忘年会
ハルカが復帰した週の半ば、お昼休みにアカネから忘年会の話が飛び出た。
最近は、一時期に比べて澱みの発生件数が減り、主な仕事は来年に向けての準備が中心になっていた。
もう来週にはクリスマスがやってきて、すぐお正月。討魔士の仕事をするようになってから、一年があっという間だった。
僕の発作も、あれから一度も起きていない。コウヤの言う通り、あの時は人魔との戦闘が続いたから、その疲労が原因だったのかな。
「新人くんは忙しくて出られないらしいから、第五対策班だけでもやろうぜ。なあ、いいだろリーダー?」
「そうね。去年と違って、三人ともすっかりここに馴染んだし……どうかしら。もちろん、強制じゃないから安心して」
僕はコウヤに合わせるだけなので、あえて返事はしない。
だって、家に一人だとお夕飯がカップ麵になってしまう。料理、洗濯、掃除はコウヤの担当だから。
コウヤとハルカは、忘年会に誘われると少し悩んだ後、全く同じ答えを口にした。
「「ご迷惑じゃなければ、参加させてください」」
完全にシンクロした二人の答えに、アカネがお腹を抱えて笑っている。
リーダーも口元を手で隠して笑いながら、僕の方に目配せをしてきた。
意図を理解した僕はすぐ頷いた。これで、第五対策班のメンバー全員が参加する、忘年会の開催が決まった。
週末の夜、アカネが予約していた居酒屋に僕たちは全員集まっていた。比較的新しいお店みたいで、掘りごたつのテーブルはピカピカだった。
時期が時期だからか、店内には同じような集団が他にもいた。
最初に注文した飲み物が全員に行き届くと、アカネは勢い良く立ち上がった。四人の注目が集まる中、わざとらしく咳払いをし、挨拶を始める。
「えー、ではワタクシ、宵宮アカネが幹事として、挨拶をさせていただきます。今年も色々ありましたが、皆さんの協力もあって無事に、無事に——あ、メモ帳どっか行ったわ。いいや、とりあえず乾杯!!」
「「「「乾杯!」」」」
アカネの雑な音頭に合わせて、お互いのグラスを軽くぶつけ合う。
僕はお酒が飲めないので、オレンジジュースだ。まだ二十歳じゃないからね。
「えっ!?リーダーって、一般枠で入ったんですか!?短期討魔士の予定だった、ってことですよね」
「そうそう。もう5年ぐらい前かな?懐かしいわね」
「ほらほら若いんだからもっと飲めるだろ?遠慮するなって」
「だから、いつの時代の上司ですか。そろそろ出るところ出ますよ」
この忘年会はハルカの復帰祝いも兼ねていたので、リーダーの隣にはハルカが座っている。
コウヤの隣はアカネで、少しかわいそうだった。飲まない僕は出入口付近で、注文の受け渡し係だ。
僕はふと、疑問が湧いてハルカたちの会話に入った。
なかなか聞く機会がなかったリーダーの経歴について、知りたくなったのだ。
「どうして、リーダーは前線に出れなくなったの?前は、討魔士してたって噂で聞いたけど」
和気あいあいとしていた場の空気が、一瞬で凍った。アカネの三白眼が、刃物のように鋭くなる。
僕は、自分が変なことを聞いた自覚がなく、慌ててコウヤに視線を送り、助けを求めた。
「……怪我が原因で引退する討魔士は、そんなに珍しくない。命懸けの仕事だからな。リーダーは特別優秀だったから、そのまま班長に任命されたらしい」
「そ、そうなんだ。僕、あんまりそういうの知らないから」
「まあ、これでも色々あったのよ。みんな好きなもの注文してね。今日は私とアカネが全部出すから」
コウヤとリーダーの助け船で、何とか場の空気は元に戻った。
どうやら、踏んではいけない地雷に、顔面からダイブしてしまったらしい。
そういえば以前、乙型人魔を処理した時のアカネは普段と全く違った。あの時の態度と、リーダーの過去は関係しているのかも。
でも、さすがにこれ以上は大人しくしよう。誰にでも、踏み込まれたくない過去の一つや二つあるし、僕だって、コウヤと出会う前の暮らしは思い出したくない。
それからも問題なく宴会は進み、みんな酔いが回ってきたのか、プライベートな話題が中心になっていた。
僕はおつまみのフライドポテトを頬張りながら、黙って宴会を眺めていた。
素面の状態で、酔っ払いのテンションに付き合うのはとても大変なのだ。
アカネが酒臭い息を吐きながらコウヤの肩に腕を回し、指先を使って下品なハンドサインを見せる。
「なぁなぁ、コウヤは彼女とかいないのか?討魔士なんていつ死んでもおかしくないんだから、ちゃんとやることはやっておくべきだぞ」
「リーダー、この人何とかしてください。なんで、こんなに酒癖が悪いんですか」
「ごめんね。普段の頑張りに免じて、今日は大目に見てあげて」
「……?すみません。そのハンドサインって、どういう意味ですか。討専でも教えてもらった記憶がなくて」
フライドポテトも飽きてきたし、そろそろお肉が食べたい。串焼き、追加で注文しちゃおうかな。
最近、お菓子よりも肉類の方が好きになっている自覚がある。
理由は分からない。でも、お肉を食べていると心が穏やかになる。
もしかしたら、遅れてやってきた成長期かもしれない。コウヤみたいに背が高く——
そんな僕の思考を断ち切ったのは、久しぶりに聞いたスマホの緊急警報だった。
夜間の澱みと人魔の対処は、他の対策班がやることになっている。
この近くで、夜に澱みが発生するのは珍しいけど、仕方ない。時間外だし、一般人と同じように避難しないと。
「あれ?みんな怖い顔してどうしたの?早く避難しようよ」
「セレスタ、これは普通の警報じゃない。よく聞け」
コウヤの説明に従って、スマホの方に耳を傾けてみる。
確かに、パターンがいつもと違う。ぼんやりしていたから気付けなかった。
あれ、待って。この警報のパターンって確か。
「広域範囲の、大規模な澱みの発生だ。丙型人魔が、市街地に出現するぞ」




