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「本日の買取金額は1839300円になります。この札を外の窓口にお渡し下さい」
「はい、ありがとうございます」
二時間の探索の成果がこれである。
現役で潜れる探索者が天音と白刃の船団だけと考えると、それも妥当な値段なのかも知れない。
しかし、周囲で見守っていた他の探索者は、
「すげー、やっぱりトップクラスの探索者は違うな」
「神坂福斗ってソロって聞いたけど、一人であんなに稼げるもんなのか?」
「そりゃ、このギルドの代表的な探索者だからな」
「それにしてもイケメンだな」
「かっこいい……」
などの称賛の声が上がっていた。
それに、何の反応もしない。
だって、称賛されているのは神坂福斗であり、天音ではない第二の福斗さんだからだ。
「福斗君、雷鳴の船団から、明日の十七時にギルドに来てほしいって」
「分かりました」
連絡もあったので、換金して帰ろうとギルドを出る。
それからしばらく歩いていると、誰かに跡を付けられているのに気が付いた。
当然ながら霧隠ではない。
霧隠は、天音に気取られるような追跡なんてしない。
「誰だ? 上手いけど、魔力が消せてないな」
そう呟きながら、天音は帰り道から外れて廃墟のビルに向かう。
ここに入れば、こちらが気付いているという意思表示にもなって引くかなとも思ったが、変わらずに追跡されている。
仕方ないか。
そう思い、追跡者を強襲する。
天音を追跡しているのは二組。
一つは追跡も拙く、姿は隠せていても天音に向けた熱い視線が消せていない。
もう一つは、姿もどこにいるのかも気取るのに苦労した。
魔力がわずかに漏れており、探索者としては配信者のミュクと同列くらいだろうか。
天音が強襲するのは、後者の追跡者。
「僕に何か用ですか?」
覆面をした男に声を掛けると、振り返ると同時に魔力が込められたナイフが振るわれる。
何かある。
そう気付いて大きく距離を空けると、近くの壁に小さな穴が空く。
「あのナイフの能力かな、感じれる魔力はあのナイフからだし」
そう看破して、大した脅威ではないと判断する。
追跡者は天音から逃げるように動き、ナイフを何も無い空間で振り回す。
その度に天音は、動きを変えて、発生する現象を避けて見せる。
追跡者のナイフは魔武器で、攻撃の先を任意で決められる能力を持っていた。それを見抜いて、天音は脅威ではないと判断したのだ。
一気に距離を詰める。
ナイフを持っている手をへし折り、腹部に拳を打ち込む。
「ごはっ⁉︎」と強い衝撃に追跡者はえずく。しかし、硬い感触で手応えがイマイチだったので、股間を蹴り上げて失神させる。
気絶した追跡者から覆面を剥ぎ取ると、そこには外国人らしき顔が現れた。
「一体何者?」
もしかして、光海が言っていた襲って来るかも知れないという連中だろうか。
天音は一旦外国人の男を縛り上げると、もう一人の追跡者と向き合う。
もう一人の追跡者は、女子高生の制服姿をしていた。
その制服も天音が通う高校の物で、一体何の用だろうかと尋ねる。
「貴女も僕に用ですか?」
「えっ?」
「僕を追っていましたよね? この人とも関係があるんですか?」
回答次第で、即座に拘束する。
「ち、違う! 私は雷鳴の船団の雨川羅衣。あなたを護衛するように、任務を任されたんです」
「護衛?」
そういえば、光海が護衛を付けるとも言っていたのを思い出す。でもそれは形式上で、実際に付けるとは思っていなかった。
「僕に護衛は必要無いです。やるなら、サクラさんに付いてあげて下さい」
はっきり言って足手纏いだ。
今倒れている追跡者は、雨川を簡単に殺せるだけの力を持っていた。
今後も、この追跡者クラスが襲って来るのなら、間違いなく雨川は犠牲になる。
だから告げたのだが、雨川には届かなかったようだ。
「そういう訳にもいかないんですよ! 私は、任務を全うします! あなたを守ります!」
おいおいマジかよとなる天音。
まさか、話を聞かないタイプの人なのかと戦々恐々としてしまう。
「そっ、そうじゃなくてですね。僕、結構ヤバい人に付け狙われてるんですよ。下手しなくても、巻き込んでしまったら、あなたじゃ生き残れなっいっ⁉︎」
言ってる側からかと、背後から迫る水の槍の雨にリセット魔法を発動する。
