震える境界
——現在
僕たちはどうにか状況を受け入れ、半人魔化を解除して、アカネに言葉を絞り出した。
「アカネ……な、なんで?危険な相手かどうか分からな——」
「宵宮先輩、ありがとうございます。助かりました。後処理はこちらでしておきますので、先にお戻りください」
コウヤは僕の言葉を遮って、アカネに頭を下げながら礼を言った。
横目で合図を送ってきたので、僕も慌てて一緒に頭を下げる。
その際、アカネの目が、笑っていないことに気づいた。
「おう、いいってことよ。んで、飲み会はどうする?新人歓迎会やらないのか?」
「彼は一時的な人材ですし、アルコールが大丈夫かどうかも分かってません。せめて、本人にちゃんと確認を取ってからです」
「ハルカが復帰したら、ハルカの復帰祝いと新人歓迎&お別れ会を、一緒にしたらどうかな?」
「お、それいいな!よっしゃ!いい店探しておくわ!んじゃまた後でな」
アカネが視界の端から消えると、ようやく肩の力が抜けた。そのまま、残りの業務を終わらせるために動き出す。
コウヤが近場の計測器をチェックしている間、僕は後片付けを進めることにした。
不思議なことに、乙型人魔の遺体は甲型とは違い、灰となって消えなかった。
アスファルトには、人間とそっくりな赤い血が染み込んでいる。
「コウヤ、これどうしたらいいかな。掃除しないといけないんだけど」
「討魔局と提携してる飲食店が確か、すぐ近くにあったはずだ。そこから大きな袋と、バケツとか雑巾みたいな掃除用具を借りてきてくれ」
「分かった。ちょっと借りてくる」
普段、甲型を相手にしている時は、こんなことまで考える必要はなかった。
僕たちが倒したのは、本当に人を喰らう怪物だったのか。
あれ、そもそも、僕自身はどっちだっけ。
自分の存在に疑問を抱いた瞬間、僕の体に「発作」が起こってしまった。
この数年間、一度もなかったせいで完全に油断していた。
もう、大丈夫だと思っていたのに。解放されたと、信じていたのに。
コウヤが僕の肩を揺さぶって、何か言っている気がする。でも、聞こえない。分からない。
お腹が、空いて、何も考えられない。
苦しい。このままでは死んでしまう。何か口に入れないと。何を。
肉だ。新鮮な肉しかこの飢えは癒せない。人の、肉。
荒々しく息を吐きながら、隣を見る。とても美味しそうな肉が、そこにあった。
「セレスタ、お前は人間だ」
「……あ、コウヤ?あれ、僕、今何を?」
「疲労のせいで、ぼんやりしてたんだ。今日はもう直帰しろ。リーダーには俺から伝えておくから」
「うん、そうする……。なんか、すごく眠い。悪いけど、負ぶって……」
俺は、セレスタの特殊な依形を通じて、薬をアンプルから流し込み、発作を抑えていた。
薬の副作用で、強烈な眠気に襲われたセレスタが、俺に体を寄りかからせてくる。
発作が起きた理由は明白だ。
セレスタの自認が、人魔側へと一時的に傾いたから。
腕の中で寝息を立てるこいつは、完全人魔化した、とある討魔士から産まれた存在だった。




