エピローグ
「随分遅いお帰りじゃないか。まさか朝帰りになるとは思わなかったぞ」
「だって報告書書いてたら夜になっちゃったんだもん。ただでさえ3日間だった試験を2日伸ばされ、かなりムチャな事までやらされたんだよ。その上レポートを仕上げてから帰れだなんて……労いの言葉の1つくらいかけて欲しいよ」
「それについてはお疲れさん。だがそれと帰りが遅かったのは別だと思うがな」
「何それ?」
合計5日間に渡る試験を終わらせ、その翌朝一番で帰ってきた翔子を、茂原基地701飛行隊整備班所属の新野大地曹長が出迎える。彼は翔子の準専用機「『飛燕』23型特」の機付主任であり、またさくら達が事ある度に翔子イジメの材料として名前を出していた相手でもある。
翔子とは701が発足した当時から主に飛行機の事で幾度となくぶつかり合ってきた腐れ縁で、それを端から見ると「とても良好で親密な関係」に映るらしい。
本人達の気持ちは…言うだけ野暮かも知れないが、お互い素直になれず、悪友のような関係、という距離感を保とうとしていた。「それ以上だろう」という感覚を認めてないのは当人達だけだから、からかいの対象になってしまうのである。
それはさておき、つれない反応の大地に向かい、翔子は試験の苦労話を切々と語る。特に昨日急にぶっ込まれた『震電』改修7号機による空母への擬着艦の件は特に熱く語っていた。どういう内容かというと──
当日の朝、試験内容打ち合わせの段になって、横空司令の駒田少将から空母への擬着艦を、何の前振りもなく申し渡されたのだ。何でもこの1週間、房総半島沖から駿河湾にかけて多数の空母が展開して演習を行っているから、そこにまぎれ込んで『震電』の可能性を確かめて欲しいとの事。丁度母艦飛行隊が休養日でほとんど離着艦を行わないらしいから、この機会を逃すなんてもったいない、とまで言われたのだ。
翔子としてはやってやれない事もなかったがその必然性が感じられず、何故の試験なのか駒田少将に尋ねた。すると割と正直に「ジェット『震電』が海軍でも導入予定なので、今ある機材で試してみたくなった」と答えてくれた。
この『震電』はレシプロエンジンなのでプロペラがセットになっているので危険、という事は少将も重々承知しているらしい。その上で頼み込まれたら…翔子としては断る訳にはいかなかった。テストパイロットとして難題に挑戦するのは当然の事だし、何よりこの7号機の事は下手な人間よりも信頼していたから。という流れでその無茶な試験が決まってしまったのだ。
そして翔子と『震電』は房総沖に集まっている大型空母群に向かう。日頃広大な陸上基地の滑走路で離着陸している翔子からすれば、飛行甲板が大きな方が都合良かったし、甲板を貸してくれる『大鳳』は飛行甲板が装甲化されているため、万が一の事故の際にも被害が最小限で済むと考えられたからだ。
空母群の上空まで来ると日本空母の中では最大級の『翔鶴』型2隻と『大鳳』型4隻、航空油槽艦と呼ばれる(比較的)小さな簡易空母が4隻に『翔鶴』型より一回り以上大きな2隻の空母がそれぞれに輪形陣を組み、整然と1つの巨大な艦隊を形成しているのが目に入ってきた。
「こっちのグループだけで12隻も空母がいるんだ……でもあの大っきな空母はなんて名前なんだろ? まだ座学でも見た事ないんだけど」
翔子はとりわけ大きな空母に興味が湧く。今日試験で擬着艦をする『大鳳』より大きな空母があるのならそっちの方がやりやすいだろうし、それにもまして初めて見る名前すら分かってない存在が気にならない訳がない。しかし悲しい事に尋ねる相手がいなかった。無線で聞く訳にもいかないし…などと考えている内に『大鳳』から試験を開始するよう促す無線が入ってきた。
「了解しました」
