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5章 朝日が昇る頃に

頭から適温に体に馴染んだ熱水を掛け、気持ちよくシャワーを浴びているアリアが、髪に手をかけてマッサージの要領で揉んでいく。


熱水がシャワー室に充満していき、白い煙がアリアの目の前に雲のように漂う。


もくもくと立ち込める白いもやがシャワー室を侵食していく中でーーー


アリアは先程見た夢の一部を思い出した。

夢の中でアリアがカルラに渡した花。


幼き日の自分はあれが何の花だったか全く分からずに取ってきてしまった。


庭師が必死に揃えて完成させた芸術にも似た庭に咲いていた花の一輪。


美しく生えていた白色の花がアリアの目にはとても輝いて見えた。


印象的だったあの花。

母はスノードロップと言っていたか?


今思えば、スノードロップという花を選んで渡した時からーーー母の死は決まっていたのかもしれない。


最終的には病死した母の人生は、それでも美しかったと記憶している。


弱々しくなった彼女の手を最後まで握っていたのは自分だった。


彼女の最後を見届けたのは自分と父と使用人達。

その中にはユースティスとアルマリアの姿もあった。


シワシワになった手が力無く崩れ落ちていく感覚というものは一生忘れることはないだろう。


誇りのある彼女の姿は、一体何人の人々の記憶に残っているのだろうか?


きっと見た者全ての人々の記憶の一部として残っている事だろう。


そんな彼女に渡したアリアの目に止まった綺麗な白色の花ーーースノードロップ。


花にはそれぞれ花言葉というものがあった。

花言葉には意味が沢山あり、愛情や友情、悲哀の言葉など、様々な種類がある。


アリアも気になって屋敷の中の数ある本をしらみ潰しに探り、スノードロップについて調べたことがあった。


植物の本のページを巡り、漁っていく。

そして、幾ページも巡った先にその答えはあった。


探し求めていたものを見つけた瞬間、アリアは達成感のようなものを得た。


と、同時にその達成感は雲が掛かり怪しくなっていった。


見つけた先にあった答えが示したもの。

それはーーー


スノードロップ。

花言葉はーーーあなたは明日死ぬだろう。


その文字を見た瞬間、アリアの背筋が凍った。

この花は決して他人に送ってはいけない花だとアリアは瞬時に理解した。


勿論、母が死んだのは翌日ではなく病弱していったので大分先だった。


だがいずれにしろ、母が死んだ原因を作ったのは私ではないかと。


そう、疑問に思ったこともあった。


その花を渡した数年後に母の容態は急変し忽ち病気が体を蝕み侵食し、あっという間に死に追いやった。


あの花を送った時の彼女の顔は一体どんなだったか。

アリアは覚えていない。


確か、何か言っていたような気もしていたのだが、幼き日のアリアの耳には届いていなかった。


元気だった母が突然病気で倒れた事実を、アリアは受け止められずにはいられなかった。


何らかの因果関係がなければ成立しない現象。

一体何が起きればそうなるのか。


もし仮に自分だとしたら?

考えただけでゾッとした。


しかし、その意に反したのは父だった。

父は全てをかけてアリアの論を否定した。


母は元々体が弱かったと憔悴しきっていたアリアに父は告げた。


父はお前は悪くないと言ってくれていた。

あの花を渡した現場に父はいなかったけど、何かあったのだとすぐさま彼は理解していたのだ。


そんな彼の言葉を受けて少しは元気を取り戻したアリアだったが、やはり簡単に割り切ることは出来ない。


あんなにも元気だったのに。

あんなにも笑顔を絶やさなかったのに。


突然来たお別れ。

心中を黒く渦巻く靄がアリアを締めつける。


自分のせいではないと言ってくれても、本人がそう思ってしまうのならば、それは変えようのない事実なのだと思い込んでしまう。


事実をねじ曲げるには否定してくれる材料が必要だ。

だが、その否定材料となるものはもう何もない。


いや、最初からなかったのかもしれないと。

運命に抗うことの出来なかった母の命を、自分が決定打を与えてしまったのではないかと。


もっと母と一緒にいたかった。

もっと母と過ごしていたかった。


もっと母に色々な事を教えてもらいたかったーーー

女性としての嗜みや、淑女としての振る舞い。


果ては色々な料理など。


母から教わることは沢山あったのに。

何一つ恩返し出来ていない。


その事実が余計にアリアを苦しめた。

せめて恩返しの一つでも出来ればよかったのに……。


心残りがどうしようもなく胸の奥を締めつける。

後悔が頭の中を渦のようにぐるぐると巡るように。


もし、時間を戻してやり直せるのなら今すぐにでも母に何か恩返しがしたいと。


叶いもしない願いを胸に抱いているとーーー


「お嬢様?」


不意にシャワー室の外から声が聞こえて来た。

ハッとしたアリアは流していた水を止めて声に応えた。


「どうしたの?」


問い掛けに反応したアリアの声を聞いて、シャワー室の扉の外にいたアルマリアはほっと胸を撫で下ろした。


「いえ、今朝起きたらお嬢様が隣にいらっしゃらなかったので心配なり、辺りを探していたところです」


シャワーの音で起きたアルマリアが隣を見てアリアの存在がないことに心配して声をかけて来たらしい。


なるほどと、アリアは心の中で思った。

確かに隣にいなければ必然的に音のするシャワー室に足を運ぶだろう。


「ですが、その心配は無用でしたね」


クスッと扉の向こうからせせら笑うアルマリアに、アリアはつい先程まで考えていたことが頭の中から吹き飛んでいくような気分になった。


「今出るわ」


アリアは水滴が染み付いた体で歩き、シャワー室を出る。


扉に手を掛け開くと、その先には既にアリアが出る事を察知していたアルマリアがタオルを手に持ってこちらに差し出していた。


「どうぞお使い下さい」


すっと差し出されたタオルを見つめ、アリアは彼女にお礼を言って受け取った。


「ありがとうアルマリア」

「いえいえ、メイドとしての仕事をしたまでです」


腰を折ってこうべを垂れたアルマリアに、アリアは慌てて顔を上げるように言った。


「だから、私はもうお嬢様じゃないってーーー」


言いかけた瞬間、その声を遮るように男の声が聞こえて来てアリアの体が固まった。


「朝から騒がしいーーー」

「はっーーー」

「ぐぉ……っ」


すかさずアルマリアが近くにあった空きのタオルで入って来ようとしたユースティスの足を止めた。

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