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タオルによって視界を奪われたユースティスがよろめいて足をもたつかせる。
よろめいた拍子で後ろに転がると、尻餅をついてへたり込んだ。
「お嬢様今のうちに」
そう言ってアルマリアがアリアの身を隠しながらシャワー室へと誘導する。
ついでに服も一緒に持たせてくれたアルマリアが、警戒心を剥き出しにしてユースティスの行動を伺った。
「いきなり何をする?」
「お嬢様の裸を見ようする不埒者を成敗したまでです」
「不埒者だと?」
「えぇ、私の目の前にいる貴方のことですよ」
「ふっ……、子供の裸を見たところでどうにも―――」
ゴッ―――
という鈍い音が三人の耳に響き渡る。
やれやれと首を横に振り、溜息混じりの息を吐き捨てた彼の言葉。
それを遮るように、アリアがシャワー室にあった石鹸を咄嗟に投げつけて黙らせる。
顔面に炸裂した石鹸の痛みに顔を歪ませたユースティスが手を当ててアルマリアと対峙する。
「貴様ら、いい加減にしろ……。第一あんな子供の裸を見たところでどうなるわけでもない」
「ハッ―――何を言うかと思えば今更戯言ですか?大層口が達者なのですね。お嬢様の裸を見ようとしただけでそれは罪になるのですよ?知りませんでしたか?」
「それだけのことで罪になるなら、この世の終わりだな」
「この世は終わりませんよ……終わるのは貴方の命だけです―――‼︎」
アルマリアは脱兎の如く動き出すと、ユースティスとの間に生じていた距離を詰めに掛かった。
地面に尻餅をついているユースティスは、彼女の速度に一瞬反応が遅れてしまう。
一気に距離を詰められたユースティスとアルマリアの間には人っ子一人入れない。
距離を詰めきったアルマリアが拳を天高く突き上げ、勢い良くユースティスへと放つ。
放たれた拳をじっと、ユースティスはただ黙って見つめる。
ゆっくりとスローモーションにさえ感じる彼女の拳。
迫り来る拳に、だが向けられた彼は身動ぎもしない。
動こうとしないユースティスに、拳を放っていたアルマリアは少しだけ眉を動かした。
時が流れるままに。
振り翳した拳を目で追っていると、
「ダメだよ‼︎」
二人の間を割って入る少女の声がやってくる。
その声に反応したアルマリアの拳がユースティスにぶつかる寸前で止まった。
その声はシャワー室から聞こえてきた。
止めた拳を戻して彼女はシャワー室に向き直った。
アルマリアの視線の先には着替え終わったアリアの姿があった。
彼女はシャワー室から抜け出ると、二人の元へと駆け寄って行った。
「全く……っ‼︎二人は‼目を離した隙にすぐ喧嘩するんだから‼︎落ちついて着替えも出来ないよ‼︎」
ふつふつと怒りを煮え滾らせたアリアが小言を並べて二人を説教する。
自然と正座をして二人はアリアの小言を受けることになった。
「毎日毎日毎日。喧嘩してよく飽きないね‼︎」
「そうですね……。この隣の阿呆さんが余計なことを話さなければ、私は何も口を出すつもりはないのですが……」
「ふっ―――、無論俺も同じ解答だ。そこの馬鹿が手を出さなければ、俺も出すつもりはない」
「私は馬鹿ではありません。貴方は阿呆ですがね」
「俺は阿呆ではない。馬鹿は隣にいるがな」
キッと鋭く突き刺さる目線が互いにぶつかり合う。
二人の間にまるで火花が散るが如く。
その二人がほぼ同時に動こうとする。
が、やはりそれを止めたのはアリアの声だった。
「ストップ‼︎」
電気が走ったように動きを止める二人。
アリアの声が二人の動きを止める唯一の方法である。
互いに手を引いたアルマリアとユースティスはそれ以降大人しくなり、再び正座をする。
そして、アリアからの説教を一時間受け―――
ようやく解放された二人は、逃げるように部屋から出た。
まだ怒っているアリアは一人で部屋に残る形となり、三人がそれぞれバラバラに行動し始めた。
そのうちの一人、逃げるように外に出たユースティスは、辺りに立ち込める街の雰囲気に当てられた。
まだ世が明けてから数時間と立っていないのに、街には既に何人かの人が歩いていた。
ホルノマリン街では朝から商売を始める人間が多いとルニーから聞いた。
生計を立てる為には、早朝から始めなければいけない商売もあるというらしい。
街にはまだ活気は灯っていない。
昨夜の盛り上がりが嘘のような閑散とした静けさが辺りに蔓延していた。
異様な雰囲気に訝しげな表情を浮かべていると、ユースティスは辺りを一瞥してから歩き出した。
一歩踏み締める度に街から木霊する自分の反骨音が不気味に響き渡る。
鳥のさえずりが聞こえてくるが、今は鳥の鳴き声でさえ不気味さをより一層増していくようだ。
気には止めながらも、ユースティスは歩み出した。
歩き始めて数秒、ユースティスは視線を左右に張り巡らせる。
レンガが特徴的な家が左右に建っている。
頑丈な作りで出来た家と、同様の用途で作られた道路に目を移しながら、ユースティスは更に奥地へと進んでいく。
宿から出て外を歩いていたユースティスは、街の中心部に行こうとしていた。
街の中心部に行けばここより人が沢山いるはずだからだ。
目的は一つ。
聞き込み調査だ。
この街にある秘密を調査するための散策といったところだ。
執事服に身を包み、ポケットに手を突っ込んだユースティスは行き交う人々を目で追う。
この街には本当に老若男女。
様々な人間がいるようだ。
その光景を見てユースティスは不思議に思う。
自分のいた街には老若男女いた試しがない。
お嬢様を含め、街には若い人間しかいなかった。
確かに彼女の父方はいたものの、それ以上の年を老いた人間は果たしていたかと。
記憶を探ってみるが、数える程度しかいなかったと記憶している。
いたとまでは言えないだろう。
ここまで人が生きているということを不思議がっている自分が―――とても嫌になる。
つい数年前まではそんな光景が当たり前だったのに……
今はその逆の光景が当たり前となっている事実に自分自身動揺を隠せない。
人が生きているだけでどれだけ幸せなのか。
ここに住んでいる住人達は分かっているのだろうか―――
いや、思うはずもない。
経験したことのない事柄に宛てがうほど、人は上手に生きていない。
やはり、この街は異常であると再び再認識せざるを得なかった。
しばらく歩いていると、ようやく街の中心部らしき場所に辿り着いた。
円形の噴水を中心として商人が店を開き盛んに売っている。
目論見通り、疎らになっていた人々の活気が中心部では盛んになっていた。
賑わう声に耳を傾け、ユースティスは噴水に近付いて行く。
水のせせらぎが耳を打ちつけるかの如く。
街は賑わいを見せていた。
ユースティスは早速聞き込みを行うために、噴水に腰を掛けて一人でいた老人に話を伺うことにした。
帽子を深く被りあまり顔が見えないので確証はないが……。
恐らく老人であることに変わりないはずだ。
服から剥き出しになった手を見つめて思う。
血色のいい健康的な手に見えるが、そこからは老化とも見て取れる少し膨れた手が覗き込んでいた。
老人をじっと睨みつけ、ユースティスは口を開いた。




