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一日が経ったというのに、街の雰囲気は未だに色褪せていた。
そんな街を見据えてユースティスは思う。
幸せこそが自分達に必要な休養ではないかと。
体を休めることが本当の休養などではない。
むしろその先にある、何もしないことこそが本当の休憩であるとユースティスは自負する。
今日体を休めたところで、明日には無人との戦闘を迎えることになるかもしれない。
無人との戦闘は決して楽なものではない。
戦えば一日―――いや下手をすれば、それ以上の休息が必要になることだってある。
そう考えたら、ほんの些細な休憩など、全くと言っていいほど意味を成さない。
ユースティスにとっての休憩は、無人との戦闘を行なわないで平和な一日を終えることだ。
無人との戦闘をただ行なわないというだけでなく、平和に過ごすことこそ彼の目指す至極であった。
元々戦いを好まない彼にとって無人との戦闘は、激化を増す度に嫌気が差すほどだ。
平穏な一日を一刻も早く取り戻すために、早々にでも無人討伐に精を出したいところなのだが……
幸い無人の方から動くということはなく、今のところその様子も見られない。
察するにこの街に潜む何かが奴らを間一髪のところで足止めをしている状態なのだろう。
緊迫した状態。
張り詰めた緊張感。
だが、まだ襲ってこない恐怖感。
今はまだ行動に出る様子は無し。
しかし、いつ動き出すかも分からないのが現状である。
何故動かないのかは未だ不明。
無人が持つ防衛本能だけであの場から動こうとしていないのか。
それともまた別の理由があって動こうとしないのか。
いずれにしろ街の緊迫した状況が続いているのも確かだ。
早めの対処が必要である事に変わりは無い。
それにしてもーーー
(街の商人達が全くと言っていいほどにいきり立っていない……)
と、ユースティスは胸の内にある違和感を覚えていた。
その違和感の正体とは―――街の様子である。
自身の街の危機が知らされてから随分と時間が経っていた。
ユースティス達が来たことも恐らく知っているはずなのに、こちらが無人を倒していないことを言い攻めに来ないことに彼自身不思議がっていた。
内心理解不能である。
街の住人にはきちんと無人の警告を知らされているはずなのだが……
ユースティスは考える。
本来自身の身に危険が及んでいる場合、コード持ちが対処してくれるが、中には有能ではないコード持ちも少なくはない。
中々倒してくれないコード持ちの力不足さが際立てば、街の人達も怒りを覚えてくる。
その覚えた怒りの矛先は、無人を倒すことの出来るコード持ちに矛先が行く。
力を持たない者は、力を持つ者に縋るしかない身だからだ。
ユースティス自身も、怒りを彷彿させて責め立ててくる力を持たない者達を幾人も見てきたからこそ辿り着く持論だ。
そうして自身の目で見てきた風景だからこそ、この街が他と違うことが浮き彫りになったのだ。
無人が襲っていると分かれば焦るのは必須。
しかし、この街はどうだろうか?
無人が一向に倒されていないにも関わらず、アリア達を責め立てるといったことは一切せず。
むしろ清々しいほどに商売を行いながら、余裕の笑みを浮かべている有り様である。
自分達を攻め立てる必要性は大いにある。
自分達が悪いはずなのに、責め立てて来ない彼らの寛大さに恐れがいる。
責め立てない理由が全くといっていいほど感じられなかった彼の違和感はますます増していった。
それも踏まえて明日調べる必要がある。
そこまで考えてようやくユースティスにも睡魔が襲ってきた。
ユースティスも脳の限界が近いようだ。
抗えないほど強力な睡魔に襲われて瞼が重くなる。
体に力が入らなくなり、ボーッとしてそのまま机に突っ伏しそうになる。
そうなる前に彼は先にベットへと横になった。
全体重がベットにのしかかり己の体の疲れを表していた。
横になったユースティスは瞼を閉じて深く暗い深淵の彼方へと吸い込まれていく。
眠りに就くのに時間が掛からないのはどうやら自分もらしいなと、最後に思って心地よい感覚に体を預けて寝息を立てた。
♦︎♢♦︎
眠りについていたユースティスは夢を見た。
それは他愛も無い昔の記憶。
彷徨うことすら簡単くらいに思えるその景色でユースティスはそれが夢だと気が付いた。
彼の目の前には、温かなご飯が机の上を覆い被さるようにして敷き詰められていた。
温かさを思わせる白い湯気を顔全体が覆うくらい空中に漂わせた真っ白な白米。
食欲をそそる焼けた魚の香ばしい匂い。
思わず被り付きたくなるくらいに油を輝かせた肉の旨みが、まだ食べてもいないユースティスの口全体にその味を再現させ甘味が広がってきた。
その羨望の光景にユースティスは見覚えがあった。
まだ彼がお嬢様の屋敷に仕える前の、世界がコードオーバーによって混沌とした世の中での些細な幸せ。
それはーーーかつて幼子だった時の自分の食卓だ。
目の前には温かな服装に身を包み体を冷やさないために動き回っていた母と紳士な服装を見に纏い凛とした姿の父がいた。
せっせと動き回り食事の用意をする母と、断固としてその場から動こうとはせず用意される食事を目で追っている父。
ポニーテールに髪を結んだ母は毎日自宅で必死に家事を行い、全員の帰りをいつも早く早くと待ちわびていた。
茶色に染められた髪の色が印象的な母と、黒髪にぴっちり髪をセットした父。
父は付き人の仕事で常に家にいない人だったが、休みの日だけは家に帰るように言われていてこうして居座ることが多かった。
忘れもしない二人の顔にユースティスは少しだけ懐かしさを覚えた。
そして、ちらりと左に顔を向ければ彼の隣には同じく黒髪ショートの幼子がいた。
そこには自分より幾分か小さい体を使いながら懸命に食事をする妹の姿があった。
彼女のどこか危なっかしさを感じさせる佇まいをユースティスは鬼気迫る表情で見守っていた。