そう返事をすると翔子は『震電』の高度を落として『大鳳』の周りを旋回し始めた。空母への着艦は2年ぶりなので慎重にタイミングを図る。もっとも今回は擬着艦、以前実際に着艦したのに比べれば気持ちは楽だったのだけど。
数度旋回した後にようやく意を決して着艦コースに入る。が直前になって着艦を取りやめた。艦の動揺が気になったからだ。今日は風も波も穏やかで、本職の母艦乗り組みパイロットなら意にも介さない程度の縦揺れだったのだが、地震以外では揺れる事なんてない地上の滑走路からしか基本離着陸しない空軍所属の翔子にとっては、一瞬着艦を躊躇うくらいには気になるものなのである。
「すみません。やり直させてください」
「構わんよ。機体や艦を壊すくらいなら何度やり直したって構わない。だがあまり出来ないようなら試験は中止してもらうがね」
翔子の謝罪に対し『大鳳』の艦長らしき人物から直接返事が返ってきた。その思いがけない温かな言葉に翔子は発奮し、再び着艦コースに入れるよう『震電』を操る。すると一発で着艦コースへと戻って来られた。
「今度はちゃんと降りてみせるからね」
翔子の独り言のような呼びかけに『震電』はバンクを打って答える。自分ははじめから覚悟はできていると言いたげに。その反応に成功を確信した翔子は『震電』の脚を出し、更に速度と高度を落として着艦体勢を取った。
着艦誘導灯に従い適切な角度で降下していく『震電』。待機所から見つめていた熟練パイロットから「ウチの新人より上手いんじゃないか?」と声があがるくらいの理想的な操縦で。
そして艦尾が変わった瞬間更にスロットルを絞って失速、大きな、だけど激しすぎない音を立てて『震電』の車輪が『大鳳』の飛行甲板とキスをして、翔子は1回目の着艦を成功させた。が擬着艦試験である以上離艦できて初めて成功と言えるのである。そのため着艦と同時にスロットルを再び全開にし、飛行甲板をフルに使って空へと舞い戻った。
そのあと2回擬着艦を繰り返して試験は終了した。特に問題もなく、強いて言うなら実際にフックを引っかけて止まってみないと分からない、という今回の試験を根幹から揺るがしかねない結論に達した事が問題だろうか。
だからといって今回の試験が無駄だったという事ではなく、この『(零号)震電』が空母に着艦できるのなら、海軍が本命視しているジェット『震電』だってできると一応の証明にはなったのは間違いない事実であろうから。
『大鳳』の艦長や飛行隊長から称賛の声を浴びてから翔子は横須賀への帰途へつく。そう言えばあの大きな空母はなんて名前だったのだろうと思いながら。翔子が何とかその空母の名前を聞けたのは横須賀に着いてからである。超大型豪華客船『舞姫』『乙姫』となるはずだった両船が柊造船の自腹で空母に改造されて『戦姫』『美姫』と名を変えたと駒田少将が教えてくれた。名前が日本空母の命名法から外れているのは、柊造船が独断ながらも自腹を切ったからこそ認められたもので、社長の柊華香が名付けたとの事。その他にも普通の空母と異なる点は多いが、今は関係ないので敢えて語る事はない。
その話が聞けた昼食後、簡単ではあるが確実に二度手間な仕事が翔子に与えられる。横須賀基地で行う試験は終わったのだから、速やかに『震電』を成田基地に運んでしまうように、と駒田少将からあっさりとした口調で言われたのだ。その冷たいとさえ言える対応に噛み付いた翔子だったが、「こちらが頼んだ母艦での試験はそちらから頼まれた促進台を用いる試験の代価」と言われてしまうとそれ以上何も言えなかった。
