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『母さん、俺のご飯はまだか?』

『はいはい。今置きますよ』


父がご飯を急かし、それに対応する母。

二人は他愛もない今日起きた出来事を互いに話していた。


二人だけの空間。

その話に混ざることは当然出来ず。


ふと自分の体を見れば、現実とは違った一回りも小さな手が視界に飛び込んできた。


その情景にユースティスは戻ってきたのかと思った。

目の前に現れた光景が明らかにそれを物語っていた。


彼はふっと息を吐いて見立てのない天井を仰いだ。

そうだ。


この温かな食卓を自分は知っている。

この食卓は自分が経験しているからこそ具現化した奇跡の御業だ。


でなければ、他人の夢など見るはずもない。

そう思うと、胸の奥に引っ掛かりが出来た。


鋭く尖った針を刺されたかのような痛烈な刺激がユースティスの胸一杯に広がってくる。


胸に広がってくるこの気持ちに浸ってはいけない。

決して浸ってはいけないと、自分に言い聞かせる。


もうこの夢を見るのは懲り懲りだ。

かつて楽しかった景色はどこにもない。


あるのは常に生きるか死ぬかの現実だ。

辛い現実のはずだ。


こんな幸せはもう二度と訪れることはーーーない。

そう思ってユースティスは、その場から離れようとする。


この世界から離れて、自分が本来いるべき場所へと帰還しようとする。


するのだがーーー。


『あら?ユースティスどこ行くの?』


と、聞き覚えるのある女性の声に思わず踏み止まってしまった。


ぴたりと足を止めたユースティスに彼の母である女性が言った。


『こっちに来なさい。あったかいご飯用意してるから』


追い討ちをかけるかのように甘い言葉で誘惑をしてくる母。


そんな彼女にユースティスは幼子ながら歯噛みをして応えた。

違う。


ここは違う。

自分がいてはいけない世界だ。


自分が存在してはいけない世界だ。

だってこの景色はもう二度と戻ってくることはない景色なのだから。


これは夢だ。

疲れた体が見せる残酷な夢。


自分で分かっているのならばとっとと抜け出さなければならない。

ユースティスは唇を噛んで言った。


「すまない母さん。俺はここにいることは出来ない。何故なら、行かなくちゃいけないところが出来たからだ」

『こんな時間から?一体どこに?』


母の問い掛けにユースティスは下を俯いて答えた。


「あの人の託した者のところにだ」


振り返った彼は力強く答えた。

その瞳は拍子に揺れる。


幼い彼の不可思議な言動を聞いた母は、明らかに動揺していた。


『あの人って誰のことなの……?託した者って一体何……?』


困惑している。

無理もない。


この時代の母は知らない。

俺が誰の元で育つことが出来たのか。


だから言う。

ユースティスは彼女が知らないことを平然と言う。


「俺が……、世話になった人のところだ」

『……』


母は無言だった。

でも、それでいい。


母は知ることのない人物なのだから仕方ないことだ。

今も……


これからも……

何故なら、ユースティスの家族は……もういないのだ。


いないとはこの世から既にいなくなっているのだ。

家族はコードオーバーの時に失った。


全員を殺されてしまったからだ。

悪にまみれた世界を生き抜くことの出来なかった彼らは死んでしまった。


一人残された子となった彼に生きる道をくれたのは、今のアリアのお父様だ。


自分のことを拾ってくれた。

命を繋いでくれた。


我が子のように育ててくれた。

そんな彼に託されたアリアをここで置いていくわけにはいかない。


頑なな決心を胸に抱いたユースティスは頑固として母を見つめて立ち去ろうとする。


「すまない……。それでも俺は行かなければならない。成すべきことを果たすために……」


悲しげな瞳の母を背に、ユースティスは歩き出した。

それは止まることの出来ない一本道。


果てしなく続く一本道。

途方もなく続く長く険しい道だ。


それでもユースティスは歩み続ける。

彼女がーーーお嬢様が生きているうちは自分も生きて頑張らなければならない。


そう揺らがない心に決心して、迷わず歩き出したユースティス。

一歩前に踏み出した彼に、声を掛ける者はいない。


誰もが黙ってその様子を見守るだけだ。

当然だ。


ここから先の彼が行く末を知る者はここにはいないのだから。

声を上げる者はいないと―――


そう思っていたのに……。

その期待を裏切るかのように、それまで黙っていた父が不意に声をかけてきた。


『頑張れよ』


ボソッと聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声。

それでもユースティスには十分届いていた。


普段は無愛想な父だったが、何かある度に激励をかけてくれた父の言葉に幼子だった自分は何度救われたことだろうか。


心一杯に込み上げてきた悲哀感を押し殺して、


「勿論だ」


と、彼自身も無愛想に答えて応じた。

そして、再び歩き出した。


去り際に見えた妹の話を聞かずに食事している姿を見てユースティスは安堵する。


何も変わらない。

自分の話を聞かず食べることに必死になっている妹にとってあれが平常運転だ。


大丈夫。

いつも通りだ。


涙は出ない。

彼らが死んだ時に枯れるくらい泣いた。


振り返らない。

あの光景は二度と戻ってこないと知っていた。


立ち止まらない。

立ち止まっても何も変えられないから。


そうしてユースティスは、一筋の光を頼りにひたすら歩き続けるのであったーーー。



♦︎♢♦︎



次の日の朝ーーー

目を開ければ、燦々と照らす太陽の光が窓から溢れる木漏れ日を体いっぱいに受ける。


眩しさに目をやられ重たい体を起こしたユースティスは、顔に手を当てた。


夢を見ていたという認識がある。

懐かしい夢だが、どこか悲しさもあった。


ユースティスは頭を振って正気を取り戻す。

ベットから這い出ると、早速窓の外を見た。


喧騒もない閑散とした景色に無人襲来は訪れていないことを確認する。


ひとまずは安心する。

就寝時に襲われてはこちらは対処のしようがない。


そうならなかったのは不幸中の幸いと言える。

運が悪い時は就寝時に襲われてしまうというケースもなくはなかったからだ。


窓から視線を切れば視界の先にロンドの姿があった。

呑気に寝息を書きながら未だ寝ている。


その様子に目を当て彼は部屋から出て、食堂のある場所へと足を運んだ。


だいぶ早い朝からはさすがに人もおらず、辺りを見渡しても自分一人だけが食堂にいた。


静寂が食堂に訪れて閑古鳥も鳴く様子である。

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