帰る場所
僕は伸ばした手を、もう片方の手で掴んだ。本能と理性が、ぶつかり合う。
飢えを満たせ、喰らい尽くせ。頭の中でそんな声が反響する。
やめろ、やめてくれ。誰か、僕を止めて。息の根を止めてもいいから。
お願いだから、僕を僕のままでいさせて。
そんな願いが通じたのか、意識を失っていたコウヤが咳き込み、ゆっくりと体を起こした。
周囲に目を凝らし、地面に転がっているレイヴンを拾うと、迷わず僕に近寄ってくる。
僕はついに我慢できなくなって、コウヤの肩に嚙みついてしまった。
半人魔化の影響で鋭くなった犬歯が、コウヤの筋肉質な肩に突き刺さる。
「大丈夫だ。俺が生きている限り、絶対にお前を化け物なんかにさせない」
コウヤは痛みに顔をしかめながらも、僕の腕にレイヴンを装着し直した。
そして、例のアンプルを取り出すと中身をレイヴン越しに注入していく。
薬が僕の理性を引き戻し、自然と口がコウヤの肩から離れた。
唇から垂れた鮮血と、勝手に溢れる涙が地面に滴り落ちた。
「あ、あの……僕、コウヤを助けたくてそれで……!約束破ってごめんなさい。こんなことして、ごめんなさい」
「分かってる。全部、分かってるから泣くな。この怪我は、今回の戦闘が原因だ。他の人間にはそう話せ。いいな?」
僕は頑張って泣き止むと、コウヤの言葉に何度も頷いた。
「おい二人とも無事か!?戦況はどうなってる!?さっき、そっちの地区が光って、甲型どもがほとんど消えたけど何があった!」
電波障害が復旧したのか、通信機からアカネの焦った声が聞こえてきた。
コウヤが僕の方を見て、目で語りかけてくる。「何も言うな」と。
「セレスタは無事ですが、俺は少し右肩を負傷しました。戦況を報告します。A-4地区にて蛹と遭遇。破壊を試みましたが間に合わず、丙型人魔が誕生。二人で交戦した後、対象は戦闘区域から離脱しました。……それと、避難所が一つ、被害に遭いました」
アカネに報告している最中、西にある丘陵地の惨状に気付いたコウヤは、目を見開いて唇を噛んだ。
きっと、自分のことを責めているに違いない。コウヤは何も悪くないのに。
「っ……コウヤはさっさと救護班の世話になれ。セレスタはA-3地区でアタシたちと合流しろ。市街地に残る甲型を、全部排除するぞ」
「了解。すぐ、そちらに向かわせます……というわけだ。先輩たちに、余計なことは話すなよ。それと、ちゃんと口元を洗え」
別れ際、どれだけ僕が心配なのか、改めて釘を刺された。
心配しすぎな気もするけど、コウヤの考えも分かる。
僕が、人間を傷付けたことが討魔局に知られたら、また研究所に逆戻りだから。
それから、僕は命令通りアカネたちと合流し、市街地に隠れ潜む甲型の残党たちを狩っていく。
二人とも心身ともに疲れ切っていたので、僕が遊撃に回って、積極的に人魔を探す。
今は、何も考えずに戦えることが大事だった。
朝焼けが街並みを染め上げる頃、ようやく澱みが晴れた。
市街地から、完全に人魔がいなくなったのだ。
三人で、噴水が止まった公園のベンチに力なく座り込んだ。
さすがの僕も、戦闘続きで満身創痍だった。
「ったく、いつもはすぐ襲い掛かってくる癖に、今日に限って逃げ隠れしやがって」
「そうですね。復帰したての体には、なかなか堪えました……」
二人の愚痴に耳を傾けて休んでいると、通信機からリーダーの声がした。
「全員、帰還して。討魔局本部から、重大発表よ」




