You gave me a cup of hot soup.
最終話です。
流血描写等グロテスクな描写が出て来ます。苦手な方は回避をお願いします。
身体を丸めて床に転がった少年は、ぼんやりと虚空を見詰めていた。
遥上に換気用か明かり取りか、壁をくり抜いて鉄格子をはめた小さな窓が有り、隙間から夜空が覗いていた。
「早く死にたい…」
ぽつりと漏らしてふと横に視線を移せば、手付かずの食事に鼠が寄って来ている。
牢獄に入ってから腹に入れたのは、哀れな鼠一匹足らず。
後は頑なに食事を無視していた。
彼が自らの食事と認めるのは、自力で入手したものの他は、唯一のみ。
牢獄で与えられる食事は、少年にとって道端の石と変わらない。食すに値しない、無機物だ。
「ネズミ…」
普段なら出された途端群がる鼠が、今日は遅かった。今来たのも、三匹だけ。
違和感を覚えた少年が鼠を見ていると、食事にがっついていた鼠が突然のたうって崩折れた。
思わず起き上がり、まじまじと鼠を見詰める。
鼠は血が混じった泡を吹いて痙攣している。
「毒…?」
道理で鼠が寄り付かなかった訳だ。
納得と同時に、落胆を覚えた。
毒を飲むなら喜んで。しかし食事は遠慮願う。
「料理じゃなく水に入れてくれたら、直ぐにでも飲んで死んでやるよ」
まるで誰かに聞かせる様に、少年は闇に向けて声を放った。
―貴方に迷惑が掛かる前に死ねるなら
―でも
―貴方以外が作る料理を 食べたくはない
暫くすると鼠は大人しくなった。死んだのだろう。
同朋を殺した食事を食べに来る鼠は現れず、毒で死んだ同朋を連れ去って喰らう鼠も現れなかった。
死んだ鼠と共に一夜を過ごした少年は、翌日やって来た男二人に鼠を指差して見せる。
「毒を入れるなら水にしてよ」
死んだ鼠を見て不精髭も泣き黒子もぎょっとして息を飲んだ。
「毒だと!?」
「そんな馬鹿な」
「なんだ、あんたらじゃなかったの」
そんな二人の反応に、少年は拍子抜けた様子で首を傾げる。少し、残念そうな口振りだった。
「やっと殺す気になったのかと思ったのに」
拗ねた様に呟かれて、無精髭は眉を寄せた。
「馬鹿言うな。裁判も無しに殺す訳、」
「時間と金の無駄だ。どうせ死刑だろ」
皆迄言わせず紡がれた言葉に、無精髭は益々眉を寄せたが、言及せずに別の言葉を発した。
「っ、兎に角、此からは食事に毒が入らない様に、」
「持って来なくていい」
「あん?」
またしても遮られた言葉を、今度は聞き返す。
「持って来なくていい」
再度吐かれた言葉に眉を上げると、溜め息と共に続きを言われた。
「どうせ食べない」
溜め息を吐きたいのは此方だ。此の問題児め。
「死ぬ気かよ」
元々痩せていた身体は、此処数日で骨の様になっていた。
此の儘なら、死刑を待たずに飢えて死ぬ。
少年が小さく鼻を鳴らした。
「此の国の施しは受けない」
−貴方の料理以外食べない
きっぱりとした宣言に、無精髭が悲しげに眉尻を下げた。
「そんなに…そんなに嫌いか、此の国が」
少年は頷き、無精髭が無言で俯き、片手で顔を覆った。
「何っで、そんな嫌われちまったかねぇ…」
肩を落とした姿を気にした様子も無く、少年は吐き捨てた。
「自業、自得」
―貴方の嫌いな此の国は嫌い
来る日も来る日も不精髭と泣き黒子はやって来て話を聞こうとしたが、新たな内容を聞ける事も、少年が食事を摂る事も無く、無為に時間が過ぎて言った。
新月ともなると、何時も以上に牢獄は暗くなる。
