恐怖の渦
それからは何事もない日々が続いた。ヒロインはイベントをちゃんと起こしているらしく、螢達との噂をよく聞くようになった。私は時々会いに来てくれた琥太ちゃんと話したり、家に突如現れる頼久と食事をしたくらい。誰のルートに入っているのかはまったく分からないが、その時になれば自ずと私の出番がくるだろう。
そしてとうとうテスト当日。私はこれまでの全てを出し切った。まさしく会心の出来。
結果は廊下に貼り出されるらしいので、螢と当日見に行く約束をした。
「以前は下から数えた方が早かったですが、今回はどうでしょうか」
「自信しかないから、上から数えた方が早いと思うよ」
「楽しみにしています」
二人で職員室隣の掲示板の前に立つ。学年ごとに張り出されている張り紙の小さな文字を必死で見上げた。
「……まさか」
「ふふっ」
思わず笑いが漏れてしまう。やっぱり私の予想通り。
私、喬都目伊玖の名前は一番上に書かれていた。私の隣にいる螢の名前も、同じように三年の一番上に書かれている。
「何をなさったのですか……?」
「ただ真面目に勉強しただけ」
困惑しきりの螢に少し胸を張って応えた。
そこで誰かが私達の後ろに立っていたのに遅れて気づく。場所を譲ろうと思い振り返ると、立っていたのはヒロイン。何故か凄く睨まれている。もしかしてもう私のイベントが始まったのだろうか。
「あの……」
「なんで」
「え?」
「なんでまたあたしじゃないの」
「なっ」
言われた言葉に絶句する。恨みの篭もった言葉。私が最後に聞いた声とそっくりだった。
恐怖から血の気が下がる。視界がチカチカしてきて、足が震え出す。
「……お嬢様?」
「あ……あ……」
「お嬢様?お嬢様!?」
「──またお姉ちゃんのせいで」
「いやああああああああああっっっっっ!!!!」
「伊玖っ!!」
螢の声を最後に私の意識は途切れた。
そして深い深い眠りへと落ちていく。
私は厳しい家に生まれた。
母親は弁護士。父は裁判官だった。全てが完璧であることだけを求められた。
放課後はひたすら塾に通い、土日はピアノや水泳、華道なども習わせられていた。休みなどなく、友達と遊んだことは一度もない。
そんな私とは違い、一つ下の妹は自由だった。両親からも何も言われず、友達と外を走り回る。最初は羨ましかったけれど、いつしかそんなことも思わなくなっていた。
私が両親の期待に応えられなくなったのは高校一年の時。受験戦争に勝ち入学した高校はかなりのハイレベルで、通常の授業についていくだけで精一杯だった。課題の量も多く、より一層時間が忙殺される。もう全てが限界だった。一年最後のテスト前日。精神的負担と睡眠不足により、私は倒れた。それまでのテストでは全て満点を取り続け、学年の一位でい続けていたのに。その地位から暴落した私を見て、親は何も言わずに離れていった。
何も言われない。学校へ行かなくなっても誰も気にしない。部屋から出てこなくなっても誰も扉を叩かない。私は気づいたら引きこもりになっていた。
そんな時に見つけたのが「恋と略奪」。暇つぶしにしていたネットサーフィンで見つけたそのゲームは、ヒロインがライバルから攻略キャラクター達を奪うものだった。私は常に奪われる側だった気がする。だったらゲームでくらい、誰かの地位を奪ってもいいのではないかと思った。
ライバルは我儘でプライドが高く、ヒロインに奪われるまで攻略キャラクター達が相手にしていたことを疑問に思うようなキャラクターだった。ヒロインに全てを奪われ、泣き崩れるライバルに同情する。
きっと今頃両親の関心は全て妹に向いているだろう。妹は器用な子だ。私とは違って大丈夫なはず。
そう思ってしまったことが間違いだったのだろう。
私は部屋に乗り込んできた妹によって殺された。部屋に入る前、両親の声も聞こえた気がする。もしかしたら妹は、両親さえもその手にかけたのかもしれない。
妹の怨嗟の声が耳から離れない。私を睨みつける瞳が頭から離れない。
私は何がいけなかったのだろう。