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ヨアケマエ外伝・零号震電  作者: うにシルフ
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第十章 騒動Ⅰ

第十章 騒動Ⅰ



 道中意外な事があり色々考えさせられた遊覧飛行、もとい『試製震電』慣熟のための房総半島1周試験飛行は約50分程で終わりとなった。船橋辺りで陸地に差し掛かった時点で成田基地には連絡を入れておいたから、着陸の準備はすっかり整っていた。

 日没までにはまだ時間はあったが、かなりの数の地上誘導員達が出てきており、万が一に備え消防車や救急車も数台待機。エプロンの方を見れば整備士達だけじゃなく、さくらや隊長を含めた試験隊の面々、更には時任司令の姿もあったような気がする。

 いくら翔子の動体視力が良いと言っても『震電』は未だ200㎞/h以上の速度で飛んでいる訳だし、また距離もあった。ので体つきなどからそうではないかなと漠然と思った程度で、はっきり確認した訳ではない。が真っ先に飛んできて文句を言いそうな人物、岩和田少佐っぽい人影はなかったように思える。

 腹を立てすぎて出迎える格好になるような事はせず、奥で待ちかまえているのかなと思った程度でそれ以上は気にせずに、一度滑走路をパスした後に翔子と『震電』は着陸態勢に入った。

 管制は成田基地全体の主管制室から行われ、その分指示も的確だったが、本庄・西両准尉でなかった事が気になる。もっとも岩和田少佐が出てきてないので、それに付き合わされているのだろうと翔子は解釈した。

 自分の行動に部下を巻き込まないでよと翔子は思ったが、今日自分はそれ以上に他人を巻き込む自分勝手な行動をしているため、あまり他人の事は言えない。それに『震電』について感じた事を報告しなければならないので、岩和田少佐にだって出てきていてもらった方が都合が良かったのだ。後で報告書の形にまとめるとはいえ、一刻も早く口頭で伝えておきたい事もあったから、せめて誰か1人でいいから航技研出向組がいて欲しかった。そう思いながら滑走路に向けて最後の旋回を行う。

 管制からの指示に従い『震電』はキレイな3点着陸をきめ、徐々にスピードを殺していく。そして一旦完全に停止したのは、試験隊詰所の丁度真ん前だった。

 その瞬間、固唾を呑んで見守っていた者達からどっと歓声が沸き上がる。そのまま『震電』の方へ駆け寄ってこようとする者もいたから、翔子は慌てて『震電』を誘導路からエプロンの方へと向かわせる。とりあえず他機の飛行に差し支えないエプロンまで来るとすっかり取り囲まれてしまい、『震電』はそれ以上身動きが取れなくなってしまった。

 この時まだエンジンは止まっていない。ので近付くのは大変危険なのだが、その辺は勝手知ったる航空隊の隊員達である。プロペラのある後部からではなく、機首側からの半包囲状態だった。それがより一層翔子に圧迫感を与えていた。

「みんなちょっと落ち着いて。別に強力な敵機を墜とした訳でも、何か記録を達成した訳でもないんだから騒ぎすぎだよ」

 翔子は困惑しながらも皆を静めるため、キャノピーを開け大声で呼びかける。

 エンジンは冷却のため今しばらくは動かし続けなければならない。そのため身振り手振りを交えて叫ぶように訴えかけた。本人からしたら懇願のような感じだったであろう。がその身振り手振りが逆効果だったようで、翔子の顔を見た途端、騒ぎはかえって大きくなった。

「何なのよ、一体~」

 本当に訳が分からず、翔子の混乱はますます強くなる。自分のいなかった1時間弱の間に何かとんでもない事が起こったのだろうか、それとも今日起こった事全てが夢か何かで、楽しいパートがあった分、一転してこれからは恐怖のパートに突入するのだろうかと、とにかく不安に駆られてオロオロしてしまっていた。

 それを救ってくれたのは、やはり時任司令であった。

「お前ぇら、静かにしろぉっ、立花がビックリしちまってるじゃないかっ」

 その声が一番大きく翔子を別の意味で驚かせる。が司令の一声は効果覿面で、瞬時に群がっていた者達を黙らせ、『震電』から少し距離を取らせた。それでも熱気の方は収まっておらず、静かに沸騰するお湯のように無言のどよめきが、いまだ『震電』を中心とする空間を支配している。

