4、夕焼けの霹靂 (4/22 0:28 p.m.)
屋敷の中に招かれた僕は応接室に通された。
庭が一望できる贅沢な部屋だ。
ドラマとかで見たことがある、首だけの鹿の剥製が飾ってある。
やっぱりあの目のところに監視カメラがあるのかな?とか考えていると、
お手伝いさんがお茶を運んできてくれた。
「すぐに主人が参りますので」
とお手伝いさんは言い残して部屋を出て行き、また僕一人になる。
ここに来る前から置いてあったテーブルの上のおかきをほおばりながらお茶をすする。
実は朝からニュースに夢中で何も食べておらず、おなかが空いていたのだ。
その時、こんこんとドアをたたく音がし、「失礼します」という声とともに
初老の男、フェリックスさんが入ってきた。
それだけじゃない。後ろからちょこんとリディという少女も入ってきた。
フェリックスさんは僕の正面に座り、リディはパタンとドアを閉めた後、
ドア側の椅子に腰かけた。
僕はあわてて口に含んでいたおかきを飲み込もうとするが、
のどに詰まってむせてしまった。
せき込む僕を見てフェリックスさんは大笑いして
「ゆっくり召し上がって結構ですよ」
と声をかけてくれた。
と、突然、リディが椅子から立ち上がり、僕の背後に歩み寄ってきた。
咳がなかなか止まらない僕はリディが何をするつもりか見当がつかなかったが、
少女の手が僕の背中をさするのを感じ、少しドキッとしてしまった。
「あ・・ありがとう・・」
僕はどぎまぎしてお礼を言う。リディの顔はそれでも無表情だ。
ひょっとして無表情なのは照れているだけで、ほんとはすごく優しい性格なのだろうか?
と思いながら、椅子に戻ったリディの方をみる。
フランス人形のような洋服を着こみ、整った澄まし顔をしている。
銀色の髪がサイドでカールして見事にまきあがっており、
手入れが行き届いているのがわかる。
さきほど取った行動と合わせて改めて愛らしい少女だな、と思いながら見つめていると
それまで正面を向いていたリディは少しだけ床に向けて顔を下げた。
少し照れているように僕には映った。
「リディは人見知りでね。こんな機会でもないとめったに外の人と会う機会が
ないんですよ。迷惑でなければ同席を許してほしいのですが・・」
とフィリップさんが請う。
僕はあわてて、
「大丈夫ですよ!全然。こちらこそよろしくお願いします」
と答える。
「ありがとうございます。それでは・・」
とフェリックスさんが切りだし、じいちゃんのことについて話を始めた。
研究所でのじいちゃんの話。過去の研究内容。
研究成果がどれだけ世の役に立っているかという話。
また、話は父さんと母さんに関することにも及んだ。
父さんがまだ子供の頃の話。父さんと母さんの馴れ初めの話。
僕もまた、研究所では見せない普段のじいちゃんについて、フェリックスさんに話した。
歌舞伎を始め、日本の伝統芸能が大好きなこと。
一方で最近のアニメやドラマにも夢中で意外とミーハーなこと。
フェリックスさんは大笑いして聞いてくれるので、こちらもいい気分になってしゃべり倒した。
いっぽうのリディはその間、一言もしゃべらずにじっと僕の顔を見つめていた。
フェリックスさんも気になったのか、ときどきリディの方に目をやるが、
そのたびにリディは首を横に振り、フェリックスさんもしょうがないな、という表情で
僕との話に戻る。
『もしかしてフェリックスさんは僕にリディの友達になってほしいのかな?』
という考えが浮かんできた。
結構暖かい家庭のようだし、事件が一段落したら家族ぐるみの付き合いが
できればいいな、と思った。
2時間程度、話をしたころで急にフェリックスさんが立ち上がった。
「時間も経ちましたし、話はここで一旦区切りましょう。
今日はここに泊っていってください。あなたの両親の了解も貰っています。
すてきなディナーをご用意しますので、その時にまた話の続きを聞かせてください」
と言い、僕に手を振りながら部屋を出て行った。
来た時と同じようにリディがそのあとにちょこんと続き、ドアをパタンと閉めて行った。
またしても一人取り残された僕はしばらくはフェリックスさんとの話を思い出しつつ
回想に耽っていたが、さきほどの会話でしゃべり疲れたのか、
やがて睡魔が襲ってきた・・・
---------------------------------------------------------
どのくらい眠っただろうか?
外は夕焼けから徐々に暗くなっているところだ。
この部屋には時計がないので今何時なのか正確にはわからない。
そろそろ本格的におなかが減ったな・・と思った、その時だった。
『ぱりっっ・・』
『ぱしゅ・・』
なにか窓を割って部屋の中に入ってきた音がした。
と・・次の瞬間・
『ぱっ!!!』
強烈な閃光と猛烈な音が辺りを包む。
何だ?何が起こったんだ?
全く状況が理解できない。目が痛い!耳が痛い!
僕は眩んだ目とひどい耳鳴りに悶絶するしかなかった。
ほどなくして部屋の中にだれか入ってきた。
誰?フェリックスさん?
その人は僕をゆっくり抱き寄せ、口に布をあてがった。
嗅いだ事ない香りがする・・と思った瞬間、僕の意識は遠のいていった。