17話 茶会① フェリシア
そのなんとも令嬢らしくないお行儀の悪さに、(……前世の記憶を覚えているわけがないわよね)とわたしは静かに胸を撫で下ろした。
もしもアンジェリカに前世の記憶があったなら、お母様とお父様が離縁した時点で、予定より二年早くてもすぐに公爵家へ我が物顔で押し寄せてきたはずだもの。
なのに、離縁してから半年近くも彼女たちは現れなかった。お父様もわたしのことを避けてはいたけれど、そこまで理不尽でおかしな行動を取ることはなかったのだから。
……なのに、突然変わってしまった。
ううん、あるいは……あれがお父様の本性なのかもしれないわね。
だって一度目の人生のときは、あの冷酷で理不尽な姿こそが『普通のお父様』だったのだから。
ぼんやりとテーブルに置かれた紅茶を口に含みながら、アンジェリカへと視線を戻した。
すると、さっきまで手についた生クリームを舐めるほど下品だったアンジェリカが、突然背筋を伸ばし、お淑やかな手つきでケーキを食べ始めた。
「やあ、スタートレッド公爵家のご令嬢だね? たしか……フェリシア嬢だったかな?」
頭上から降ってきた爽やかな声に、ハッとして見上げる。
目の前に立っていたのは——王太子殿下だった。
わたしは焦ってカップをテーブルに戻すと、即座に椅子から立ち上がった。
「……王太子殿下にご挨拶申し上げます」
「ここはお茶会の席だよ。さっきも挨拶をしてくれたのだから、そんなに固くならないでほしいな」
親しげにニコニコと話しかけてくる殿下の顔を見つめながら、わたしの背中にゾワリと凄まじい鳥肌が立った。
一度目の人生で、冷酷な言葉でわたしを追い詰め、不当に地下牢へ投獄したあの男——。
アンジェリカは、わたしだけが殿下に声をかけられたことが面白くないらしく、横から刺すような視線でわたしを睨みつけている。
いつもならここでキーキーと文句を言うのだろうけれど、さすがに殿下の前だからか、静かに大人しくしてくれていた。
……けれど、このまま二人きりで話していれば、後でアンジェリカからどんな不当な仕返しをされるか分かったものではない。
そう思ったわたしは、すぐさま殿下へアンジェリカを紹介することにした。
「殿下、こちらは妹のアンジェリカでございます」
ところがアンジェリカは、立ち上がりもせず椅子に座ったまま、ニコリと笑って殿下を見上げただけだった。
(立って! 早く立ち上がりなさい……!)
ここで大声を出すわけにもいかず、わたしは声を出さずに口パクで必死に促した。
けれどアンジェリカは、助言をしたわたしを「ふん!」と鼻で笑うように睨みつけると、そのまま殿下に向かって馴々しく話しかけたのだ。
「殿下! お隣が空いていますわ! ここにお座りになって、わたくしとお話ししましょう?」
あろうことか、高貴な王太子殿下に対して、自分の隣に座るよう当たり前のように手招きしてみせた。
常識外れすぎる妹の振る舞いに、わたしは血の気が引くのを感じていた。
「君はたしか……最近になって貴族令嬢として迎えられたばかりだったね?」
「……はい! でも、お父様にずっと可愛がられてきたのも、ものすごく愛されているのも、このわたくしですわ!」
(ば、馬鹿ね……! こんな場所でそんなことを得意げに言ったら、お父様が外で愛人を囲っていたと自分から公言しているようなものじゃない……!)
頭を抱えたくなる衝動を必死で抑え込む。
周囲を見渡せば、高位貴族の子供たちはみな、扇子やドレスの裾で口元を隠しながら興味津々で聞き耳を立てていた。
もちろんこのお茶会について来た親たちも離れた場所で聞いていた。
普段からあまり仲の良くない令嬢の一人は、隠しきれないといった様子でクスッと笑っている。一方で、事情の少し読める別の令嬢は、あまりの恥ずかしさに青い顔をしてことの成り行きを見守っていた。
さらに、遠くの席からは、幼馴染の令息がこちらを心配そうに案じながら見つめてきているのが視界の隅に映った。
「そうか、君は家族から大切にされているんだね」
王太子殿下がわずかに眉をひそめつつも、苦笑交じりにそう返すと、アンジェリカはすっかり調子に乗ってしまった。
「ええ! お姉様とな違って、わたくしはお父様にめちゃくちゃ愛されていますから! お姉様なんて愛想もないし、お勉強ができるからっていい気になっていつもわたくしを見下すんです! それに、お姉様はお父様に全く愛されていないから、屋敷では下等な使用人のような暮らしをしているんですよ!」
アンジェリカは周りの視線などお構いなしに、自慢げにまくし立てる。
「今日はたまたまお母様が選んだ綺麗なドレスを着せてもらっていますけれど、普段は平民が着るようなボロ布みたいなドレスで一日中過ごしているんですのよ? 本当に、あんなお姉様がいて恥ずかしいですわ!」
それは——我が家の、そして公爵家の最大の恥であって、決して自慢することなどではない。
お父様や継母が、正当な血筋の公爵令嬢であるわたしをここまで蔑ろにしていると、自らの口で盛大に暴露していることに、どうしてあの馬鹿な妹は気づかないのかしら?
冷や汗が止まらない中、わたしはただ静かに俯き、これ以上アンジェリカが余計なことを口走らないよう祈るしかなかった。