 そのため翔子の不安感は完全には拭いきれず、助けを求めるかのように近付いてくる時任司令を見つめていた。

「立花すまんな。お前が散歩に行ってる間、めでてえと言っちゃあ何だが、我々にとっては喜んでもいいような事が起こったもんでな。その立役者が他ならぬお前だったもんだから、感謝の意を伝えようと集まっちまった。もっとも事情を知らないお前からしたら、ちょっとした恐怖映画みたいになったようだが、こいつらに悪気は一切ねぇから許してやってくれ」

「そう思うなら、その事情ってヤツを話して下さいよ~」

 コクピット左側下方で翔子を見上げるように仁王立ちしている時任司令に対し、半泣きで説明を求める翔子。司令の声は『狼星』エンジンの爆音(もっともアイドリング状態なので、かなり控えめであったけど)に負けずよく通ったが、翔子の方はそうはいかない。

 横目で計器を確認すると油温・筒温共にまだ少し高かったが、急にエンジンを切ったからといっていきなり壊れる程ではない。まあ場合によっては機嫌を損ねるかも知れないが、そこは整備士達の腕を信じているし、何よりこの『震電』に明日乗るのは翔子自身だ。今日の感じから見て多少エンジンが不調であっても充分テストはこなせると思う。ので『震電』に謝りながらエンジンを切って、改めて説明を求めた。

「一体何が起こったんです? 分かるように説明をお願いします」

「俺が言うより本人から直接聞いた方がよく分かるだろう。だから俺の口からは言わん。それより誰か、脚立を持ってきてやれ。じゃないと降りても来れんだろうからな」

 翔子は真摯にお願いしたつもりだった。が司令は半ばいたずらっぽくはぐらかし、説明をしてくれない。もう一度尋ねようとしたらあっという間に脚立が2人の間に運び込まれ、気勢が殺がれてしまった。まあこの司令の事だから、これ以上追求しても答えてはくれないだろう。ただ同時に今起こっている事がさほど深刻ではない事は分かった。

 時任司令はふざけるのが好きではあるが、冗談で済まない時にふざける程いい加減ではない。ならば翔子や成田基地にとって重大事ではないのだろう。それでも気にはなるので今度はまだ遠くにいたさくらに聞いてみる事にした。しかし──

「ごめんね~。司令から言っちゃダメってキツーく言われているの。翔子だって私がこの事で叱られたら寝覚めが悪いでしょ~」

 という親友の返答を聞き、翔子は頭に痛みを覚える。全くこの司令ときたら手回しがいいんだから。

 時任司令は仕事もできるが、遊びはそれ以上に本気になって全力で楽しむタチである。それはそれで悪い事ではないと思うが、こと今回に関してはふざけるなと言いたい。自分の遊びを破綻させないため、さくらにまで口止めをさせているのだから、他の誰に聞いたって同じであろう。

 翔子はこの場で真相を確かめるのを諦め、素直に『震電』から降りていく事にした。まあ多分この場にいない岩和田少佐がらみの事なんだろうと推測しながら。

「初日の試験飛行ご苦労。それでこの機体はどうだった? モノになりそうなのか?」

『震電』にまた明日ね、と声をかけてから地上に降り立った翔子に、時任司令は不躾に自分の知りたい事だけを聞いてきた。だったら自分の質問にもちゃんと答えてよ、と思う翔子だったが、ここでケンカしたって勝てはしないし今後にも関わるかも知れない。ま、時任司令の事だから根に持つ事はないだろうけど。

 それに何より数十分間体験した『震電』の素晴らしさについて語りたかったのだ。が何の反撃もしないのも癪に障る。ので翔子は最初の部分にだけ少し嫌味を混ぜてみる事にした。

「良かったですよ、この子。より高くより速く飛ぶ程素直になりましたもん。地上近くで跳ねてるだけでは考えられないくらいに。それに空の上で手厚い歓迎も受けましたしねえ。事前に連絡をしていただいていたみたいで。おかげでかえって人数が増えたみたいですが」

「何だよ、連絡不要だったと言いたい訳か?」

 嫌味に気付いた司令が不服そうに切り返す。胸を反らし手を腰に当て、威圧するかのように翔子を見下ろす。もっとも本気で腹を立てている訳ではない。ただちょっと折角の気遣いを踏みにじられた気がして、拗ねてみせただけなのだ。それが分かっているからこそ翔子は思わず笑ってしまい、つられて司令も笑っていた。

