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どうやら本当に嘘は言っていないようだった。
更に言えば、さっきまで出ていた仕草が全て消えている。
意図的に消すことも出来るだろうが、咄嗟に出来ることではない。
ましてや、目を見つめられてその状況に至るのは困難に近い。
本当に嘘をついていない人間にしか出来ない芸当だ。
老人が嘘をついていないと確証したユースティスは、用はないと言わんばかりにそそくさとその場から立ち去ろうとする。
「どこに行くのじゃ?」
「街について知らない者に用はないということだ。邪魔したな」
彼が背を向けて立ち去ろうとしている姿をじっと見つめ、一歩踏み出した瞬間―――
老人は意図もしないタイミングで言葉を紡いだ。
「だが、何人か怪しい人間は見た」
「何だと?」
咄嗟に出てきた言葉にユースティスは思わず振り返り、老人を見つめる。
案の定食い付いたユースティスが老人の肩に両手を置き、しがみつく形で聞いていく。
「それはどこで見た?」
「老人の証言を信じるというのか?」
「確証を持つのには時間がかかるだろうな。だが、有力な情報に繋がるのなら得ない手はない」
真っ直ぐな瞳でそう告げた。
意を受けた老人は、肩に掴まれていた手を退けてユースティスに言った。
「ここから西に真っ直ぐ進んだところに、地下を有する遺跡に続く森があるのは知っているな?」
「遺跡?」
「知らんか……、まぁ、一変行って見てみるといい。その森にある地下へと続く遺跡に何人か、辺りを警戒しながら人が入って行くところを見た」
老人は周りに配慮しながらそんなことを言い放った。
ユースティスが最も欲しかった情報が、まさか初手から手に入るとは思いもよらなかった。
彼は驚きが隠せないと同時に、若干の違和感を覚えた。
これがもし本当の情報ならあまりにも話が出来すぎていると思った。
こんなにもすんなり上手くいくということ自体が上手く出来すぎている気もするが―――
試すようにユースティスは聞き返す。
嘘を見抜くために瞳を鋭くさせて―――。
「それは確かな情報か?」
「分からんとしか答えられんな。わしももういい歳じゃしな。目が霞んだ気のせいだったということも稀にある」
「……いや、十分な手掛かりだ。感謝する」
「この地下には何かあるのかの?」
不意に飛んできた老人の問いに、ユースティスは居た堪れない気持ちと共に体が硬直する。
こんなことを話せば、この老人が言いふらすかもしれないと。
防衛本能が働いて簡単に口を割らまいとする。
だが―――
「安心せい、わしはこの街の住人ではないとさっき申したじゃろ?他言はせんさ」
そう安心させるように優しく言ってきた。
ユースティスは三度驚かされる。
この老人は本当に何者だと。
再認識させられる。
まるで、手のひらで転がされている気分だ。
全てが分かっているかのような言い回し。
「すまないが、確信を得ていない。憶測で物事を話すのはあまり好きではない」
「そうかの……。まぁ、人には話せんことはいくらでもあるじゃろうしな。追及はせんさ。少し残念じゃがの」
老人は見るからにがっかりしていた。
肩を落として顔を下に向けている。
そんな老人を見つめてユースティスは目を細めた。
この時、ユースティスは嘘をついた。
ここに来る前も憶測で物事を話していたことをユースティスは思い出す。
人間は憶測で話すのが好きだ。
何故なら憶測で物事を語るのは自由だからである。
憶測が論破されるのは、真実を見たときだけ。
真実を見ていないユースティスにとっては好都合の言い訳だ。
しかし、悪いことをしたと心の中で謝罪しつつ、ユースティスは老人から離れるように距離を取って立ち去ろうとする。
「すまないな。だが、情報提供について感謝する。商人をやっていると言っていたな?もし、またどこかで会うことがあれば、その時は何か売ってくれ。遠慮なく買おう」
