第三十二話「騎士団本部」
重厚な扉が静かに開く。
王国騎士団本部。
外から見ても巨大だった建物は、中へ入るとさらにその広さを実感させた。
高い天井。
赤い絨毯が真っ直ぐ奥まで伸び、左右にはいくつもの廊下が枝分かれしている。
受付では騎士たちが書類を受け渡し、鎧姿の者が慌ただしく行き交う。
「……広いな。」
「でしょ?」
エキナが胸を張る。
「ここ、本部だから!」
「その説明はもう聞いた。」
「えへへ。」
すると、二階へ続く大階段から見慣れた白い髪が姿を現した。
「来たか。」
「ロマリーさん!」
エキナが手を振る。
ロマリーは階段を下りながら小さく頷いた。
「道中問題はなかったか。」
「ああ。」
「迷わなかったか。」
「エキナがいたからな。」
「そうか。」
相変わらず淡々としている。
だが、その口元は少しだけ緩んでいた。
「団長がお待ちだ。」
「案内しよう。」
三人は本部の廊下を歩き始める。
歩くだけでも、本部の広さがよく分かった。
窓の外には広い訓練場。
別の棟へ続く渡り廊下。
忙しそうに書類を抱えて走る騎士。
黄凰支部とは何もかも規模が違う。
「すげぇ……。」
思わず呟く。
「慣れれば普通だ。」
「慣れる未来が見えねぇ。」
エキナが吹き出した。
「最初はみんなそう言うよ!」
やがて、一枚の立派な扉の前でロマリーが足を止める。
「ここだ。」
コンコン、と二度ノックをする。
「失礼する。」
扉を開く。
「団長、お連れ――」
言葉が止まった。
部屋には誰もいない。
机。
書類。
棚。
椅子。
あるべきものはある。
ただ一つ。
団長だけがいなかった。
「……。」
ロマリーは静かに部屋を見回す。
「またか。」
ため息を一つ。
部屋の隅へ目を向けた。
「リア。」
「は、はいっ!」
赤髪の少女が勢いよく返事をする。
「団長はどこだ。」
「え!? えっと!」
目が泳ぐ。
両手をぶんぶん振りながら必死に言葉を探す。
「えーっと、その、その……!」
隣を向く。
青髪の青年――レンは。
「…………」
静かに顔を逸らした。
額には一筋の冷や汗。
あまりにも分かりやすい。
「えっと!」
リアはついに観念したように叫ぶ。
「ト、トイレです!」
部屋が静まり返る。
ロマリーは無表情のまま口を開いた。
「団長室にトイレはない。」
「あ……。」
リアの顔が真っ赤になる。
「レン。」
「…………。」
「何か言うことは。」
レンは少しだけ口を開きかける。
だが何も言わず、もう一度だけ顔を逸らした。
「…………。」
ロマリーは深く息を吐く。
「セーラ。」
窓際。
本を読んでいた大人な雰囲気の女性ががゆっくり顔を上げる。
「ん?」
「団長はどこだ。」
「さぁねぇ。」
ページを一枚めくる。
そして小さく笑った。
「ふふっ。」
「知っているな。」
「どうだろ。」
にこにこと笑うだけ。
絶対に教える気はないらしい。
「……。」
ロマリーは額を押さえた。
「本当に自由な人だ。」
エキナが苦笑する。
「探しに行く?」
「ああ。」
ロマリーは頷くとソラへ向き直った。
「少し時間が掛かりそうだ。」
「本部内なら自由に見て回っていて構わない。」
「分かった。」
「迷うなよ。」
「努力する。」
「努力では困る。」
即答だった。
思わずソラも苦笑する。
ロマリーとエキナは足早に部屋を出て行った。
「さて……。」
一人になったソラは歩き出す。
廊下を進み、訓練場を覗き、食堂の前を通る。
どこを見ても新鮮だった。
歩いているうちに、人の少ない階段を見つける。
「上……?」
なんとなく登ってみる。
屋上へ続く扉を押し開けた。
心地よい風が吹き抜けた。
何もない。
柵があるだけの、広い屋上。
「……誰もいないか。」
そう思った時だった。
「んー。」
間延びした声。
見上げる。
屋上から続く傾斜の屋根。
その上に、一人の男が寝転がっていた。
片腕を枕にして空を見ている。
昼寝でもしているのだろうか。
「んー、そんなとこ立ってないでこっち座りな。」
男は相変わらず空を見たまま言う。
「……俺?」
「他に誰もいないし。」
返事も軽い。
ソラは少しだけ迷ったが、屋根へよじ登り、少し離れた場所へ腰を下ろした。
「もっと近くでいいよ。」
「いや、ここで。」
「そっか。」
それ以上何も言わない。
静かな時間が流れる。
風だけが吹いていた。
不思議な空気だった。
初対面なのに、気まずくない。
話さなくてもいいような。
そんな空気。
男がぽつりと口を開く。
「黄凰から?」
「ああ。」
「遠かった?」
「転移だったから、一瞬だった。」
「そっか。」
また沈黙。
普通なら会話が終わるところだ。
それなのに、不思議と居心地は悪くない。
男は空を見上げたまま笑う。
「ここ、気持ちいいんだよね。」
「よく来るのか?」
「暇があれば。」
「怒られないのか。」
「怒られる。」
「じゃあやめればいいだろ。」
「それは嫌。」
即答だった。
思わずソラも笑ってしまう。
「変な人だな。」
「よく言われる。」
男も笑う。
その笑い方は子どものように無邪気だった。
「黄凰はどうだった?」
今度は少し考える。
「いい街だった。」
「うん。」
「人も良かった。」
「うん。」
「帰りたいって思える場所だった。」
男は少しだけ目を細める。
「そう。」
「それならよかった。」
その一言だけが、少しだけ重かった。
まるで何かを確かめるような。
そんな声音だった。
ソラは横目で男を見る。
「アンタは?」
「ん?」
「ここで何してる。」
「昼寝。」
「……仕事は?」
「あとで。」
「サボりか。」
「うん。」
悪びれもせず答える。
ここまで堂々とされると、逆に清々しい。
「怒られるぞ。」
「たぶんね。」
「他人事みたいに言うな。」
「他人事だから。」
「意味分かんねぇ。」
二人で笑う。
その瞬間。
「団長ーーーーー!!」
勢いよく屋上の扉が開く。
ロマリーの声だった。
「ようやく見つけたぞ!」
「またこんな所で昼寝をして……!」
エキナも顔を覗かせる。
「あっ! 本当にいた!」
男は寝転んだまま片手をひらひら振る。
「おー、お疲れ。」
「お疲れではない!」
ロマリーが鋭く言い返す。
ソラはゆっくりと隣の男を見る。
「……団長?」
ロマリーは一つ咳払いをした。
「あぁ、めんどくさくて挨拶後回しにしてたな」
黒髪の男はゆっくりと体を起こし、小さく伸びをする。
そしてソラへ手を差し出した。
「初めまして。」
「俺が王国騎士団、団長のニアン。」
「よろしく。」




