血と知3
昨夜目が合った桜を思い出して、窓の外に目をやった。
チャイムが鳴った。
授業が終わって皆が立ち上がる。それにつられて自然と足が動いて直立の姿勢になる。
礼をし終わると規則的に並んだ駒がいっせいに散らばった。
私はその輪には入らず、また席に座って窓に目を戻した。
中学三年生。中途半端で嫌だな。年齢的にはもう大人なのに、携帯も財布も学校に持ってきてはいけない。その他さまざまな規制がある。皆私よりずっと大人みたいなことをして、ひとりで窓の外を見てるような人は間接的に辱めを受ける。
どうしてあなたはそんなに大人じゃないの?野暮ったいの?綺麗じゃないの?
言葉に出さない軽蔑の圧が私の肌を押して血管を締め付ける。
教室から人が出ていくのを見て次は移動教室だと思いだした。廊下に出た。はじけそうな程うるさい
その騒音の塊は肩をすり抜けてはまた反対側の肩を通る。
美術の授業が始まった。
「今日も彫刻の作業に入ります。各自進めてください」
持ってきた彫刻刀で木の板をひたすら彫る。地道な作業。
でも、美術関係のことが好きな私にとってはつまらない学校生活の中で
これが唯一の楽しみと成っていた。モネやピカソ、写実派、印象派....私の愛して止まない世界に少しでも手を浸すことができて心地いいのだ。あんな風に自分の感情を絵の具と筆で表すことができたら。真っ白なカンバスに自分自身を写し出すことができたら。
そのとき、彫刻刀の先に自分の左手が置いてあったことに気づかず、勢いよく木の肌を彫った後、力強くそれは皮膚を刺激した。瞬発的な痛みはその後、ジンジンと規則的なリズムに乗せて音符を奏でた。
血が流れている。
「おい!大丈夫か!!」近くに座っている男子が半ば大袈裟に声をあげ、先生を呼んだ。美術室の空気がこの瞬間にスッと変わった。この男子が針小棒大に雰囲気をあおったせいで皆が私を見てくる。私の近くにいた人は全員怯えた目をしてボソボソと他の人と話をしていたが、目の前にいる男子、彼は身動きすらとっていなかった。私の手を、血を、驚きというべきか、何なのかよくわからない表情で見つめている。
未完成の木の彫刻が血色で染まっていくのを私は見た。
後から思えば、これはここにいるすべての人に見えていた光景ではない。私、そしてこの目の前の彼だけに見えていた光景であったのだ。つまり、現実、この彫刻は血で汚れているのは確かだったのだが、それが赤色ではなく、梅色に見えたのは彼と私、いや、ほとんど彼だけであったということだ。
滴る梅色の雫に黒いまっすぐな瞳が映る。




