危険な境界線
レイヴンとオーマは真正面から向かい合い、互いの腕を掴み合っていた。
レイヴンの細くしなやかな三本の腕と、オーマの剛腕の純粋な力比べだ。
単純な数ではレイヴンが上のはずなのに、馬力が違い過ぎてセレスタの足が後退しそうになる。
だが、力が拮抗している今しかチャンスはない。
「オーマってすっごい力持ちなんだね!僕の腕がミシミシ言ってる!」
「そのまま離すな!俺がやる!」
俺は先ほどの防御でボロボロになっている量産型の右腕で、遠矢の腕にある依形を掴んだ。
依形という障壁を超えて、灼熱が肌を少しずつ焦がす。
痛みに顔が歪んでも、俺は絶対にこの手を離すつもりはなかった。
これは本来なら俺が背負うべきリスクを、他人が背負った結果。
感じる熱と痛みは、俺に対する戒めだ。
「この、クソ人魔……!ハルカから離れろぉ!」
離れる気配が一向にないと分かれば、覚悟を決める。
心身への負担を無視して、俺は依形の出力を最大まで上げた。
そして、硬質な物体がひび割れる音が聞こえたかと思えば、依形オーマは遠矢の腕から離れた。
どうやら、物理ロックを強引に破壊できたらしい。
先程まで空気を圧迫していた熱が完全に霧散し、人の姿へ戻った遠矢が前のめりに倒れる。
地面にぶつかる前に、セレスタがレイヴンの黒い羽毛でしっかりと受け止めた。
「っ、ぐっ……!あっ!くそっ……!」
「コウヤ!?大丈夫!?しっかりして!」
「……大丈夫だ。もう落ち着いた。連絡を済ませて帰るぞ。」
無茶をした代償に、右腕の量産型から俺の人体へ、先程とは比べものにならない痛みが襲う。
俺は軽く眩暈を起こし、制服の下で脂汗を流しながらも、セレスタを安心させようと平気な振りをした。
暴走が初期段階で助かった。あれ以上、精神か肉体のどちらかが人魔側へ寄っていれば、依形を外しても人に戻せなくなっていただろう。
俺とセレスタは依形を解除すると、リーダーへ連絡を入れ、救急車を呼んだ。
現場では必要な連絡だけを済ませて、セレスタと二人で直接報告をしにオフィスへ戻った。
何故か欠勤だったはずの宵宮先輩がいたが、何も聞かなかった。
ハルカは、あの後最寄りの病院に搬送された。
「なるほど。それで、初期段階だったから強引に依形を外して、オーマの完全暴走を阻止したと」
「はい。今回は、その解決策しかその場では思いつきませんでした」
「……ふぅ。いや、よくやってくれたよ。今回の件は、精神的な予兆に気付けなかった、班長である私の責任ね。事後処理は私が済ませておくから、君たちは今日はもう帰りなさい」
「えっ?ですが——」
「帰りなさい。これは命令です」
「あのー、リーダー?アタシも帰っ——じょ、冗談ですやん?働くの楽しいなあ!」
宵宮先輩が蛇に睨まれた蛙のように、デスクで小さくなっている。
俺たちは釈然としない気持ちのまま、帰路に着いた。
「ねぇ、ハルカはどうなるのかな。僕がもうちょっと早く到着してれば……」
「お前は十分頑張ったさ。とりあえず依形は回収されて検品行きだろうな。討魔士に問題があったのか、依形に問題があったのか、それとも別の何かが原因か……」
帰り道ではお互い暗い表情のまま一言も発さず、自宅に着くなりセレスタが問いかけてきた。
答えた俺も、誰かに正解を言ってもらって安心したかった。
依形には未知な部分が多い。そもそも、材料となる人魔についても人類は深く理解できていないのだから。
討魔士は、常に人魔と人の境界線も行き来しているのだ。
唯一の例外は、目の前のこいつぐらいだった。