さくらが自信がないと拒否したために翔子が両機共運ぶ事に。まずは13号機がさくらと本庄・西両准尉に上村伍長達整備士は海軍が厚意で出してくれた輸送機で成田に帰還。その輸送機に乗ってとんぼ返りで横須賀に戻った翔子は改修7号機を駆って改めて成田基地へと戻ってくる。その後すぐに報告書をまとめる事ができたらその日の内に茂原に帰れたはずだが、時任司令達が横須賀での試験の首尾を長々尋ねてきたのでそれが叶わず、報告書に取りかかれたのは夕方になってからだった。で全ての報告書を書き上げたのは今日になってからである。そして司令に叩き付けるように報告書を提出すると『震電』7号機に飛び乗り、茂原へと帰ってきたのだった。
「それは思った以上に大変だったんだな…でもそれと帰りが遅くなったのはイコールにはならないぞ。お前の事だから報告書だって手を抜かず、かえって不必要な細々したところまで書き込んであるんだろ。それなら話し合いを拒否して報告書を読んでくれれば分かると逃げる事も可能だったんだじゃないか? なのに話し込んだのは相手に気を遣ったのもあるだろうけど、結局はお前が話したかっただけだろう」
大地は翔子の苦労を分かってくれながらも、最終的には帰りが今日になった事を非難した。何もそこまで言う事ないじゃない、そうは思いながらも上手い反論の言葉が出てこないのは、大地の意見が強ち間違ってないからである。促進台の有効性や空母への擬着艦を行った時の感覚、眼下に展開していた機動艦隊の勇壮な姿などに留まらず、横須賀基地で会った人の印象まで聞かれてもないのに話していた事を思いだして反省していた。
自業自得とはいえ何も言い返せないのは悔しい。そこで翔子はいつものような軽口を叩いて、話の主導権を自分側に持ってこようとした。
「なーに大地。もしかして寝ないで待っててくれたの? 目が真っ赤じゃない。だからそんなにつれない反応なんでしょ」
我ながらムリあるわー。翔子は言ったそばから後悔していた。大地は明らかに呆れた表情をしていたし、何より言った自分が恥ずかしい。その上話の主導権も取れなかったみたいだ。
「……。昨夜は普通に夜勤の日だ。来もしない敵機に備えてな……それよりそいつが新しい相棒か? 折角『飛燕』を隅々までバラして万全の状態に仕上げておいたのに、あっさり乗り換えちまうんだな」
「…ちっ、違うっ! 『震電』は今回の試験対象で、もう少し様子を見てくれって頼まれたから一緒に来たのっ。それに量産が始まったらまずこの基地に配備されるらしいから、見慣れておいた方がいいでしょーっ。『飛燕』は『飛燕』でちゃんと乗るもんっ」
『飛燕』という愛機がありながら新たな相棒候補に乗って帰ってきた事を大地から皮肉混じりにツッコまれ、ムキになって反論する翔子。確かに自分は1人しかいない訳だから2機同時に乗る訳にはいかない。無論目的が違うのだから乗り分ける事は可能。『震電』改修7号機は本来成田で行う試験を茂原で引き続き行うために託されたものであり、通常の防空任務は当面『飛燕』で行うつもりだった。ちなみにその成田基地では改修4号機と横須賀での試験でも使った13号機、そして16号機で試験を行っていくらしい。促進台まで短距離離陸の研究も行われるそうだ。それはさておき、熱くなる翔子とは対照的に大地は冷静な分析をしていた。
「それで20人くらい成田へ出向が決まったのか。新型機導入に備え、整備方法の研修のために2週間ばかり明日から人数が減るから、その間のやり繰りが大変だと思っていたんだが、理由が分かれば仕方ない事だな」
「って大地、急に話を変えないでよっ。私1人が暴走してるだけみたいじゃない」
「割といつもの事だと思うけどな。ま、話を変えちまったのは申し訳ない。お前の話の中に『震電』が量産された暁にはウチに配備される、ってのがあったから、それが20人もの大量出向の理由かと気付いたら思わずそれを口にしていた」
翔子との会話を放り出してまで気が付いた事について口走ってしまった事を素直に謝る大地。それで翔子の気持ちも少しは落ち着いた。