そう言って、ユースティスは満足の得た顔で去っていく。
そんな青年の若さを老人は羨ましく見つめる。
成人して幾ばくも経っていないだろうという好青年が立ち去る。
若いとはこの上なく喜ばしい事であると思いつつ、彼の姿が消えるまでずっと見つめ続ける。
頬杖をついて見ていると、ふと、あることに気が付いて老人は声を上げた。
「そう言えば、名乗っていなかったのぅ」
名前も名乗らず知らない老人の話を鵜呑みにするなど危うさは残る。
だが、期待はしていい。
周りを見れる状況判断。
常に視線を張り巡らせているところをみると、護衛などの職務に就いている若人だろうと老人は思った。
そして、放った殺気を感じる敏感さを上間見るに、相当の実力を持った手練れであると証明していた。
ふっと、ニヤケ顔が止まらない。
久しく会った面白い人間にワクワクしていると、彼の服装が他の人間と違うことに気が付いた。
(彼もまたここの住人ではないということか……)
ピシッと身に纏った紳士服を着ていたことを今気が付いた老人は、物珍しそうにその後ろ姿を見つめ言った。
「まだまだ、若いな……あの若人。相手が本当のことを話しているのかを目で判断するとは甘い甘い。だが、戦闘経験は豊富と見た。わしの殺気を感じ取れるほどの強き者か……。それに、どうやら先に動いてくれそうだのぅ」
顎に生えた髭を我が子のように摩りながら、ユースティスの後ろ姿をじっと見つめていく。
やがて、彼の後ろ姿が見えなくなると、老人は用が済んだのか立ち上がろうとする。
予定よりも長くいたせいか。
すっかり固まってしまった重い腰を上げようとしたその時―――
「殿下‼︎こんなところにおられたのですかッ⁉︎もう‼︎こんなところで何をしておられるのですか‼︎」
「おっと、見つかってしもうたの」
元気良く声を上げた少女の声が老人の耳を劈く。
殿下と呼ばれそちらに反応を示した。
声のする方を見れば、老人の目の前には鬼の形相で睨んで来る少女が、逃さまいと腕を組み仁王立ちで立ちはだかっていた。
緋色の髪が印象に残り、後ろに留めたポニーテールを揺らした少女が老人との距離を詰めにかかる。
迫り来る緋色に光る瞳が鋭く光り、老人は石化するかの如く動けなくなる。
老人を前にした少女が深く深呼吸をして言った。
「何が見つかってしもうたの―――ですか‼︎全く…‼︎心配しましたよ‼︎急にいなくなるんですから‼」
勢い良く指した指が老人に当たる寸前で止まる。
目の前に迫り来る指が恐怖に感じる老人は落ち着かせるために宥めようと試みた。
「すまんのぅ、ちと面白い男に会ってな」
「また面白いものを探そうとする‼︎悪い癖ですよ‼︎」
「そうは言ってものぅ……、わしは面白いものには目がないんじゃよ」
「拗ねても許しません。今回こそは許しませんよ‼︎」
はにかんで笑ってみせるが、少女には通用しないようだ。
断固として距離の意思を示す緋色の髪をした少女が、今度こそ逃さまいと老人の腕を引っ張って連れて行く。
「堪忍じゃ〜……」
「許されないことをしたんですから反省して下さい‼︎そして、仕事をして下さい‼︎」
老人の抵抗も虚しく、襟を掴まれそのまま連れて行かれる。
その光景を見ていたホルノマリン街の人々はヒソヒソと噂話をするのであった―――。
♦♢♦
温かな目を向けられ歩み出したユースティスは、一人の証言では物足りなかったのか、もう一人の情報も持って帰ろうと声を掛ける。
西に向かって歩き出していたユースティスは、ちょうど目の前に歩いて来る人物に声をかけようとする。
買い物を終えた帰りなのか大量の荷物を両手に抱えた女性に声を掛けた。
「すまない、伺いたいことがあるのだが―――」
「何でしょう?」
声をかけられた女性は、快くユースティスの問いに反応した。
「この街に、地下に通ずる建物とかあるのだろうか?」
ユースティスは先程の老人を教訓として偽りなく聞くことにした。