真っ暗に近い闇の中で、ガリガリに痩せた少年は俯いて蹲っていた。
寝ているのか起きているのか定かでない其の顔が、唐突に上げられた。にいっと、口角が吊り上がる。
「やっと、殺しに来た」
少年が萎えた足で、ふらりと立ち上がる。
繋がれた鎖の限界迄腕を広げた薄い胸に、飛び込んだのは一振りのナイフだった。
的確に急所を突いたナイフに、少年が微笑んで、けほっと咳き込んだ。
「さよなら…ありがとう」
掠れた声で呟くと、笑顔の儘崩折れる。
―貴方の為に なれたならいい
広がる血溜まりに浸りながら、少年は満足気にゆっくりと目を閉じた。
鼠すら息を潜めた静寂の中、少年の弱い息遣いと遠くで滴る水音が響く。
小さく不規則な呼吸音が消える迄、さしたる時間は掛からなかった。
一夜明けた牢獄に、此処数日で定番となった足音が響く。
やって来た無精髭と泣き黒子が、大きな赤茶けた色彩に、驚いて足を速める。
牢獄の真ん中で、少年が血溜まりに倒れていた。大きく広がる血痕は、既に半ば乾いている。
「おい… おいっ!!」
牢に飛び付いた不精髭が、ガタガタと鉄格子を揺らすが、少年は穏やかな笑顔の儘ぴくりとも動かなかった。
無精髭が顔色を亡くして怒鳴る。
「おい!起きろよ!起きてくれよ!!」
泣き黒子が震える手でどうにか錠を開け、少年の傍に屈み込む。
脈を調べようと伸ばされた手は、触れる前に止まった。
「もう…冷たい」
低い呟きには悔しさが滲んでいた。
「ふ、ざけんなっ!」
吠えた無精髭が牢に飛び込み、少年の胸座を掴む。
「俺はまだお前が一人であれやったなんざ信じてねぇんだからなっ!?起きろよっ、起きて話を聞かせやがれっ!!」
幾ら無精髭が縋っても、少年が口を開く事は、二度と無い。
「誰だよっ!誰がてめぇを殺したんだっ!!」
不精髭が少年を揺さぶるのを、歯を食い縛った泣き黒子が留めた。
「…遺体を損傷させると…犯人の特定が、難しくなります」
発された言葉に、少年から手を離した無精髭が立ち上がった。
「…捜すぞ。ぜってぇ逃がさねぇ」
呟いた無精髭の瞳にも、頷きを返した泣き黒子の瞳にも、暗い決意が光っていた。
−こうして 死者128079名を出した大殺戮劇は 犯人死亡という呆気無い幕引きを迎えた
「如何して上からの命令なんて…」
散らかった机に肘を置き、泣き黒子が頭を抱えた。
苛立った様子の無精髭が机を蹴り飛ばし、積み上げられた書類が舞った。
「くそっ、ふざけやがって!もう調べるなだと!?」
−少年が其の様な凶行に至った理由と 黒幕の有無 獄中の少年を殺した犯人は 未だ謎の儘で在る
−女皇の後を継いで立った皇は 獄中少年が語ったとされる内容を憂いて福祉に力を入れ 女皇とは別の意味で浮浪児・浮浪者を一掃させるよう努めた
−少年が大量虐殺を行った場所には慰霊碑が立てられ 暫くは慰霊者が後を断たなかったが 時が過ぎる内に其の意味も忘れ去られ 今では被害者の親族が訪れるばかりだと言う
−少年の遺体は教会に葬られたが 遺族による報復行為や 無関係者からの悪戯を恐れた関係者によって 其の場所は隠匿された
−其の墓には毎月欠かさず差出人不明の花束が届くと言う
―貴方が誰かなんて 如何でもいい
―貴方が何故其を望んだかも 関係無い
―唯 貴方は笑って 暖かいスープを入れてくれたから
拙い上に暗いお話をお読み頂き、有難うございました。
誤字脱字等気を付けているつもりですが、何か気になる点がございましたら、お教え頂けると幸いです。