17、朝飯前の頼み事 (4/24 7:01 a.m.)
妙に息苦しい。
僕は溺れているのか?
鼻から息ができない。
手足を必死に動かし、なんとか浮かびあがろうとする。
でも動かない。
手足を縛られているのか?
体を必死にくねらせ、口だけでも水面から出そうとする。
口は水面から出た。
これでしばらくは命を繋ぎとめることができる。
安心したのもつかの間、今度は口が誰かの手によって塞がれた。
その手から逃れようと頭を振る、が
手は執拗に口に覆いかぶさる。
もうなりふり構ってられない。
狂ったように頭を揺さぶり、そして相手の指の間に吸いついて
隙間から空気を吸い出そうとする。
必死に生きるための行動をしつつ、ただ、なぜか頭の中は冷めていた。
ああそうか。
僕の命って意外と脆いんだな。
鼻と口をたった5分塞ぐだけでなくなっちゃうものなんだ。
僕の大切な思い出も未来の夢も、こんな簡単に。
だからこんな必死に命にしがみつくんだな。
「ふむ~、むふ~、ふみゅ~、ふごっ・・」
いよいよ息が苦しくなり、僕は最後の手段に出た。
相手の手のひらに噛みついて反撃を試みる。
すると手は僕の顔から離れ、口で、そして鼻でも息ができるようになった。
そして水面から顔を出すと、目がくらむほどにまばゆい光につつまれた。
「はぁ~、はぁ~・・」
僕はベッドの上で息を切らしている。
正面でトンビさんが苦笑いをしながら右手を押さえている。
僕は事態をだいたい把握した。
「・・・なにやってるんですか、トンビさん」
「いや~みっくんがなかなか起きないから鼻をつまんでみようかな、と。
それでも起きないから今度は口を押さえたんだよ。
そしたら今度はさすがに起きたね!
でも噛みつきは反則だよ~」
「普通に起こしてください!
危うく死にかけましたよ。夢の中で」
「でもみっくんの反応かわいかったよ。
こんなふうに必死に呼吸して」
そう言いながらトンビさんは、おそらくさっき僕がしてたのであろう
息継ぎのまねを披露する。
「ふぉ・・もひゅ~
こんなのもあったかな?
ぼひゅ~・・もぬひゅ~・・(笑)」
僕は怒りのあまりわなわなと震える。
トンビさんはさすがにまずいと思ったのか、ふざけるのをやめた。
「でもこれはみっくんが悪いんだからね!
せっかく私が昨日、とびきりのカレーを買ってきたのに寝ちゃってるんだもん」
あっ・・そうか・・・
昨日僕はあのまま寝ちゃって。カッコも女の子のままだ。
外が明るいってことはあれから夜が明けるまで眠ったままだったんだ。
「じゃあ起こしてくださいよ、昨日。意地悪せずに」
「意地悪なのはみっくんの方だよ。
あんなに気持ちよさそうに大イビキかいて寝てるんだもん。
それでも私が起こそうとするとじゃま!って感じに私の手を払いのけたんだよ。
ひどくない?」
トンビさんは今度は泣き真似をしながら抗議する。
昨日そんなことをした記憶はない。記憶はないけどこれ以上粘ってもたぶん勝てない。
「わかりました。僕が悪かったです。
僕ができることならなんでも埋め合わせしますから」
「よしよし。わかればよろしい・・・ん?
今何でもするって言ったよね?」
「できることなら、ですよ。
あとエロいことは禁止ですから」
「エロい事なんてしないよぉ。私をどんな目で見てるんだよ。
えっと実はね、今日はちょっと頼みたいことがあったんだ。
これで頼みやすくなったよ」
「頼みたいこと?何?」
「詳しいことは後でね。
君にとっては朝飯前のことだよ。
その前にまずは朝飯。
昨日のカレー、まだ残ってるよ」
朝からカレーっていうと重いと感じる人もいるだろうが
今の僕にはそのくらいでちょうどいい。
そのくらいお腹が空いていた。
そしてうまい、うますぎる!
さすが十万石カレー!
これを選択するとはトンビさん、食のセンスはあるようだ。
「もぐもぐ・・・で?
頼みごとっていうのは昨日言ってたテストのことですか?」
カレーを食べながら聞いてみる。
「ううん。それとは別。
テストは私たちが絶対にやらなくっちゃいけないこと。
頼み事は私が個人的にやりたいこと。
といっても私たちのためになることだよ。
うん、もしかしたら。
今回の事件の全貌がそれで全部わかっちゃうかもしれない」
「そんな簡単にいくんですか?八重さんは?」
「八重っちにはナイショ。
ほんとそんなに大したことじゃないから」
トンビさんには珍しくもったいぶった言い方をしている。
なにかトンビさんしか知らない秘密があるんだろうか?
その情報と僕の能力を使ってなにかするつもりなのか。
まあ僕の能力があれば大抵なんでもできちゃうんだけどね。
「まずはテストの方を午前中にぱぱっとやっちゃいましょ。
今の話はそれから」
僕はカレーを食べ終え、名残り惜しい気持ちで残った福神漬をかき集めて平らげる。
それも済むと僕待ちだったトンビさんに声をかける。
「じゃあお腹もいっぱいになったし、テスト始めてもいいよ」
待ってましたというようにトンビさんが口を開く。
「じゃあ最初のテスト。完璧に女の子のふりをするテストね。
仕草とか話し方とか。間違っても男と感づかれないようにするの。
まずは口調を『ですわ』『ますわ』にすること」
「えっ・・そんな語尾の人、聞いたことない・・・」
「そのくらい極端にした方がいいの!
さあさっきの会話をもう一度言い換えて。
『わたくし、お食事はもうすみましたわ。テストを始めてもいいですわよ』
ほら、繰り返して。あと表情は笑顔でね!」
僕は自分でもわかるくらい堅い笑顔を作って引きつりながら今のセリフを繰り返す。
「わ・・わたくし、お食事はおわりましたわ。テストを始めてもい・・いいですことよ」
言い終わった後、僕は恥ずかしさのあまり、両手で顔を覆いしゃがみこんだ。