「……そうなんだ。でもそんなに整備士さん達が一時的でもいなくなったら、仕事量が増えて大地達も大変じゃない? それとも私達の活動が縮小するのかなあ」
「飛行隊には迷惑かけないさ。少なくとも榊さんはそうハッパをかけていたからな。でもそんなにソイツ、『震電』って言ったか? の整備って面倒なのか? わざわざ研修が必要なくらいに」
「どうなんだろ? 試作機って事で私でもあまり細かい所は触らせてもらえなかったし、エンジン始動すら整備士任せだったくらいだから……でも間違ったら大変な所もあるよ。前翼式だから昇降舵の働きが逆になるんで、繋ぎ方を間違えたら大変」
「随分面倒な機体なんだな。だったら研修に行った奴らが戻ってくるまでの間、コイツの整備はどうするんだ? 俺だってマニュアル見ながらやるんだとしても、ちゃんとできるか分からねぇぞ」
翔子の説明に気後れする大地。パイロットとはいえ整備士としての技術も持ち合わせる翔子が触らせてもらえなかったくらいなのだから、とても繊細な機体なのだろうと認識する。自分に自信がない訳ではないが、翔子が乗る機体の整備を疎かにしたくない。もし自分ができないのならできる奴を呼んで欲しい。万全な整備を行うためなら中途半端な自尊心なぞいくらでも捨ててやる。それが大地の整備士としての矜持だった。
そんな大地の真摯な態度に翔子は少しドキッとした。がそれも一瞬の事。次の瞬間にはまた軽口を叩いてしまう。
「だいじょぶっしょぉ。大地の整備技術があればね。それに私だって手伝うし。2人いれば『震電』の整備だってできるって。とりあえず2週間くらいなら『震電』だって我慢してくれるよ。多少行き届かない整備しかできなくって」
翔子はそう言うと『震電』の機首を撫でた。今言った事を『震電』に納得してもらうために。今はエンジンを切っているため何の反応もなかったが翔子の気持ちは伝わったようで、何となくではあったが「分かった」と言ってくれたように思えた。が同時に余計な事まで言ってきたように感じたので、そちらの方は完全に無視する事にした。さくら達の影響でも受けたのかな、そう思わざるを得ない翔子なのであった。
「ホントそれでだいじょぶみたい。その代わり私達だけでしっかり整備するからね」
「お前がそこまで言うなら付き合うけど……整備用のマニュアルとかあるのか? 持ってるなら先に貸してくれないか。しっかり読み込んでおきたいから」
「相変わらずマジメだね~。今すぐ出すからちょっと待ってて」
そう言うと翔子は地面に置いていたリュックの中を漁り出す。その中には3日分の生活用品も入っていた訳で、
「おいこら、こんな所で服散らかすな。だぁ~っ、下着までっ! そーいうもんは小袋にでもしまっておくもんだ。年頃の女子ならっ!」
「だったら見ないで、このえっち! はいこれマニュアルっ。それ取ったらちょっと後ろ向いててよっ」
どっちの女子力の方が高いのか分からなくなる会話の後、大地は『震電』整備マニュアルを手にできた。しかしそういう物と一緒にリュックに入っていたためヨレヨレでうっすら湿っていたが。
「ったく、飛行機と接する時のように他の事にも繊細になれれば、少しは女っぽくなるだろうに」
ちょっとだけ嫌な顔をしながら大地はマニュアルをめくる。すると流し読みながらページを進めていく内にそのマニュアルが、簡潔ながら要点を押さえており、非常に分かりやすい出来であると分かった。
「これ、すごく分かりやすく書かれてるな。整備そのものは独特だが、これが頭に入っていればすぐに一通りの整備ができそうだ」
「でしょ? それで2週間くらいなら2人で何とかできるって言ったの。だからそんなにイヤな顔しないでよ。そこまで臭くはないでしょう?」
「お前の匂いなら臭いとは思わないわ。ただ雑な行動が気になっただけだ」
