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暫く時間の流れを忘れさせてくれるような一切音のない静寂が二人を包み込んだ。
二人が真剣な眼差しで武器の新調をしているとーーー
「んん……」
ふと、吐息が漏れる様な甘い声が二人の耳に入り込んできた。
その声に二人が反応する。
声のする方を見れば、その声の正体は眠っていたアリアから発せられたものだった。
彼女は上に掛けた毛布を両足で絡め、抱き抱える形で眠りについていた。
その寝顔はとても心地良さげな雰囲気を醸し出していた。
彼女の寝ている姿に思わず二人は手を止めて黙って見守る。
心地よさそうな顔に快眠を感じさせる寝息。
こうして平和な睡眠を遅れていることが、アルマリアとユースティスにとっては不思議で仕方がない。
何せこの街に来る前は常に無人の警戒を怠らないよう周囲に気配を張り巡らせながら、一人が仮眠を取り残った二人がその一人を挟む形で起きているという状態で睡眠を取っていた。
満足な睡眠など勿論取ることが出来ず、常日頃から寝不足になるのも当たり前だった。
それがこの街に来てからはどうだろうか。
襲われる恐怖もなく、睡眠を妨害されるといった様子も無い。
今は無人に襲われない環境でゆっくりと深い眠りにつくことが出来ていることに、一体どれほどの幸せを感じることが出来るだろうか。
そんな気持ちのいい気分になった二人はそっとアリアから視線を外した。
アルマリアは徐に顔を上げる。
すると、視界の先ーーー
部屋に取り付けられていた窓の外を見つめた。
格子窓から見える外の景色が色濃く目に写り込んで来る。
外はまだ街明かりが付いていた。
仄かに光る街灯の照明と、発火による紅炎に輝く強い発光。
遠くから微かに聞こえてくる賑やかな声も、この宿にいれば大して気に止める必要はない。
辺境の地にあるこの宿は、街の中心から外れている為なのか。
夜の静けさが宿全体を支配していた。
街明かりも目立たず、淡い光が何とも目に優しく。
本格的に訪れる夜の雰囲気が、優越感に浸る二人の目に入り込んでくる。
アルマリアとユースティスは酔い痴れるかのようにその雰囲気に甘んじた。
思わずお酒を一杯飲みたくなる気分だ。
アルマリアとユースティスはもう立派な成人だった。
二人の年齢は二十三歳。
お酒を飲む適齢期を到に過ぎている。
だが、お酒を飲んでしまえば明日の行動にも支障が出てしまうかもしれない。
日常生活に影響が出てしまう恐れがある以上、飲むことはままならないだろう。
明日のこともある為、アルマリアとユースティスは我慢して己の欲望を抑えた。
お酒を飲むことは出来ない。
本当は飲んで全てを忘れ去りたい。
気分良くなって次の日には何もかもを忘れてしまいたい。
現実逃避も甚だしい。
だけど、逃げ道が無ければ動転して気が狂ってしまいそうになる。
人は逃げ道がなければ狂気に落ちることは必須だ。
何かに頼ることが出来なければ、自身を抑え込んで不満を溜めて遂には壊れてしまうだろう。
肉体的にではなく、精神的にだ。
そうならないように日頃からストレスを発散するための心得は得ているつもりだ。
そうして二人は、喉に寂しさを覚えながら武器を仕舞い込み、互いに眠りにつくことにした。
各々が空いたベッドに寝転がり、今日という一日を終えようとする。
二人はアリアを挟む形で寝床につく。
しかし、互いにアリアには背を向けた状態で横になっていた。
眠りにつきながらユースティスは今日という日について考えていた。
一日の感覚が短く感じた。
最近は本当に短く感じてしまう。
年を重ねたからという年齢ではないことは分かっているのだが……
どうにもその感覚が根付いてしまう。
何もしなくても今日という日が終わってしまう儚さに、ユースティスは渋るように目を瞑る。
目を瞑って時間が経ち、再び目を開ければ……
きっと明日になっている。
惜しむ気持ちをグッと堪える。
後何日、何ヶ月、何年生きれるかも分からない世界に放り込まれたユースティスは、目を瞑りながら考える。
明日には死ぬかもしれないこの命の使い方は、本当にこのやり方であっているのだろうかと度々(たびたび)疑問に思う。
ふと、頭に思い浮かんできたアリアの笑顔が脳内に浮かび上がる。
あの笑顔が明日には見られなくなると感じた途端、ユースティスは底冷えする肌寒さを感じ不安になった。
いつもの日常がいつも通りじゃなくなった時、果たして自分はーーー冷静を装い普通を保っていられるのかと。
そう自分に問い掛けて、ユースティスは今日の疲れが如実に表れたのか。
深い深い眠りについた。
そんな彼が眠りにつき始める少し前ーーー
アリアを挟んでユースティスとは反対向きに横になっていたアルマリアもまた、目を瞑りながら思考に至っていた。
今日という日の終わり。
明日という一日の始まり。
だが、さして自分は特に何も変わっていないという事実に。
一日の短さを痛感する。
アリアと居られる時間は、この先何年あるのかなんて自分にも……、他の誰にも分からない。
常に彼女の隣にいる自分が、後どれくらい彼女の隣に居られるか。
それすらも分からない。
誰にも分からない答えを……、自分は永遠に探している。
そんな吐き気のする気分だった。
一体いつになれば、あの素晴らしき日々に戻るのだろうかと。
懐かしい記憶。
世界がまだ平和だった時の確かな記憶。
死への恐怖など一切なく、明日という一日が当たり前に来ていたあの日。
平和を愛し、平和に愛された五年間は本当に幸せだった。
こんなにも穏やかな日々が送れるなんて、夢にも思わなかったことをアルマリアは今でも鮮明に覚えていた。
のどかな風景に、街の賑わい、不意に肌を撫でる優しく心地よい風がーーー何とも懐かしい。
もう一度あの感覚に浸りたいのに……
決して簡単には浸らせてくれない現実から思わず目を背けたくなる。
目を背けるのは簡単だ。
生きることを放置して無人に体を投げ出せば、それだけでこの世の終わりを迎えられる。
そんなに簡単なことなのに、アルマリアにはその勇気すら湧いてこなかった。
分かっていた。
本当は簡単なことなんかじゃないってこと。
彼女は知っている。
死の恐怖を。
彼女は理解している。
最愛の人と別れる辛さを。
彼女は覚えている。
目の前から零れ落ちていく命の儚さを。
だからこそ、この気持ちを隣に心地良さそうに眠るアリアには断じて分かって欲しくない。
父を失った彼女は、それでもまた前に立ち上がってくれた。
もしこの気持ちが再び再発してしまうと思うと、アルマリアは怖くなって夜も眠れなくなった。
アリアの為に。
彼女の先の未来の為に。
アルマリアは明日も生き抜くことをその身に頑なに決意して。
深く暗い闇の底へと赴き眠りについたーーー




