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レイヴン ― 境界線上の者たち ―  作者: 徴《しるし》
異変の始まり(本編)

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討魔士

 面白い話が聞きたい?そしたら、少し怖い昔話をしてあげようか。



 今は昔、都(みやこ)では人を食らう、飢えた怪物がおったそうな。


 その怪物には、お侍さんの刀も槍も効きやせん。 


 でも、共食いはできた。そう、怪物の爪や牙は、怪物に効いたのさ。


 だから、人は怪物を退治するために、怪物の力を利用することにしたとさ。



 ん?これから面白くなるところなのに、もういいってかい?


 わがままだねぇ。誰に似たんだか。




 ——現代


 人通りのなくなった市街地を、俺はひたすら走っていた。


 学生時代は陸上部だったから、足の速さにはそこそこ自信があった。



 しかし、あくまでも人間基準での話だ。


「くそっ!いい加減に諦めてくれよ!」


 振り返る余裕はないけど、「それ」が後を付いてきているのは音で分かる。

 四足の獣が、軽快に地を駆けるあの音だ。ドッグランの環境音。


 問題は、「それ」が可愛らしいワンちゃんとは似ても似つかないこと。



「あっ……」


 社会人になってから全力疾走する機会がなかったせいで、足がもつれて転んでしまった。

 これが県大会とかなら、悔しさのあまり泣いていたかもしれない。


 ただ、俺を待っているのは表彰台じゃなく、処刑台だ。


「やめろ!やめろやめろやめろぉ!嫌だ!誰か、誰か助けて!」


 前のめりに転んだ俺の背中に、「それ」が爪を立てて拘束する。

 鋭い痛みが走っても、どうにか抜け出そうと俺は必死にもがいた。

 こんなところで死ねるか。明日は給料日なんだ。



 そんな抵抗も虚しく、「それ」はワニのような大きな口を開き——



 横から突如として飛来してきた、黒い塊に吹き飛ばされた。


「えっ?た、助かった?」


 さっきの祈りが神様に届いたのか。特に信仰はしてないけど。

 俺は黒い塊が飛び出てきた方向を見た直後、あまりのことに泡を噴いて意識を失った――。




「あ、ショックで気絶しちゃった。コウヤ、この人を安全なところまで運んで。片付けて来るから」


 男が気を失う前に見たのは、異形だ。

 黒い羽毛に包まれた上半身、鉤爪の付いた三本の腕、鴉の頭部。

 瞳は透き通るような青色で、感情の色がある。 

 そして下半身は10代半ばほどの、人間の細い脚だった。


「分かった。救護班の手配をしておく。すぐに戻る。」


 異形からコウヤと呼ばれた20代前半の青年は、琥珀色の瞳で引き渡された男性の傷をサッと確認し、現場を離れた。



 僕は二の腕にある機械仕掛けのアームバンド——「レイヴン」に目をやる。

 この依形(よりがた)が無ければ、実際のところ同じかもしれない。



 さて、そろそろ、先ほど軽く吹き飛ばした人魔(じんま)が起き上がる頃合いかな。

 胸元の通信機に向かって、ちゃんと聞こえるように声を出した。



「討魔士(とうまし)のセレスタ、これから対象を討伐します」



 ――翌日


 今日は非番。僕は誰にも何にも邪魔されず、朝から好きなだけ寝るつもりだった。



 それなのに口うるさい同居人が部屋に突撃して来て、なんとお布団を剥いでしまった。

 トレーニングなんてしない僕とは違う、コウヤの筋肉質な腕からお布団を助けるのは、残念ながら不可能だった。


「おい起きろセレスタ。とっくに朝だぞ。さっさと朝飯食って、着替えろ」


「休みの日ぐらいもう少し寝かせてよ。昨日は犠牲者0人で頑張ったし」


「犠牲者0人は討魔士として当たり前だ。それに今日は卵の特売だから、開店直後に行かないと売り切れる」


 こうなるとコウヤは絶対に折れない。

 金持ちの家に生まれた癖に、妙にケチ臭いところがある。

 僕は渋々と言った感じでベッドから出て、リビングに向かった。



 食卓にはサラダとホットミルクが付いたトーストセットが置かれている。

 食事をする前に色素の薄い、水色の長い髪を後ろにまとめて、髪紐で一つに縛る。


 いつも座る席に行くと、ごまだれドレッシングをサラダに適量出してから手を合わせた。

 隣の部屋からは、掃除機の駆動音が鳴り始める。僕の部屋だ。

 コウヤみたいに髪を短くしていないから、抜けた毛が目立つらしい。色も黒くないからね。


「いただきまーす。……ねぇ、掃除機うるさい。後にしてよ」


「早く起きないのが悪い。ちゃんと噛んでさっさと食え」


 ちゃんと噛めと早く食べろは本来両立しないはずなのに、コウヤは意地悪である。

 食事をしながら、脳内で今日の予定を組み立てる。

 商店街のスーパーにコウヤと一緒に買い物に行って、お昼寝して、三時のおやつを食べて、夕方のアニメを見る。


 うん、我ながら完璧な休日だ。


「んー……何か、大事なことを忘れている気がする。まあ、いいか」



 何か忘れていたとしても、明日はどうせ出勤日だ。

 明日のことは、明日の僕が何とかしてくれるに違いない。

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