7、予知熱を出す (4/22 9:35 p.m.)
壁に掛けてあった鏡を恐る恐る覗いてみる。
そこには女の子が立っていた。
背は160弱といったところで僕と同じくらいだ。
胸はBカップくらい?
髪は黒髪のストレートロングであのカツラと同じだ。
顔はとても女装とは思えない、完全な女顔だ。
クラスで一人くらいこんなかわいい子がいたら
高校生活がちょっとわくわくするだろうな、
と思えるような美少女が鏡の向こうに立っている。
だが残念。それは僕だ。
途端に僕は恥ずかしくなった。
女と青年、二人がずっとこちらを凝視しているからだ。
その空気を変えようとわざと強い言葉を投げつけた。
「でぇっ?希望どおりに僕は!大変なことになったようですがっ!
これから僕はどうすればよろしいのでしょうかぁ!?」
こんな事態になっても大したリアクションを取らない二人に何か言わせたかった。
口調は自然と怒ったようになってしまう。
女がそれに答える。
「お、おお。それで何か感じないか?」
「感じるって・・セクハラですかぁ!?
ああそうですか。僕にこれ以上恥ずかしい思いをさせようと。
次はセクハラですか!」
「落ち着け。落ち着いて周りに集中しろ。
何か感じられるはずなんだ!」
「感じるって何をですか!?」
・・と、少し冷静になると・・
確かに何か変だ。
壁を隔てて2つ向こうの部屋の人の物音が聞こえる。
ただの物音ではない。
その人の呼吸の音だ。
二つ上の階の男性が鼻をほじっている音が聞こえる。
下の階の女性の心臓の鼓動が聞こえる。
音だけではない。
振動、臭い、風の流れ。
それらの情報により、この建物のどこに、どんな人が、何をしているか、わかる。
建物の中だけではなく、外も、半径にして100メートル、
場所によっては300メートル先の状況や会話の内容がわかる。
「こんな・・ウソだ・・」
次々と入ってくる情報に混乱しながら、
でも間違いなく僕は遠く離れた場所にいる人の行動が
まるで目の前にいるかのように、手に取るようにわかった。
今度は青年の方が声をかけてきた。
「今のところ順調に動作しているようだね。
でも光弘君。今は時間がない。
今にも発信器をたどって連中が襲撃してくるかもしれない。
僕たちはここから無事に移動する方法を考えなければならない。
そこで光弘君の能力を使うことにしたんだ」
青年は一呼吸おいて、話を続けた。
「君がいま感じているのは広範囲の状況を把握する能力だ。
でも君が得た能力はもう一つある。
むしろそっちの方がメインなんだが・・
把握した情報から計算してこれから起こる未来を知る能力だ。
今、光弘君が把握している情報を使って未来の状況を予知するんだ」
予知?
たしかに僕は普通の人よりもはるかに広範囲の状況を把握できるようになったらしい。
でもその情報量はあまりにも膨大で、全然整理できない。
ましてや未来を予知するなんて・・
困惑しながらも、何とかやって見せようと苦闘する僕を見て、
青年は言い方を変えた。
「この部屋の未来の状況だけを思い浮かべればいい。
例えば、近い未来に僕ら以外のだれかがこの部屋に入ってくるか、とかね。
あとは君の能力が予測して、答えを出してくれるはずだ」
近い未来のこの部屋の状況・・
それを考えようとしたとき、急に頭が熱くなってきた。
いや、熱くなっているのは頭じゃない。かぶっているカツラだ。
カツラが熱を帯びている。そして、青白く光っている。
瞬間、僕の頭の中で、まるで早送りされた映画のような映像が映し出される。
これから一分後、二分後、三分後・・
その間にこの部屋で起こることが映し出される。
そして・・
「・・4分・・23秒後に・・・だれか入ってくる・・」
僕はハッと我に返り、今見た映像について詳細に説明する。
「あと4分ちょっとで銃を持った二人組がこの部屋に押し入ってくる!
今一階でフロントと話をしている奴らだ!」
女はそれを聞くと、僕に向かってニヤッと笑い
「OK!了解した。
あんたぁ!」
「はいはい」
青年は女の声が飛ぶ前に行動を開始し、わかってますよ、という感じで答えて
ドアから外を窺った。
青年の手には拳銃が握られている。
女は荷物をまとめて部屋を出る準備を十数秒で終わらせた。
「ここは危険なんだろ?ボウズ。
じゃあさっさとずらからないとな!」
二人に続き、僕も部屋を飛び出した。