マニュアルに集中していたためか、色々とツッコミ対象になりそうな発言をサラッと言ってしまった大地。本人は気付いてないようだが、本来そういう事には疎い翔子ですら様々な意味を想像してしまい、ボッと顔を赤らめる。があまりに真剣にマニュアルを読む大地の姿に落ち着きを取り戻し、微笑みながらその様子を見つめていた。
「…で大尉、あれでも2人付き合ってないんですか?」
「なのよ~。それどころかお互い自分の気持ちにも気付いてないみたい。もしかしたら認めたくないだけなのかも知れないけどね。それが怖くて」
「恋愛偏差値低いですものね。せめて小学生の恋愛からは卒業して欲しいですけど、端からみている者とすれば」
などという声が物陰から聞こえてきた。小声で話していたつもりなのだろうが、自分達でも気付かぬ内に少しずつ声が大きくなり、翔子の耳にまで届いてしまったのだ。
「誰っ!?」
声のした方に向かい翔子が声をあげる。すると無理な体勢が耐えられなくなったのか、都合7人の男女が雪崩打つように崩れ落ちてきた。
「何だ何だ? つーか誰だ、そこの4人っ!?」
「さくらに本庄さんと西さんっ、それに上村伍長達っ!? どうして茂原にいるの?」
そう、翔子達の様子をこっそり覗いていたのはさくら達だった。しかし彼女達は成田基地にいるはず。いつ来たのか、何故来たのか、分からない翔子は少し混乱していた。
「ハハハ、大地君久しぶり。私達は時任司令に言われて出向してきたの」
覗き見ていた事と崩れ落ちた恥ずかしさを誤魔化すようにさくらは大地に挨拶すると、簡潔に茂原基地にやってきた理由を述べた。
「とりあえず2週間、私達は『震電』のテストのお手伝いに、そしてこの上村伍長達4人は『震電』の整備とその方法を茂原の整備士さん達に教えるために来たんだよ」
「えっ!? 昨日も今朝もそんな事言ってなかったじゃない。誰1人として」
「いや~。翔子を驚かしてやろうと司令に言われてねみんな黙ってたんだ~。もっとも私達だって急に言われたから準備が大変だったんだから」
驚き尋ねる翔子にさくらはバツ悪そうに答えた。そして他の皆も立ち上がりながら翔子に謝罪する。まあ皆司令の指示に従っただけなのだから彼女達は悪くない。責任は全てあのイタズラ好きな時任司令にあるのだから…と翔子は考えたが、腑に落ちない点が1つ。他のみんなはともかく、さくらはいつ準備をしたのだろう。翔子自身さくらの自室に泊まっていたのだから、自分に気付かれずによく準備できたものだと疑問に思ったのだ。その疑問をぶつけてみるとさくらから意外な答えが返ってくる。
「特に準備なんてしなかったから。茂原の酒保で揃えればいいって時任司令に言われたからね。そして本堂司令の名前でツケておけばいいって」
「流石に俺達は持ってきましたよ。準備がバレたりしないし、茂原の酒保で女物しかなかったら困りますから」
確かにさくら達女性陣はほとんど荷物らしい荷物を持ってない。それとは対照的に伍長達は翔子が持っていたものと変わらない大きさのリュックを背負っていた。もちろん茂原基地だって男性隊員はいるから(むしろ多いくらいだ)購入できないなんて事はないが、遠慮したという事だろう。さくら達がパイロットかつ士官なのに対し、自分達は整備士で下士官以下だったから(加えて男女という超えられない壁もあったし)。そんな事で区別する司令達ではないと思うが、念のため、という事なのだろう。
「それと私達、翔子のすぐ後ろにいたんだよ。ここまでの道程」
「へぇっ!?」
更なるさくらの説明にまたも驚く翔子。みんなは確かに成田で見送ってくれた、手まで振って。成田基地上空で数度旋回した後巡航速度で茂原まで帰ってきたので、所要時間は10分とかかってない。いや安全高度までの上昇時間や多少の寄り道があったので実際には15分程かかってしまったが、それでも自分と『震電』の後ろに付いてこれるものなんて………あった。『震電』整備用の部品の中で小さなものを輸送機で運んできたのだった。
