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鋭く冷たい視線を向けた老人は、ややあって再度翻って帽子を直す。


手に掛けた帽子を直して、老人は低い声で唸るように告げた。


「何もしないことを進めるよ」


薄ら笑う笑顔がより一層警告音を響かせる。

しかしーーー


「それは無理な相談だ。あんたもこの街に住んでいるなら情報くらいは届いているはずだ。この街には無人が近付いている。一歩外に出れば忽ち無人の餌食になる。そういう状況だ」


老人の目を見て答えるユースティス。


彼の警告とも取れる発言に、老人は眉を動かして答えた。


「勿論知っている。街の危険を一番知る権利があるのは私達だ。仮に街に無人が現れたとて私達が無事ならば再建などいくらでも出来る。他の者などいてもいなくても困らんよ」


その言葉は明らかに街の中心に住んでいる人達を侮辱する発言だった。


ユースティスは訝しげな表情を浮かべて目先の人間を見つめた。


(豪遊にいそしんでいる奴らは皆、侮蔑の言葉を平気で漏らす……)


ユースティスは知っている。

かつて、自分の幼少期にも似たような体験をしたことがあったからだ。


金があれば人は平気で悪へと染まる。

そこに一抹いちまつの正義も存在しない。


あるのは人間の殻を被った悪魔だけ。

豪遊に時間を割く人間には、金を持たぬ者の人生など知ったことではない。


どう転がろうが、自分達に搾取されて終わるのだと彼らは知っているからこそ。


目の前にいるユースティスもまた同様の人種であろうと老人は思っていた。


しかし、こうして向き合えば分かる。

この紳士服に身を纏った青年は、幾たびの戦場を越えてきた死地を駆け巡る者だ。


古錆びた匂いが全く感じられない。

腐らずむしろ輝きを増す鉱石のような光色こうしょくを放っている。


思わずその凄みに蹴落とされてしまう。

老人は帽子で顔を隠して心を閉ざした。


何を言ったところで無理であると悟った。

この青年は真っ直ぐ進んでしまうだろう。


ならば、自分の取るべき行動は一つしかなかった。


「早めの退散を余儀なくされるか……(ボソッ)」

「何か言ったか?」

「いや、何でもない。こちらの話さ」


そう言って老人は背を向けて立ち去っていく。


「待て、まだ話は終わってない」

「いいや、もう終わったよ」


後ろ姿を見せた老人が一方的に立ち去っていくのをユースティスは黙って見ているしかなかった。


追いかけて問い詰めたところで何か答えてくれるような素振りを見せてくれはしないだろう。


仕方なく老人が去っていった方向とは真逆に進んで、情報を頼りに真っ直ぐ歩いていく。


先程の老人の発言が気になるところだが、辺りには他に聞く者がいない。


本当にこの街に点在しているのかと疑うほどに静けさ漂う街並みを徘徊しながらユースティスは散策を続ける。


大きく道の拓けた道路から通り抜けるおおらかな風がユースティスの服を暴れさせる。


バサバサという音が街に浸透していく。

歩けど歩けど、進む道に人の姿はなく閑散とした風景が物足りなさを味あわせる。


そうして無感情のまま歩き回っていると、目の前にそれらしき場所が出てきて足を止めた彼はふっと息を吐いた。


今までの緊張感を一気に解きほぐすかのように深い深呼吸に至って、再び歩き始めた。


老人が教えてくれた通りの証言内容が目の前に飛び込んでくる。


森林が見えてきたと思えば、怪しげな雰囲気漂うように。


何かを必死に隠すようにして点在している森林に、ユースティスは臆することなく突き進んでいく。


森林に入れば、涼しげな風が体を押し付けるかの如く吹き荒れ、鳥の鳴き声が鮮明に耳に聞こえてくる。


不気味さを醸しながらも、どこか神秘的な空間に包まれたその森林で散策を開始する。


目ぼしいものがないか手当たり次第木々を掻き分けて進んでいった。


だが、辺りをいくら探しても中々お目当てのものが見つからなかった。


「……」


段々とユースティスの顔はしかめっ面になっていく。

あの老人の証言が間違っていたのかと疑問が頭を過る。


確かに老人の発言は断定的な言葉ではなかったにしろ、有力な情報に間違いはなかった。


少しの期待を胸に抱いて森に入ってみたはいいがーーー


どうやら期待はずれかと内心気休めてもう少し奥に入ろうと思っていた。


その時ーーー


「……」


ユースティスはふと足元を見た。

すると、そこには自分以外の複数の足跡が点々と踏みしめられていた。


明らかに自分以外の誰かがここに来たという証明の印がそこにはあった。


老人の言っていたことは正しかったと再認識させられる。


その足跡に沿って歩き出す。

後ろを振り返ってみれば、前に続いていた足跡は先程ユースティスが歩いていた沿いにも存在していた。


この森林には光があまり入らず先程まで気が付かなかったらしい。


目を凝らしてみれば三、四人の足跡がしっかりと地面に刻まれていた。


しばらくその足跡に沿って歩いていると、光が差し込まなかった森林に光が差し込む拓けた光景が目の前に広がってきた。


その異様な場所はそこだけまるで木が削り取られたかのように綺麗に削ぎ落とされ、舗装された地面がきめ細やかに整っていた。


その開けた場所にユースティスが一歩足を踏み入れる。


よく見れば、円の形になって木々が削ぎ落とされているようだ。


地面の砂は綺麗に小さな粒となりて敷き詰められていた。


ユースティスは円の中心部にいく。

その開けた場所にはーーー何もない。


ぐるりと体を一周させて見渡してみるが、やはりそこには何もなかった。


先程まで存在していた足跡もこの中心部にはどこにも見当たらない。


痕跡がここで消えている。

その事実にユースティスは訝しげに表情を歪ませて思考する。


(……一体どういうことだ?)

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