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『地下へと通ずる建物……ですか……?』
女性はユースティスを一瞥する。
目線は泳ぎ切っていて、落ち着きがない。
その姿にユースティスは眉を動かす。
顎に手を置いて考える仕草を取っている彼女から、一切の視線を逸らさずにじっと見つめる。
やがて、彼女は目線を地面に向けると、細々とした声で言った。
『すみませんが……、私にはそのような建物は存じ上げません』
何も知らないと潔白を示すように両手を前に振る。
彼女はぺこりと腰を折り曲げて申し訳なさそうな顔で言った。
女性が頭を下げている姿を見て、ユースティスは少し残念そうに顔を歪める。
何か知っている素振りを見せたが―――残念ながら言動とは異なるようだ。
そのまま女性はお辞儀と同時に逃げるようにそそくさとその場を去っていこうとする。
「そうか、すまない時間を取らせた」
急いでいる相手に時間を取らせるのも申し訳ないと思ったユースティスは、去る者追わずといった風で彼女を見送った。
女性の落ち着きのない仕草がユースティスの第六感を刺激していたのだが……
しかし、ここで下手に前に出て獲物を失ってしまっては元も子もない。
確かな情報が無ければ、疑ったところで意味を持たない。
ユースティスは女性から視線を切ると、諦めて違う人物に話し掛けてみることにした。
すると、タイミング良く先程の女性が去っていった方向から、こちらに向かってやってくる男の姿があった。
男は大事な商売道具を優しく抱えながらこちらに近付いてくる。
ユースティスは警戒心を持たれないようそっと近付いて声を掛けてみることにした。
「すまない、話を伺ってもよろしいか?」
『何だ?ん……あんたーーーここらじゃ見かけないな。余所者か?』
突然話しかけられた男は、紳士服に身を包んだユースティスを見るなり、目を細めて警戒心を剥き出しにした。
この商人は商売人だ。
人の顔を覚えるのが得意なんだろう。
それだけ人との交流を盛んに行っているということだ。
もしかしたら何かいい情報を持ち合わせているかもしれない。
だが、両手をポケットに入れた姿のユースティスは、目の前にいるのは恐ろしい男だとすぐさま察知した。
互いにこの街の人間でないということが唯一の利点ではあるが……
パッと見ただけでユースティスがホルノマリン街の人間でないことを見抜いたところを見る限りでは、下手に深いところを聞くことが出来そうもなかった。
相手を刺激しないように、ゆったりとした口調で綴る。
「そちらからしたら、そうなるな」
『余所者が一体何を聞きたいんだ……?』
男の問い掛けに、ユースティスは鋭い視線をぶつけて睨みつける。
問いに対しての答えを投げかけていい人間なのかどうかを観察する。
上から下、全身。
仕草全てを見透かすかのように目線を動かしながら観察していく。
数秒全体を見つめたところで一拍置いて、ユースティスは深呼吸を交えながら言った。
「この街にーーー地下へと通ずる建物がないかについて調べている」
『……』
ユースティスの発した言葉を聞いた男は、こちらの言ったことが理解出来なかったのかしばし無言だった。
固まっている男がゆっくりと手を動かして顎に添えた。
思案している顔で空に目線を向けて一点を見つめている。
言葉を選んで考えているのか、男はただ黙っている。
涼しげな風が二人の間に流れる。
吹き荒れる風に髪を遊ばれているとーーー
ややあって、男は口を開いた。
『知らないな……、どうしてそんなものを余所者が調べる必要がある?』
「……」
ユースティスは答えるのに戸惑った。
二度目の戸惑い。
老人同様、簡単に口を開いていいものなのだろうかと思った。
疑問が頭を巡るが、やはり隠す必要はないという結果に至り……。
思惑に溺れ、思考を張り巡らす。
口元を手で覆い、目線を逸らした。
言葉を紡ぐのに戸惑う仕草を見せて、逃げるように一歩退く。
無言でこちらを見つめてくる男の視線が痛いほど伝ってくる。
逸らしていた視線を戻したユースティスが男を真っ直ぐ見つめてーーー
そして、口を開いた。
「無人が現れた原因と調べようとしている。もし、建物に何らかしらの関係があると言ったらーーーどうする?」
『……?』
「あくまで可能性の話だがな」
ユースティスは付け足すように言った。
話を聞いていた男は、キョトンとし無言になった。
その姿を見つめ、ユースティスはしばし彼の考えが至る結末を待つ。
そして、ようやくユースティスの言葉を理解した男が正気を取り戻して言う。
『もしそれが本当だとしても、俺はそんな建物なんて知らないな。どうしてもっていうなら他を当たりな』
額に汗を流した男がそう言って、ユースティスに背を向けた去っていった。
最後に顔を引き攣って逃げるように去っていく男の姿に、ユースティスは訝しげな表情を見せて腕を組んだ。
(二人目もダメか……)
丸めて去っていく男の背中を見つめ、ユースティスは深呼吸をした。
あの焦りようは何かを知ってのことなのか。
それともーーー。
しかし、去ってしまったものは仕方がない。
他を当たるしかないので、ユースティスは視線を切って歩き出す。
その後も手当たり次第出くわす人に話を伺うがーーー
「すまない聞きたいことがーーー」
『そんな建物あるわけないだろ』
男性に否定され、
「すまない聞きたいことがーーー」
『知らないわ。ごめんなさい』
女性には拒絶され、
『この地下に何かある?』
「そうだ。知っていることがあれば教えてくれ」
『いや、知らないな。確かにこの街の下には地下があるが、入れる人間は限られているからな』
男のその言葉にユースティスは眉を顰める。
「入れる人間?」
『誰でも入れるわけじゃない秘密の場所があるんだ。俺達の間でも知っている人間はあまり知らない』
「成る程な……、いいことを聞いた。貴重な情報提供感謝する」
『いいってことよ、それより早く無人を倒してくれ。夜もおちおち眠れないからな』
またある時は情報提供を頂き、
「すまない聞きたいことがーーー」
『うーん、すまんが分からないな』
「……」
そして、また声をかけるが何も得られず。
と、出会う人全てに声をかけてはみたものの、目ぼしい情報は何も出てこなかった。
老若男女話しかけた結果が、全員が知らないの一点張りだ。
「最初の一回と、男の証言だけが頼りか……」
正直男の方の証言はあまり深く掘れないだろう。
となると―――
有力な情報は最初に話を聞いた老人からの一つだけ。
しかも、他所から来た商人の人間からだ。
ここに住んでいる住人からの有力な情報は得られなかったことに、少しだけ違和感を覚える。
やはり何か隠していることがあるのだろうか?
事実に街の怪しさが浮き彫り始める。
「取り敢えずはーーー確かめる必要はあるか」
ユースティスは最初の証言であった老人の話を元に、地下に通ずる建物の散策を開始し始めようとしたーーー。