この輸送機は「中島 2式輸送機『茜空』」といい「中島 2式中爆『呑龍』」を本格的に改造したものである。3t以上の貨物を載せ500㎞/h以上の速度と3000㎞以上の航続距離を発揮する優秀な機体である。確かに『茜空』は『震電』より少し遅れて飛び立ち、懸命に『震電』の後を追いかけてきた。そしてさほど遅れず茂原基地に着いたのだから、最高速に近い速度で飛んできたのだろう。そこに乗り込んだのだとしたらかなりギリギリのタイミングだったろうし、双発中型機が緊急時でもないのにそんな速度で飛んでいたのだから乗り心地はかなり悪かったに違いない。そこまでして急いで運ぶ荷物でもないのだから、司令のイタズラ心が疼いた結果だろう。
「ったく、あの司令は……」
翔子は成田基地の時任司令に呆れ、軽く怒りすら覚えていた。正直さくら達が来てくれた事は嬉しい。自分が『震電』のテストを行う際手伝ってくれるだろうし、上村伍長達は整備技術を大地に教え込んでくれるだろうから。だからといってサプライズのためだけにムリをさせたのなら、下手をすれば貴重な人材を失う事に繋がるので、決して許される事ではない。今度会ったら文句を言ってやろう、そう心に決めた翔子なのであった。
その時大地は伍長達に頭を下げながら、
「一応俺の方が年上だし階級も上だが、『震電』の整備に関してはお前らの方が先輩だ。だからお前らがこの基地にいる2週間の間、みっちり『震電』の整備のやり方を教えて欲しい。よろしく頼む」
とお願いしていた。それに対し上村伍長達は恐縮しながら承る。そして伍長が代表して答えたのだが、その言葉のチョイスがよくなかった。
「翔子さんの乗る機体ッスからね。俺らがいなくなってもキチンと整備してくれる人がいてくれるのは頼もしいッス。それも翔子さんに身近な人ならば尚更ッスね」
伍長に悪気はなかった。むしろ翔子の事をよく考えての発言で、なおかつ彼にしては大地の事をたてた丁寧な物言いであった。だが、
「立花の事を『翔子』と呼んでいいのは家族と親族、友人にこの基地の者だけだ! 余所者が気安く呼んでるんじゃねぇ」
と言いながら、手拭いで思いっきり伍長の頭を叩く。大地の必殺技「布ハリセン」である。「布ハリセン」は2つに折った手拭いなどで対象を叩くだけの技ではあるが、布が湿っていればダメージにはならないもののそれなりに痛い。彼が後輩を厳しく指導する際に用いるものである。「尻ビンタ」に比べれば痛みが小さい分、気軽に頭を叩く事ができるので、彼の下に付く者からは恐れられている技であった。それを初めて食らった伍長は、それこそ鳩が豆鉄砲を食らったような顔で大地を見返す。
「『震電』の事で世話にはなるが、茂原には茂原の流儀ってモンがあるからな。それだけは守ってもらうぞ」
「はっ、はいっ!」x4
やはり軍隊は縦社会で体育会系のノリなんだろうか。大地の喝一発で成田からの整備士4人はすっかり黙ってしまう。その後彼らは大地の事を「兄さん」「兄貴」と呼び慕うようになった。その理由は、
「こら大地っ! そのすぐ若い人に手をあげるのはいい加減やめなさいよ。いくら言っても直らないんだから。それに伍長は親しみ込めてそう呼んでくれてるの。悔しかったら大地も私の事『翔子』って呼べばいいじゃない」
と言いながら翔子が大地の事を「布ハリセン」でひっぱたいているのを目の前で見てしまったからだ。それをまともに受けた大地は頭をさすりながら、「悔しいとかそういうんじゃねぇし」と言い訳がましく反論している。その姿を目の当たりにした伍長達の感想は「尻に敷かれている」というものであり、翔子の事を「姐さん」という位置付けにしている彼らにとっては、大地は「兄さん」以外の何物でもなくなってしまったのである。そうこうしていると、