「まさか。ホントに面白くて気のいい人達ばかりでしたからね。東京湾上空を飛んでる間、あの人達と触れ合えて楽しかったですよ。もっとも最初は何が起こっているか分からず、様々な状況を想定して不安で堪らなかったですけどね。さっきみんなに囲まれた時みたいに」

 翔子はコロコロ笑いながら小田島大尉達と飛んだ時の事を話した。それを時任司令とようやく近くまで来たさくらが興味深そうに聞く。もはや成田基地(ここ)で何が起こったのか彼らからは聞き出せないだろう。のでここでの追求は諦めて、話してくれそうな人物の元に試験飛行? の報告も兼ね早く行きたかったのだが、やはり飛行機の話を始めると簡単には止められない翔子。今掴んでいる『震電』の特徴や小田島大尉らの事を10分近くも語ってしまった。

「ふむ、内容的には概ね報告書にあった通りだが、やはり生の声で聞くと臨場感が違うな。特に立花は話し方が面白いから尚更な」

「そんなに空の上に行くと印象が違ってくるの? 先輩達の話を聞いていたら地上での危うさばかり気になっちゃって、私乗るの最後でいいかな~、なんて思ってたけど、翔子の話を聞いていたら1日も早く操縦してみたくなっちゃったよ」

「それより少し羽田の『鍾馗』の動きが気になるな。そいつは多分陸軍防空隊じゃなく統合軍所属の機体だろう。統合軍なら『震電』の事くらい知っているだろうに。わざわざご苦労なこった」

「ねえ、小田島大尉ってどんな顔してるの? それに他の人はどんな感じだった?」

 などなど、合間に感想を入れてくるものだから、余計に口が滑らかになる翔子であった。早く岩和田少佐の所へ行きたいが(別に会いたい訳じゃないけどね)、もう少し2人に『震電』の良さを語りたい。

 そんなジレンマを解消してくれたのは、近くの寺から聞こえた17:00を知らせる鐘の音だった。現在の時刻は正確にはまだ17:00になっていない。ただあの寺は昔からの慣習なのか午後5時になる数分前から鐘をつき始め、最後の鐘の音がほぼ丁度17:00に響くようになっていた。そのためこの近くの子供達は、その寺の鐘が鳴り始めると遊ぶのをやめて家に帰っているらしい。

 翔子もタイミングを掴んだとばかりに名残は惜しいが語るのをやめ、岩和田少佐の所へ行く踏ん切りが付いた。

「それじゃあそろそろ審査主任の所に報告に行ってきますね。ご立腹でしょうからちょっとした謝罪もかねて。続きはまた後ほどにでも」

「今日の話ならもう充分だ。それより明日以降の本格的な試験の方もよろしく頼むぞ……っと、それと岩和田の奴にちゃんと報告を聞いてもらえるといいな」

「やっぱり岩和田少佐の事だったんですね。さっきのみんなの騒ぎっぷりは」

 別に隠す事もないだろう、翔子は再び不満を表すようにジト目で司令を見つめた。この期に及んでもまだ何が起きたか語らず煮え切らない態度の時任司令に、翔子は文句を言いたかったが、どうせ不毛な口論で終わってしまうだろう。だったら無駄な時間は使わず、直接本人に会って確かめた方が早いと、さっさとこの場を後にする事にした。

「まあいいです。それより少佐が詰所と本部、今どちらにいるかご存じですか? それくらいは教えてくれても問題はないでしょう」

「岩和田はさっき自室から出てきたから詰所の方だろう。なあ沢渡?」

「はい、先程飛び込んできましたから、まだ中にいると思います」

「自室?」

 意外な単語が司令の口から出てきた事に不平不満などが吹き飛び、ただ疑問だけが残った翔子。自分がとった行動により腹を立てすぎ部屋に引き籠もってしまったのだろうか。だとしたら少し(・・)は悪い事したかな~とも思った。でもまあ岩和田(あのひと)とは一生解りあえない間柄だと思うし、どうせ『震電』試験中だけの付き合いだ。だったらケンカしながらでもお互いのやり方で『震電』を育てていけば良いのだろう。そう考える事にした翔子であった。