リセットした水の槍が大量の水に姿を変えて、廃墟のビルに入り廊下を満たして行く。
「ちっ⁉︎」舌打ちすると同時に、雨川と外国人の男を掴んで近くの部屋に放り込む。「なっ⁉︎」と驚いた声が聞こえるが、気にしている場合ではない。
廊下には氷が張り、霧が充満する。
「霧隠さん、今はやめて下さい。追跡して来た人を拘束しているんです。光海さんに連絡しないと……」
訴えに対する返答は、無数の氷の刃と大量の水蒸気。
リセット魔法で氷の刃は防げても、水蒸気は天音に降り掛かり湿らせてしまう。
「やばっ、ごほっ⁉︎」
急激に気温が下がり、体が凍り付いて行く。
しかしそれも、身体強化を意識すれば、直ぐにでも脱せられる。だが、問題なのはそのわずかな時間だ。
動きが鈍る。
新たな氷の刃が迫って来る。
「くっ⁉︎」
リセット魔法も回避も間に合わず、肉体の強化に集中して耐えるしかない。
それでも使う技は、『金剛石』が使っている身体強化。
服を切り裂かれ、体の表面を切られるだけで済んでいる。
「今の良かったぞ」
背後から聞こえて来る霧隠の声。
鉈を走らせ、攻撃を加えようと試みるが、そこに霧隠の姿は無かった。
まあ、そうだろうなと予想していた天音は、反対側に向かって黒炎を放つ。
廊下の氷が全て蒸発して、黒い炎が照らす。
しかし、そこに霧隠の姿は無かった。
どこに⁉︎ そう周囲を見渡そうとすると、頭頂部から衝撃が走り、顔面を地面に叩き付けられてしまう。
「ぐっ⁉︎」と思わぬ衝撃に唸ってしまう。
それでも、身体強化のおかげでダメージはそれほど無い。
後退しながら立ち上がると、追って来た霧隠との近接戦が始まる。
大ぶりの鉈が走り、短刀が弾き返して行く。
廃墟を移動しながらの戦闘は、建物全体を震わせ、壁に当たれば破壊してしまう。
これでも、力加減はしている。
本気の二人がぶつかれば、この建物は簡単に倒壊してしまう。
「そろそろ辞めませんか、他に人がいるんです。巻き込んでしまいます」
「有象無象の生死に興味を示すな、お前は強くなることだけを考えろ」
「無茶を言う⁉︎ ぐっ⁉︎ 巻き添えにするから、本気でやらないんですよ!」
壁をぶち抜き、隣の部屋に移動する。
わずかな距離を取ると、鉈に風を纏わせ、霧隠に向かって放つ。
「むっ⁉︎」
強烈な風は、開けた穴から迫る霧隠を吹き飛ばし、壁に叩き付ける。
残念ながら、ダメージにはなっていない。
それは分かっていた。
だから、殺すつもりで殴り飛ばす。
右腕に黒い魔力の装甲を纏わせる。
「ちっ⁉︎」と初めて焦った様子を見せる霧隠。
容赦なく接近して、右の拳を見舞おうとする。
しかし、張り付けていた壁ごと破壊されてしまい、距離を取られてしまう。
それでも追うとするが、闇に紛れて姿を消してしまった。
これで終わりか?
使うつもりのない、切り札を使ったのだから、これで引いて欲しかった。
だけど、そうはいかないようだ。
「何だ?」
目の前から霧が迫る。
無害な霧だと思っていた。
魔力も感じず、暴力性も感じ取れなかった。
だから油断した。
鉈を構えて、目眩しの霧から霧隠が現れるのを警戒する。
それから何度か呼吸したときだった。
「かはっ⁉︎」
突然、吐き気に襲われ、体が痺れて動けなくなってしまった。
「な、にが、おこっ、て……」
膝をついた天音は、動けなくなってしまう。
ビル内に風が吹き、霧が晴れると目の前には霧隠が立っていた。
「これは、魔力が宿っていないバジリスクが持つ毒だ。これに魔力が付与されれば石化する。このようにな」
霧隠はそう告げて天音の服に触れると、魔力を流して一部を石に変えてしまう。
「数十秒で無毒化するが、やり手の探索者でも無力化可能な猛毒。福斗、たとえ脅威を感じなくても、油断はするな。魔力を使わずとも、探索者を制圧する方法はいくらでもある。学べ。でなければ、他人どころか己の命まで失うぞ」
そう忠告すると、霧隠は今度こそ本当に姿を消してしまった。
これで、ようやく引いてくれたのだろう。
「……え? 僕、この、まま、放置、される、の?」
震える声で呟くが、誰かが助けてくれるというのはなかった。
十分ほどで毒が抜けていき、ようやく動けるようになる。
それから、追跡者の元に向かう。
扉を開けて、追跡者の様子を伺うと、雨川が呆然ともう一人の男を見下ろしていた。
そちらに目を向けると、血を吐き死んでいる追跡者がいた。