「おう立花、ようやく帰ってきたか。それに沢渡も久しぶりだな。本庄や西は久しぶりと言うにはまだ日が経ってないけどよく来たな」
若い者達だけで盛り上がっていたところに茂原基地司令である本堂大佐が声をかけてきた。その隣には整備科科長の榊少佐が立っている。翔子達を出迎えに来たというだけでなく、新しく配備される『試製震電』改修7号機を見に来たのだろう。成田の時任司令から話は聞いているので、『震電』という変わった、もとい新たな形の機体を目にするのが彼らも楽しみだったのだ。
いつの間にか701の仲間やその他基地の隊員・職員達も集まってきている。そんな彼らに向かって翔子は敬礼をしながら帰投の挨拶をする。
「立花少佐、只今新型機試験任務から戻りましたっ。その試験対象である『試製震電』も共に来ましたので、今後もよろしくお願いしますっ」
そうして茂原基地は日常を取り戻し、新たな1日が始まったのであった。
完──
20章39部分、約1年半にも渡って連載が続いた[零号震電]ですが、ようやく完結させる事ができました。何とか大型連休中に公開できてよかったです。その分雑になってしまったのは否めませんが。
文字数から以前800字詰めで300ページ以上と書いた事がありますが、その時既に400ページを超えていたようです(単純な計算ミスでした)。でもワープロソフトでページ数を計算してみたら500ページ超というボリュームだったのです。もし標準的なラノベにしたら、1ページあたりの文字数がより少なくなるでしょうから、600ページを超える可能性も否定できません。
最初の予定では100ページ程度の中編にまとめようと思っていたのが、書きたい事を全部書いている内に長編、それも2冊分くらいの分量に。文章力・構成力共に足りない証拠です。
そのため最初の頃から読んで下さっている読者の方には長々とお付き合いさせてしまい申し訳ございません。そしてお付き合いいただいた事に感謝の言葉もありません。まだまだ拙い文章しか書けない自分に付き合っていただいたのですから。
[零号震電]はこれで完結ですが、【ヨアケマエ】世界はまだまだ続けていきたいと思ってます。
ただ【ヨアケマエ】シリーズ以外にも色々と書いていきたいものがあるので[零号震電]のような長編が書けるかは分かりませんが、どんな形にせよ【ヨアケマエ】シリーズは自分のライフワークです。
ですので【ヨアケマエ】シリーズ次の展開をお待ちいただけたら幸いです。
[兵器紹介]シリーズは普通に継続しますけど、その他の物語要素の強いものも書きたいですから。
だけど今年はif戦記でないファンタジーものも書いてみたいと考えているので、少し距離を置いてしまうかも知れませんけど、必ず【ヨアケマエ】シリーズは続けていきます。
if戦記が好きな方は【ヨアケマエ】シリーズの次回作を、とにかくいろんな作品を読んでみたい方はジャンルを問わず作者の次回作を期待してお待ちいただけたら幸いです。
最後に改めて[零号震電]の完結までお付き合いいただきありがとうございました。
追記──19/06/05
別の小説に合わせて登場人物「柊華香」の読みを変更しました。
元々のルビには「はなこ」となっていたと思いますが、今回「はなか」へに変えた次第です。
これはその小説をスマホで書いているのですけど、変換機能の関係で「はなこ」のままでは上手く変換させられなかったのに、「はなか」と打つとすぐに出てきたため、このキャラは「はなか」の方が正解と思ったからです。
今後その小説を投稿していきますので、そちらも読んでいただけたら幸いです。




