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「老人……、少し話を伺ってもいいか?」
低く野太く、だがゆっくりと老人の耳に伝わるように言葉を吐いた。
話を伺おうとした老人は、手に杖を持ち、何かじっとある一点を見つめているようだった。
「……」
声を掛けたはずだが、老人に反応はなく無言だった。
聞こえていないのだろうか。
フードを深く被っているせいか、素顔が分からない。
今のところ男なのか女なのかすら不明である。
何の為にフードをしているのかですら不明だ。
その理由は定かではない。
陽射しが強いわけでもなければ、特に雨が降っているわけでもない。
頭を守るために使っているというわけでもなさそうだ。
ともすれば、一体どういう理由でフードを被っているのか。
ユースティスには微塵も見当が付かなかった。
こちらの声が聞こえていないのも、そのフードが原因であるのではないかと疑問にさえ思う。
他に別の理由として挙げるならば、老化が一番の原因であることに変わりはないのだが―――
もし老化なのだしたら、非常に厄介なことになりそうだ。
老化の進んだ老人にとって、耳が遠くなるという現象はかつてアリアの父方に聞いたことはあるが―――
存外近い距離で発した言葉が伝わらないということは些か不満が残る。
歳は取りたくないものだと思った。
顔を歪めたユースティスが、再び老人に声をかけた。
「すまんが、話を伺いたいのだが……」
今度は先程より少し音量を上げて話してみる。
しかし―――
「……」
老人は変わらず、全く同じ風貌でただじっと一点を見つめ腰掛けていた。
本当にこちらの声が聞こえていないのか。
それともただ無視しているだけなのか。
やがて不快感と不気味さを感じ始める。
いずれにしろ二度声を掛けて反応を示さないのなら、ユースティスがここにいる必要はない。
こんなところで油を売っている場合ではないことぐらい、ユースティス自身が一番分かっていた。
だが、すぐ立ち去るわけにもいかない。
粘りをみせて様子を見てみるが、目の前にいる人物は身動ぎ一つもしなかった。
寝ているのかと見紛うほど微動だにしない。
二度声を掛けはしたももの老人は、全くユースティスの言葉に耳を貸すことはなかった。
これは無理だと思い諦めたユースティスは、溜息を吐いてその場から立ち去ろうとした。
これ以上時間を使うのは無駄であると判断したからである。
話を聞かなかった彼―――?彼女―――?
いずれにしろ老人に対して不満げを抱き顔を歪ませると、ユースティスは背を向けて歩き出した。
最初から老人を充てにしていたわけでは無いのだが、最初からこれでは先が思いやられると。
ユースティスの聞き込みは、心の蟠りが残る形でスタートを切ることとなった。
幸い噴水の周りには人が沢山いる。
聞きようはあるので問題はない。
他の人に声を掛けてみるかと思っていた。
その時―――
「聞こえておるぞ」
男の低く唸るような掠れた声が耳に聞こえてきて、ユースティスは踏み留まった。
後ろから聞こえてきた声に耳を傾けゆっくりと振り返ると、こちらに鋭い視線を向けた老人がフードから顔を覗かせていた。
どうやらこの老人は男性だったようだ。
フードを深く被っていたから分からなかったが……。
ユースティスは一瞬近付くのを躊躇ったが、やがて話を聞くために老人の元へと歩く。
ふと、距離を詰めていく過程でユースティスはあることに気付く。
フードから顔を出した老人は、辺りを警戒するかのように視線を右往左往させる素振りを見せていた。
フードで気が付かなかったが、あごに立派な髭を生やしていた。
その老人が行き交う一人一人を視察するかのような鋭い眼つきをぶつけ視線を向けていた。
ユースティスもその視線に気が付き、観察される一人に入っていたのかとようやく理解した。
これほどの集中力なら、話しかけたところで反応するのは無理だっただろう。
疑り深くこちらを見つめてくるその瞳を、ユースティスは見逃さなかった。
