして、後世に伝えられることになったのだ。
儀式はカーティスによって、すぐに立て直されたために、被害はほとんどなかった。
そのため、表立っては大きな罰を与えないことになり、元王妃は離宮からの外出が許された。
彼女はオウムト領に足を運び、かつて結界が綻びた際に犠牲となった騎士に花を手向け、祈りを捧げたという。
結界を疎かにしたことを反省したのだろうと、人々は元王妃の行動を称賛した。
それから彼女は、慈善活動に力を入れるようになる。
各地の孤児院を訪れたり、災害に見舞われた地域を視察して復興の手伝いをしたり、あちこち飛び回って離宮にいることはほとんどなかった。
とある商会も、彼女の活動に賛同して支援を行っているらしい。
一方、元国王は離宮に引きこもり続け、ほとんど人前に姿を現すことはなかった。
彼は、毎日ぼんやりと空を眺めているだけだったという。
「レイチェル、準備はできたか?」
そわそわとしたカーティスが、部屋の外からレイチェルに声をかける。
「ええ、大丈夫です」
レイチェルが答えると、カーティスは部屋の中に入ってきた。
「ああ、よく似合っているな。まるで天上から舞い降りてきた女神のようだ……」
カーティスはうっとりとした表情でレイチェルを見つめる。
今日のレイチェルは純白に金糸の刺繍が施されたウエディングドレスに身を包んでいた。
プラチナブロンドの髪を結い上げ、胸元には紫水晶のネックレスを付けている。
いつもよりも華やかな化粧を施しており、うっすらと施された紅が白い肌によく映えていた。
「ありがとうございます……。カーティスさまも素敵ですわ」
レイチェルはにっこりと微笑んで、カーティスを見つめる。
彼もまた同じく白を基調とした礼服を身に纏っていた。胸元には青紫色の宝石が輝いている。
今日は、カーティスとレイチェルが結婚式を挙げる日だった。
式は王城で執り行われ、国内外から大勢の来賓が招かれている。
「ありがとう、レイチェル。こんなに綺麗なきみの姿を、誰よりも先に目に焼き付けておこうと思って……」
カーティスはそう言うと、レイチェルの手を取って口づけをした。
「カーティスさま……」
レイチェルは頬を赤く染める。鼓動が少しずつ早くなっていくのを感じた。
「愛してる……レイチェル」
カーティスは優しく微笑みながら、レイチェルを抱き寄せる。
「ダメですわ……口紅がついてしまいます」
レイチェルはそう言って、カーティスの胸に手を当てて押し返そうとした。しかし彼はそれを拒むように腕に力を込める。
「構わない」
カーティスはそう言うと、レイチェルの唇を奪った。
最初は触れるだけだった口づけは、次第に熱を帯びたものへと変わっていく。
「……これ以上は本当にダメ……っ」
レイチェルはカーティスの胸を押して、顔を背けた。
「どうして? もう我慢できないんだ……」
カーティスが懇願するようにレイチェルの耳元で囁く。
「……まだ挙式前ですよ。続きは式が終わってから……」
レイチェルは潤んだ瞳でカーティスを見つめる。
すると、カーティスは苦笑を浮かべた。
「きみの言うとおりだ……続きは式が終わってから……」
カーティスはレイチェルの髪を優しく撫でると、額に軽く口づけをする。そして名残惜しそうにレイチェルから離れていった。
「やっと、きみと結ばれることができる。私は幸せ者だ……」
カーティスは心の底から幸せそうに微笑む。
「私もです……」
レイチェルもカーティスに向かって微笑み返す。
「ずっと……ずっと、幼い頃からの夢だったんだ。きみを妻に迎えることが……」
カーティスは遠い記憶を思い出すように目を細めた。
残念ながら、レイチェルは幼い頃の彼との記憶を思い出すことはできなかった。
しかし、カーティスがずっとレイチェルのことを大切に想っていたことは知っている。
前世の記憶が蘇ってカーティスと会った際、彼の想いは世界に植え付けられたものだろうと思っていた。
だが、違った。
彼は純粋にレイチェルを想い続けてくれていたのだ。
それがわかった時、レイチェルは深く感動し、同時に自分の愚かさを思い知った。
周囲を設定や記号のように思い、創造主気取りだったのはケイティだけではなく、自分も同じだったのではないか、と。
カーティスは時を戻してまで、レイチェルを救い出してくれた。
だが、彼の愛情に見合うだけのものを自分は返せているだろうか。
カーティスの愛に見合う存在でありたい。
彼の隣で支え続けることができる人間になりたい。
そんな想いを込めて、レイチェルはカーティスに微笑み返す。
「私も、あなたの妻になれるこの日が来るのを……ずっと待っていましたわ」
レイチェルはカーティスの手に指を絡める。
「愛しています、カーティスさま」
レイチェルの言葉に、カーティスは蕩けるような笑みを浮かべた。
「ああ、私もだ。レイチェル……きみだけを永遠に……」
カーティスはレイチェルを引き寄せると、再び口づけをした。
「もう……仕方のない人」
レイチェルは困ったように笑いながらも、カーティスの口づけを受け止める。
二人はしばらくの間、そのままお互いの存在を確かめ合うように口づけを交わし続けた。
やがて二人はゆっくりと唇を離す。
「……そろそろ時間だ」
カーティスは名残惜しそうにレイチェルから身を離すと、手を差し出した。
「では行こうか、我が愛しの妃よ」
「はい、カーティスさま」
その手を取ると、レイチェルは微笑みを浮かべて、彼の隣に寄り添った。
そして二人は、共に歩き出す。
未来を変えようと抗った過去から、未来を切り開く現在へ。
二人の新たな物語が、ここから始まるのだ。
これにて完結です。
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