「じゃっ、ちょっと詰所の方へ行ってきますね。どうせ隊長にも報告しないといけませんし、丁度良かったですよ」

 そう言うと『震電』に一言かけて詰所に向かい歩き出す翔子。それにさくらが「私も一緒に行くよ」と慌ててついて行く。

 既に周りにいた者達は隊長らによって解散させられ、通常の仕事に戻っていた。そのため最終的にその場には司令と『震電』だけが残る形となった。が翔子達が去ると『震電』を格納庫にしまうべく整備士達が牽引車(トラクター)と共にやって来て作業を始める。邪魔になっては悪いと司令もその場から離れ、一連の騒ぎは終了した。

 ただ、翔子はすっかり忘れていた。この騒ぎが何故起こったかという疑問を。原因が岩和田少佐なんだろうと想像が付いた時点で考えるのをやめてしまい、彼が何をしたから皆が喜ぶに至ったかまでを知ろうとはしなかった。というか想像が付いた時点である種の安心感を得てしまい、何が起きているか知る事自体頭から抜け落ちていたのかも知れない。

 だとしたら──翔子はあまり警戒せずに岩和田と接触するだろう。先程の一件で岩和田に何かあったかくらいは想像できるだろうにと時任司令は思うのだが、今の翔子の感じでは何の躊躇もなく岩和田に声をかけるかも知れない。そうなったら単なる激突では済まない可能性すらある。つまり口ゲンカで収まらず、血を見る事になるかもと。そう思うと時任司令は止められるのは自分くらいだろうと、本部ではなく詰所の方へ向かう事にした。

 翔子とさくらが詰所にはいると何やら空気がピリついていた。入ってすぐの待機室にいた数人の隊員は無言のまま緊張した面持ちで翔子達を出迎える。皆が無言だからといって静寂だった訳ではない。上の方からガタガタと家捜しするような音はしたし、男性にしては甲高い声で何事か喚いている声が聞こえたから。

 声の主が岩和田少佐である事はすぐに分かったが、何が起きているかまでは分からない。のでその場にいた隊員達に尋ねようとする。と騒ぎの方から階段を下りてきた。両手に大きな鞄を持ち、ドタドタと音を立てながら。

 翔子には岩和田少佐が何をしているのか、何がしたいのかが分からなかった。ただ尋常な精神状態でない事だけは分かる。顔を真っ赤に染め目を血走らせ、折角の(ちょっと)美形を怒りで大きく崩していたから。そして少佐は翔子を見つけると階段の残り数段を一気に下り、翔子の前に駆け寄ると鼻息も荒く立ちはだかった。

 その岩和田少佐の様子に翔子は恐怖すら覚えた。先程皆に取り囲まれた時とは比べものにならない程の、そして全く別質の。流石の翔子も逃げ出したくなった。しかしこういう時に刺激を与えたらかえって危ない。ので翔子は場を和ますように努めて明るく振る舞おうとした。まあ声とか体とかは微妙に震えていたけど。

「どうしたんです、先任? 本日の試験飛行が終わりましたから、今丁度先任の所へ報告にあがろうと思っていたんですよ」

 そう言った翔子の笑顔はかなり引きつっていた。まあ無理もない。この時の少佐の顔は「鬼の形相」というよりも「名状しがたきもの」と言う方が相応しい感じだったから。そして翔子の言動に少佐の表情はますます筆舌に尽くしがたいものへと変わっていく。どうやら翔子のやり方は逆効果だったようだ。

「……あ、ぐあ、んな……」

 少佐は何とか今の気持ちと目の前の小娘(しょうこ)にぶつけようと言葉をひねり出そうとする。しかし怒りが強すぎるあまり言葉としてまとまらず、ただうめき声をあげているだけだった。がそんな時間が数十秒続いたかと思うと、ようやくはっきりとした言葉となって翔子に叩き付けられた。

「あなたのせいでしょーっ! ぜぇえんぶっ! あなたが私の、つまり航技研が決めた通りのやり方で試験を行わないから、私がこの基地にいられなくなったんじゃない!」


次話へ続く──

この章も書いている途中で思い浮かべていた内容とズレてきてしまったので一旦区切り、第十一章に修正した部分と残りのまだ書いてなかった部分を載せたいと思います。

でも思い浮かんだ時点と書いている時でイメージがズレるのって、どうしたら直りますかね。まあそれで物語が良くなるのであれば問題ないのですけど。


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