「まぁ……、そこに立っておらんで座ってみたらええ。ここは噴水が後ろにあってな水飛沫が心地よく背中に伝ってな―――気持ちええぞ」
こちらの視線に気が付いた老人が、気を紛らわすために隣に腰掛けるように催促する。
とんとんと左手で二回叩く。
一瞬座るのを躊躇するが、どうやらそれを許してくれる相手でもないようだ。
(何者だこの老人―――)
殺気にも似た鋭利に突き刺さる雰囲気を身に纏った老人。
歯向かえば先程の視線の餌食になることは必然である。
ユースティスは言われるがまま座る。
座った瞬間、まだ陽に当たって間もないひんやりとした冷たさが布越しに伝わってきた。
その隣に座る老人を見据えていると―――老人は呑気に欠伸をしていた。
「くぁ……、あ〜」
気持ち良く手を前に突き出し体を伸ばしている。
聞く相手を間違えたか……。
そう思っていると―――
「して、何を聞きたいんじゃ?若人よ」
伸びを終えた老人が問いただしてくる。
「……」
「ん?だんまりか?聞きたいことがあったんじゃないのか?」
「あぁ、すまない……」
黙っているユースティスを不思議に思った老人が顔を覗き込むように見てくる。
ユースティスは老人を見ながら一瞬言葉が出なかった。
何故なら―――
本当に聞いていい事柄なのか。
何か問題にされないか。
事態を知って騒ぎを起こさないか。
ここに来て不安が募る。
顎に手を置いて考える仕草を取る。
ちらりと横目で老人を確認する。
呑気な顔で三度の欠伸をしている老人がそこにはいた。
ややあってユースティスは覚悟を決め、その口を開く。
「聞きたいことがある……」
「何じゃ?」
「この街についてだ」
「街について……とな?はて、答えられる事柄かどうか……」
「何。難しい事ではない。あなたもこの街の出身者なら……、知っていることが何かしらあるはずだ」
「ふむ……。話が見えんな。要点を述べてみよ」
あえて遠回しに言ってはみたものの、隣にいる老人には伝わっていないそうだ。
一応警戒はする。
何があったもいいようには対応出来るようにしておく必要がある。
ふっ、と息を吐いてユースティスは天を仰ぐ。
仕方がないと心で思い、実直に言うことを決意した。
隣にいる眠そうに欠伸をしている老人から視線を外して、低く唸る声で問い掛け始める。
「この街には、一体何がある?」
射抜くかのような鋭い瞳で老人を喰いにかかる。
まどろっこしいのはこの際無しにする。
どんな言葉も真を射抜かなければ伝わらないということだ。
鋭く光る瞳を向けられた老人は、ただ黙ってこちらを見つめてくる。
何も語ろうとはしない。
もしかしたら言葉を選んでいるのかもしれない。
喋っていい言葉と喋ってはいけない言葉。
当然、何か隠していることは確かだ。
明らかに普通の人間とは違う。
何かを隠している人間がする仕草をいくつもしている。
その証拠に、今尚辺りを警戒しながら常に周りを見ている。
何もない人間がする仕草ではない。
「どうした?そんなに周りが気になるか?」
「どうしてそう思ったのじゃ?」
「視線が泳いでいるのがバレバレだ。それで隠しているつもりなら、あなたは嘘をつくのを止めた方がいいだろう」
「そんなつもりはなかったのじゃがな……」
互いに言葉を選び、言葉を紡いで牽制をかけようと試みる。
「何も知らないとは言わせないぞ」
「はて……?何のことかの?」
「今更とぼけたところでどうにかなるのか?」
「本当に知らないんじゃよ。この街についてなどな……」
すっと、先程まで放っていた殺気に似た雰囲気が突然消え失せたのをユースティスは肌で感じ取った。
不思議に思っていると隣の老人は、ユースティスから視線を切って言った。
「すまんの、わしはここの住人ではない。残念じゃの、望む相手ではなくて。わしは商人の一人じゃよ」
「……何だと?」
「証拠にこの街に家などない。役場にでも行けばすぐに分かる事じゃろう」
「……」
視線を逃さまいとユースティスが再び老人の目を見つめるが―――




